第13章『運命の発表』それはファイナル・デシジョン
スタジオのすべての照明が、瞬時にして真紅と純白のストロボへと切り替わり、激しいドラムロールがスピーカーから鳴り響いた。
インターネット一般投票の受付終了を告げるカウントダウンが、電光掲示板の巨大なデジタル数字でゼロを刻む。刹那、地鳴りのような歓声が防音壁を震わせ、張り詰めた緊張感が、重い霧のようにスタジオの空気を満たしていった。
日本中の視線が、ステージの最前線、一本のマイクの前に立つ審査委員長・一ノ瀬葵に集まっている。
葵が手にするマイクは、スポットライトを反射して冷たくきらめいていた。彼女の細い指先は、誰の目にも止まらないほど微かに、しかし確実に震えていた。
ドレスの裾をぎゅっと握りしめるたびに、エメラルドグリーンの布地がかすかな衣擦れの音を立てる。その胸中は、先ほど勃発した裏方・神城蓮の「誤爆プチバズり」による焦燥と悔しさ、そして自分の本当の気持ちに気づいてしまったことへの動揺で、今にも張り裂けそうだった。
(……何よ。何なのよ、この空気は)
葵は、目の前に広がる景色を、氷のような仮面の下で見つめていた。
ひな壇に並ぶ三人のファイナリストたち。
皇類は、ネット上の自分の評価に微かな陰りが見え始めたことを察したのか、どこか余裕のない引きつった笑みをカメラに向けている。
如月涼は、自分がここまで多くの人々に支持されたという現実に圧倒され、祈るように胸の前で両手を握りしめていた。
そして黒崎駆は、ただ静かに、自分の名前が呼ばれるか、あるいはすべてが水泡に帰すかの運命を待つように、鋭い眼差しを葵に固定していた。
そして――ステージ袖の暗がりの向こう。
無数の機材とコードの隙間で、包帯を巻いた右手でインカムの音量を調節しながら、いつものように気の抜けた、けれどどこまでも揺るぎない眼差しで自分を見つめている、幼馴染の姿があった。
『――お嬢様。音声、映像、システム、すべて正常です。日本中が、あなたの言葉を待っていますよ』
インカムから流れる蓮の声は、驚くほど冷静だった。先ほど自分自身がネット上で「隠れイケメン」として大炎上していることなど、まるで他人事のように受け流し、ただ一ノ瀬葵の完璧なステージを成立させることだけに全神経を注いでいる。
(あんたは……本当に、どこまで行っても私の『裏方』のつもりなのね)
葵は小さく息を吸い込んだ。
十億円という大金を投じて始めた、自分のためのオーディション。ワガママを突き通し、美しくないものをシュレッダーにかけ、世界で一番贅沢な伴侶を探すためのゲーム。
そのゲームの終着点に立って初めて、彼女は知った。
自分の世界に本当に必要だったのは、着飾ったルックスでも、甘い言葉でも、誰かの圧倒的な才能でもなかった。自分のワガママをすべて背負い、毎日文句を言いながらも、一万人もの書類を一緒に仕分けてくれた、あの退屈で、けれど完璧な幼馴染の存在だったのだということを。
「……みなさん。ネット一般投票の集計が、今、私の手元の端末に完了いたしましたわ」
葵の声がマイクを通じて響き渡った瞬間、スタジオからすべての雑音が消え去った。
視聴者たちが固唾を呑んで画面を見つめる中、壁面LEDスクリーンには、驚異的な得票数で横一線に並ぶリザルト画面が表示されている。
「一ノ瀬葵の伴侶となる男。それは、私にとって絶対の美であり、欠片の不潔も許されない、完璧な存在でなければなりません」
葵は高飛車な口調を崩さないまま、ゆっくりとひな壇の三人へと歩み寄った。
皇類の前に立つ。類はすがるような、けれど下心の透けて見える美しい笑みを浮かべた。葵はその前を、一瞥もくれることなく通り過ぎる。
「ルックスがどれだけ完璧であろうとも、その魂に傲慢と嘘を纏う者は、私の世界には不要ですわ」
類の顔から血の気が引いていく。
次に、如月涼の前に立つ。涼はゴクリと唾を呑み、まっすぐな瞳で葵を見つめた。葵はその頭を、まるで愛しい年下の弟を労るように、扇子の先で軽く突いた。
「如月涼。あなたの歌声と、その無垢な清潔感は、確かに私の予想を遥かに超えていましたわ。これからも、そのピュアなままで世界を魅了しなさい。……でも、私の隣に立つには、あなたは少し優しすぎるのよ」
涼は一瞬きょとんとしたが、やがてすべてを理解したように、ふわりと穏やかな笑みを浮かべて深く一礼した。
そして、葵は最後に、黒崎駆の前に立った。
泥に汚れ、傷を負い、それでもなお、一億円という賞金のために牙を剥き続ける、一見ぶっきらぼうな苦学生。
「黒崎駆」
「……ああ」
「あんたの不器用さは、私の美意識からすれば落第点ですわ。愛想はないし、口は悪いし、身なりだって底辺の極み。……だけど」
葵は、ステージ袖の暗がりにいる蓮へと、一瞬だけ視線を向けた。
蓮は、葵と目が合ったその瞬間、ほんの少しだけ驚いたように目を見張った。だが、すぐにいつもの呆れたような、けれど「お前の選ぶ最高を言え」とでも言うように、静かに、優しく頷いてみせたのだ。
その頷きを見た瞬間、葵の胸の中で、すべての迷いが消え去った。
覚悟を決めた女王の瞳に、気高き炎が灯る。
「私のために選ばれた、最高のイケメンは――」
葵はマイクを強く握りしめ、スタジオ全体、そして画面の向こうの日本中へと、その名前を堂々と叫んだ。
「――黒崎駆! あんたよ!!」
ドォン!!と、ステージの左右から一斉に金色の紙吹雪が打ち上げられ、スタジオは割れんばかりの大歓声と熱狂の渦に包まれた。




