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第11章『熱狂の最終決戦(ファイナルステージ)』そして集まる視線

東京・お台場。一ノ瀬財閥が誇る巨大メディアセンターの特設スタジオは、現実のものとは思えないほどの熱気と、眩い光の海に包まれていた。

一ノ瀬葵が「自分に相応しいイケメン」を探すために、個人の資産十億円を勝手に投じて開催した全国オーディション。前夜のプライベートアイランドでの不審者襲撃という未曾有の危機を乗り越え、物語はいよいよ、日本中が固唾を飲んで見守る最終ステージの生放送へと突入していた。

スタジオの天井を埋め尽くす数百基のムービングライトが、激しいエレクトロサウンドに合わせて、サイケデリックな光の帯をフロアに走らせる。ステージを囲むように設置された巨大な壁面LEDスクリーンには、ネット上で目まぐるしく更新されるリアルタイムの投票数と、無数のコメント、そしてSNSのタイムラインが滝のように流れ落ちていた。

「――日本全国の『下々の民』のみなさん! 大変長らくお待たせいたしましたわ!」

ステージ中央、競り上がりから優雅に姿を現したのは、一ノ瀬財閥の総帥令嬢にして、このオーディションの審査委員長である一ノ瀬葵その人だった。

今宵の彼女は、夜空の星をすべて散りばめたような純黒のイブニングドレスを身に纏い、頭上には億単位の価値があるというプラチナのティアラを戴いている。

前夜、恐怖に震えて幼馴染のシャツを握りしめていた少女の面影は、そこには一切なかった。カメラの赤いランプを堂々と見据え、傲然と胸を張るその姿は、まさに絶対的な美を支配する若き女王そのものだった。

「私の気まぐれから始まったこのオーディションも、ついに今夜が最終決戦。全国一万人の中から、私の厳格極まる――いえ、極悪とも言える独自の審査基準を勝ち抜いた、選りすぐりのファイナリストたちが、今ここに揃いましたわ!」

葵が贅沢な扇子をパッと広げ、ステージの奥を指し示す。

劇的なスモークが焚かれる中、眩いスポットライトに照らされて、ついに残された三名のファイナリストたちが姿を現した。

皇類。

如月涼。

黒崎駆。

その三人が並んだ瞬間、スタジオの観客席からは地鳴りのような大歓声が沸き起こり、防音構造のスタジオ全体が微かに震えた。インターネットの一般投票サイトは、放送開始と同時にアクセスが集中し、サーバーが悲鳴を上げ始めるほどの白熱ぶりを見せていた。



同時刻、ステージの照明が届かない、暗い副調整室サブコントロールルーム

無数のモニターが並び、ディレクターやスイッチャーが怒号を飛ばし合う電子の要塞の中で、神城蓮はいつものように、長すぎる前髪の下の目を忙しなく動かしていた。

度重なる徹夜作業と、前夜の不審者との格闘。彼の右手には、まだ痛々しい包帯が巻かれたままだ。それでも、新調した予備の作業用メガネを指で押し上げながら、蓮はキーボードを凄まじい速度で叩き、ネット投票のシステムを監視していた。

「おい、裏方くん! アクセスがさっきの3倍に跳ね上がってるぞ! サーバーは持つのか!?」

チーフディレクターがヘッドセットを押さえながら、悲鳴のような声を上げる。

「問題ありません、一ノ瀬のプライベートクラウドに分散処理をかけました。投票のラグはコンマ2秒以下に抑えています」

蓮は平然とした声で返す。その視線は、モニターの片隅に映し出されている、ステージ上の葵の姿を捉えていた。

(お嬢様……あんな啖呵を切っておいて、実は足がほんの少し震えてる。まあ、無理もないか。昨日の今日で、これだけのカメラに囲まれてるんだからな)

蓮は小さくため息を吐く。

一般の視聴者には、葵はどこまでも高飛車で完璧な女王に見えるだろう。だが、生まれた時からの幼馴染である蓮にだけは、彼女が虚勢を張って、必死に自分のプライドを保とうとしているのが、そのドレスの裾の微かな揺れだけで手に取るように分かった。

「……さて。あいつら3人、明日の新聞の一面を飾るのは誰になるかね」

蓮はモニターの中のファイナリストたちへ視線を移した。



「それでは、ファイナリストのみなさんに、最後の自己アピールをしていただきましょうか!」

葵の声がスタジオに響き渡る。

最初にマイクの前に立ったのは、皇類だった。

前夜、真っ先に逃げ出したはずの彼は、驚くべきことに、何事もなかったかのような完璧な笑顔を浮かべていた。白いタキシードに身を包み、カメラに向かって優雅にウィンクを投じる。

『みなさん、こんばんは。売れっ子プロモデルの、皇類です。昨夜の悪質なトラブルの際も、僕は葵様とこのステージを守るために、裏で必死に犯人たちの動向を探っていたんですよ。すべては、今夜、最高の僕を葵様にお見せするため。僕が優勝した暁には、一ノ瀬財閥の力と共に、世界へ羽ばたく美の奇跡をお見せすると約束します』

その甘い声音と完璧なポージングに、スタジオの女性客から黄色い悲鳴が上がる。

「チッ、どの口が言うのかしら……」

葵は扇子の影で、小さく舌打ちをした。

前夜、類が真っ先に非常階段を駆け下りて逃げていく防犯カメラの映像を、彼女はすでに蓮から見せられていた。どれだけルックスが完璧で、口先で甘い言葉を囁こうとも、その根底にあるのが「保身」と「強欲」であるという醜い本性を、葵はもう知っている。

(あんなのが私の伴侶なんて、絶対にあり得ないわ。不潔にも程があるわよ)

葵の冷ややかな視線に気づくこともなく、類はカメラに向かって投げキッスを続けていた。SNSの書き込みには「類くん王子様すぎる!」「顔面国宝!」という称賛が並ぶ一方で、鋭いネット民からは「こいつ昨日の事件のとき動画に映ってなくね?」「なんか胡散臭い」といった疑念の書き込みも散見され始めていた。

続いてマイクの前に進み出たのは、如月涼だった。

十六歳の彼は、煌びやかなアイドルのような衣装を着せられていたが、その表情にはまだあどけない緊張が残っていた。マイクを両手でしっかりと握りしめ、少し上気した顔で話し始める。

『えっと……如月涼です! お姉ちゃんに勝手に応募されて、最初はすごく怖かったし、一ノ瀬さんも最初はすっごくワガママで、おっかない人だなって思ってました。でも、昨日、一ノ瀬さんが本当はすごく一生懸命で、純粋な人なんだって知って……。僕、歌うことが大好きなんです。だから、今夜は一ノ瀬さんのために、僕の持っているすべての声を届けて、元気にしたいと思います!』

涼がそう言ってにかっと笑うと、スタジオの空気が一瞬で和らいだ。彼の放つ圧倒的なピュアさと、昼間の審査でも実証された「完璧な清潔感」は、観客だけでなく、画面の前の視聴者たちの心を急速に掴んでいく。

SNSのタイムラインが凄まじい速度で加速する。

【涼くん天使すぎるだろ!!】

【この透明感は本物。作られたイケメンじゃない】

【一ノ瀬さんのワガママを「一生懸命」って表現するの尊い……】

圧倒的な「愛嬌」と「才能」を持つ少年のバズりは、すでに誰も止められない領域に達しつつあった。

そして、最後にマイクの前に立ったのは、黒崎駆だった。

彼は、他の二人とは明らかに異質な空気を纏っていた。用意された高級な衣装を着てはいるものの、その立ち姿はどこか無骨で、愛想の欠片もない。前夜の死闘を物語るように、頬には小さな絆創膏が貼られ、その鋭い眼差しは、獲物を狙う狼のように真っ直ぐ前だけを見つめていた。

『……黒崎駆、十九歳。俺には、他の奴らみたいに華やかなモデルの経歴も、人を感動させるような歌の才能もない。ただ……俺には、何が何でもこのオーディションで勝たなきゃいけない理由がある。そのために、俺はどんな泥水でもすするし、誰の壁にでもなる。俺を選べば、一億円の価値に見合うだけの……絶対に裏切らない盾になってやる。以上だ』

ぶっきらぼうで、お世辞にもアイドルらしいとは言えないスピーチ。

しかし、その言葉に込められた圧倒的な「本物の覚悟」と重みは、電波を通じて日本中の視聴者の胸を直撃した。

インターネットの掲示板やSNSが、一瞬の静寂ののち、爆発的な勢いで燃え上がった。

【黒崎くん、マジで硬派でかっこよすぎる】

【理由があるって何? なんか背負ってる感がハンパない】

【昨日のリゾートの事件、実は裏で黒崎がボコボコに戦ってたってマジ!?】

【ヤバい、チャラチャラしたイケメンより、こういう人生賭けてる男の方が刺さるわ……】

ネット民たちの熱狂は最高潮に達し、一般投票のグラフは、如月涼の「圧倒的才能」と、黒崎駆の「命懸けの覚悟」の二者が、皇類を大きく引き離してデッドヒートを繰り広げる展開へと突入していった。



ステージの熱狂を、葵は息を呑んで見つめていた。

彼女の予想を遥かに超えて、ネット一般投票は完全に白熱していた。下々の民に「拝ませてあげる」つもりで始めたネット投票が、今や日本中を巻き込む大熱狂の渦となり、その視線のすべてが、最終審査委員長である自分へと集まっている。

(みんな、本気だわ……。如月涼のあの純粋な歌声も、黒崎駆の命を賭けたあの眼差しも……。私の十億円という私財が、こんなにも重い人間のドラマを引きずり出すなんて、思ってもみなかった……)

葵は、手にした扇子を強く握りしめた。

日本中の視線、数百万人の投票、そして目の前にいるファイナリストたちの人生。そのすべてを決定づけるマイクの重みが、彼女の華奢な右手に重くのしかかる。

その時、葵の耳に装着されたインカムから、ノイズ混じりの静かな声が聞こえてきた。

『――お嬢様。タイムスケジュール通り、順調です。ネット民の盛り上がりも最高潮。サーバーの負荷も、僕が完全にコントロールしていますから、安心して。あとは……あなたが、あなたの基準で、最高の1名を選ぶだけです』

蓮の声だった。

いつもと変わらない、少し呆れたような、けれど絶対的な安心感を与える幼馴染の声。

その声を聴いた瞬間、葵の張り詰めていた肩の力が、ふっと抜けるのが分かった。

「……ふん。当たり前じゃない、蓮。私が誰を選ぶか、日本中が息を潜めて待っているのよ。私が妥協するわけがないでしょう」

葵はマイクに乗らない微かな声で、インカムの向こうの奴隷へと言い返した。

日本中の視線が一ノ瀬葵に集まる。

完璧なルックスの裏の醜さを知った皇類、圧倒的な愛嬌でバズり続ける如月涼、そして妹のために人生を賭けて戦う黒崎駆。

運命の歯車は凄まじい速度で回転し、誰も予測できない「最高の1名」の選択の瞬間へと、物語は一気に加速していくのだった。


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