98 部署が違くとも営業努力が必要なときはやる
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
「信仰?」
「はい、信仰です」
メモリアに言われた言葉を吟味するように繰り返すが、あいにくと一般家庭出身の現代日本に生きる身としては信仰イコール宗教という程度の知識しか持ち合わせていない。
「それと運のステータスと関係があるのか?」
「そこからですか」
なのでどういうつながりがあるのかを聞くとした。
メモリアには悪いがこういう時は閑古鳥が鳴いている店というのは気兼ねなく聞ける状況を作れるから助かる。
彼女は手を顎に当てて少し悩んだあとに説明を始めてくれる。
「では運というステータスが影響する範囲はご存知ですか?」
「……くじ運とか良くなるとかか?」
運の適用範囲と言われても含意が広すぎてぱっと思いつかない。
なので身近なものを例として挙げておく。
「そういう意味合いもありますが、主軸が違います。運というステータスは知覚できない外的要因にどれだけ知覚されるかを数値化し表したものになります」
「知覚できない外的要因?」
「そうですね……次郎さんの世界で身近なもので言えば神といったものでしょう。他にもいるでしょう? いるかもしれないが見ることのかなわない存在が」
その例えでいけば御伽噺に出てくるような存在のことを言っているのだろうか?
神は確かに身近ではあるがどんな姿をしているかわからないし、生きてきた中で会ったことなどないし会ったと言えば即座に頭がおかしいと疑われる世界だ。
日本とかで言えば他にもドラゴンや鬼、幽霊、エルフもある意味ではそうなのかもしれない。
少なくとも神は例外として、残りには最近は珍しいという言葉が使えない程度には出会っているが……
「ああ、いるな」
「そういった存在から知覚される数値が運です」
「……すまん、いまいち要領を得ないのだが、知覚されるっていうのは具体的には?」
「そのままの意味です。神に声を届け知ってもらう。ただそれだけの意味です」
「……営業成績みたいなものか?」
例えが悪いかもしれないが俺にはそうとしか思えなくなった。
「神様という存在を認識し、祈り供物を捧げ崇めることで顔を覚えてもらい、助けをもらうっていう流れだ」
「欲深い感情を見られると意味はありませんが、概ねその認識で間違っていません」
「間違ってないのかよ」
そういうことならば確かに俺は運が上がるわけがなく、下がるのも納得できる。
俺がする祈りに近いことといえば食事に対するいただきますとごちそうさまくらいだろう。
それも食材を作ってくれた農家や料理を作ってくれた料理人に向けてのもので神様に向けたものではない。
「世知辛いな」
「生きていくのは都合よくいくものでもありませんから」
「吸血鬼でもか?」
「吸血鬼のほうが人間よりも苦労する部分はあります」
「だろうな」
運という要素は放置するわけにもいかないが、だからと言ってすぐに神を崇めよと言われてはいそうですかといくわけにはいかない。
なのでちょっとしたジョークを飛ばし、この話はここまでとしよう。
「では、世知辛く営業時間を超過した吸血鬼の恋人には何をしてくれるのでしょうか?」
「閉店作業の手伝いと一緒の夕飯でどうだ?」
「では、それに加えて今晩の権利で手を打ちましょう」
「了解、お姫様」
「……悪くないですね」
うっすらと口元だけに笑みを浮かべるメモリアの瞳には喜色が浮かんでいる。
それを脇目に自分で持ってきた戦利品を奥に運ぶという作業に移る。
「では、私は表の看板を片付けてきますので、戦利品はいつも通り奥の倉庫に」
「了解了解」
勝手知ったるなんとやら。
どこにどの種類の戦利品を置けばいいかは大体把握している。
強化したステータスはこんな時でもその力を発揮してくれ大荷物を運ぶのも苦労はしない。
普通なら何度も往復しないといけない道のりを道の幅が許す限りまとめて運ぶことでその回数を減らす。
そうして五分もしないうちに運び込みが終わり店に戻ってくる。
「スエラ?」
「こんばんは」
奥の倉庫から店に戻ってきたとき、さっきまでいなかった俺のもう一人の彼女がいた。
俺が倉庫から出てきたのを見つけニコリと微笑み挨拶をしてくれる。
「店の外で会いました」
「はい、仕事が早く終えたので一緒に食事でもと。場所は海堂さんからこちらにいると聞きましたので」
片手に店の看板を持っているのは店終いの手伝いをしてくれていたのだろう。
スーツ姿ではなく現代風のスカートとセーターを着ているスエラはメモリアに看板を片付ける場所を聞きそれを定位置に置く。
「それなら三人で行くか」
「そうですね」
「ありがとうございます」
さっきまではメモリアと二人で行く話になっていたが、スエラなら問題はないとメモリアは俺に頷いてみせた。
それならと部屋に戻るのは時間がもったいないので店に装備を置かせてもらい、予定は少し変わり二人から三人に人数が増え、最後に店の施錠を終えた俺たちは夜の地下施設に繰り出した。
自然と左右に美女を侍らす形となったが、今ではそれも慣れたもので多少冷やかされる程度で済んでいる。
「おうジロウ! 今日も美人二人をはべらせてやがるな!!」
「羨ましいだろう?」
「かぁ! 家に帰ればかみさんが待ってるんだ、羨ましいわけがあるか!!」
そんな中で肩を組み酒気を隠すことなく上機嫌な顔見知りのゴブリンとすれ違い冗談を交わし、道を進む。
「あら、スエラ。今日は残業じゃないの? あら、メモリアも一緒じゃない」
「ええ、珍しく早く終わりまして一緒に食事でもと」
「羨ましいわね、うちの旦那なんて今日も仕事よ、あなたからエヴィア様に言ってくれない?」
既に俺と彼女たちの関係が周知の事実であるのでリザードマンの婦人からも奇異の視線にさらされることなく声をかけられる。
「確か、医療班の」
「ええ、あんたも大分無茶をしたみたいね。旦那から聞いてるわ」
「お世話になりました」
正直リザードマンの顔は区別がつきにくいがこの人は知っている。
なにせ大阪の服を見て第一印象で気に入り、異世界に大阪のおばちゃんを誕生させた人だ。
このヒョウ柄の服と紫色のアクセサリー群を装備したリザードマン婦人を忘れろという方が無理がある。
まぁ、性格も快活として愛嬌があるし、話すことが好きな部分も含めて大阪の人と似通った部分があるから話していて楽しいと思える。
「男が無茶をする生き物だって知ってるけど無茶のしすぎは良くないわよ。それでいっつも苦労するのは待つ女の方なんだから。それをしっかり理解しなさいよ。スエラもメモリアもしっかりと掴んで男の手綱を離さないようにね!」
まぁ、言っていることはまともだがこっちの話を聞かないで嵐のように立ち去ってしまう。
「「「……」」」
それを見送った俺たちは顔を見合わせ笑ってしまう。
「店はどこにするか……マスターのところにするか?」
「それでしたら行きたい店があります」
「どこですか?」
「こっちです」
行き当たりばったりで何も計画していなかった俺は無難なところを提示するが、今日はメモリアが行きたい店があると提案してきた。
特に決まっていない俺たちはそのままメモリアに従ってついていき、段々と奥に進んでいく。
「おでん屋?」
「はい」
そしてそれは奥の方にこじんまりと存在した。
昭和のレトロな雰囲気を表現した木製の引戸と白い布地に達筆な筆文字でおでん屋と書かれた店。
「へぇ、こんな店があったんだな」
「私も知りませんでした」
「最近できましたので、どうせならと」
何回も施設を利用していた俺だがこの店は知らなかった。
スエラも同じのようで記憶違いというわけではなさそうだ。
そして、こうして異世界の住人が日本の料理を作る店というのは気になる。
なので俺たちはこの店に入ることにした。
「へいらっしゃい」
滑りのいい木戸を開き中に入れば、渋い声がカウンター越しに聞こえる。
俺たちを出迎えてくれたのは白い調理服に身を包んだ老齢のダークエルフの店主だ。
他に店員の姿はなく、彼一人で切り盛りしているようだ。
「三人だが大丈夫か?」
「奥のカウンターにどうぞ」
店からしてなんとなく察しはついていたが、中は狭い。
十人入るかどうかの店に客は俺たち以外は三人しかいない。
ゴブリンとリザードマンと悪魔という変則的な組み合わせの客は、既に出来上がりこっちに見向きもしない。
騒がしさを少しでも遠ざけようとしてくれた店主の配慮で三人組とは離れた場所に通してくれる。
その間も素早く手元は動き、あっという間に彼の手元にはおでんの盛り合わせが完成し騒いでいる三人組の席に運ばれたところを見る限り一人で問題ないのだろう。
まぁ、身体強化を料理に使用するのは見慣れた光景ではある。
そして昭和のおでん屋という雰囲気を持つ店にいる日本人が俺だけという現状にツッコミを入れたほうがいいのだろうか。
「メニューはこちらです」
「どうも」
「注文が決まればいつでも」
気にしないほうがいいだろう。
気にしたら余計なことにつながると直感が囁く。
なので店主が素早く手渡してきたメニューを受け取る。
ざっと目を通すだけであるのは俺の知るおでん屋と変わらない。
文字も日本語と向こうの言葉で書かれている。
「盛り合わせでいいか?」
「はい、よくわからないので次郎さんにお任せします」
「私も次郎さんの国の料理としか知りませんので」
「了解、飲み物は……どうせなら日本酒いっとくか、すみません」
「はい」
それでよくメモリアは入ろうと思ったなと内心で思う。
興味で入店したおでん屋は店主が凝り性なのかカウンター越しでもいい匂いをさせる。
それは俺の中で否応にも期待を持たせ店主に注文を済ませる。
そして、身体強化を駆使した配膳は俺の前で再び披露される。
黄色い蛍光灯の下で、俺たちの前にはカウンターテーブルに並んだおでんと日本酒。
小皿をスエラとメモリアの前に置き。
まずはと二人に酒を注ぎ。
「それじゃ、お疲れ」
「「お疲れ様です」」
乾杯する。
「お、うまいな」
「ええ、初めて食べましたがこれは」
「なかなかです」
店も凝っていれば料理の方も凝っている。
しっかりとした出汁の味を感じさせ、素材にもしっかりと味が染み込んでいるのは素直に美味いと言える。
薬味のカラシもいいアクセントになっている。
二人も気に入ったのか自然と次の料理に箸が伸び、三人前のおでんをゆっくりと食べ進めながら酒を飲む。
「そういえばさっきのメモリアの話で気になったんだが、二人はどんな神を信仰しているんだ? やっぱり、主神ルイーネ様か?」
いくらか食が進み腹もある程度溜まった頃に、俺はふと思ったことを切り出した。
こっちの世界は国によって宗教が違い、それによって神様も多種多様だ。
俺が知っているイスアルの神は、太陽神と月の主神ルイーネ様のみだ。
他にも信仰の対象になっているものがいるかもしれない故の疑問だが、やはり魔王軍なら全員が全員同じ神を信仰しているのだろうか。
「ルイーネ様は確かに私たちダークエルフでも信仰の対象ですが、私の部族はルイーネ様の子である精霊を信仰していますね」
「私はルイーネ様を信仰しています。中には別の存在を信仰する吸血鬼もいます」
「そうなのか、てっきり魔王軍全員が信仰してるもんだと思っていたが」
予想は半分だけあたり、半分ははずれた。
「ほとんどはそうですよ。私の部族は少々特殊で精霊術師が生まれやすい血筋なので自然と信仰の対象も変わりました。ですので一般的とは言えませんね」
「そういうものなのか」
やはり例外というのは存在するのか。
いい機会だ。
この際だからこのまま、いろいろと話を聞くとしようか。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
今日の一言
繋ぐため、言葉を紡ぐ必要がある。
今回は以上となります。
これからも本作をよろしくお願いいたします。




