第3話 僧侶ちゃんは決意する。
小さく気合を入れて、私は部屋を出た。
◇
一階にあるギルド併設の酒場は、朝からそこそこ賑わっていた。
木のテーブルと椅子。
大鍋のスープの良い匂いと、焼きたてのパンの香り。
その一角、窓際の奥の席にいつもの三人の姿があった。
「おはよう、僧侶ちゃん」
「おはようございます」
勇者様が、窓から差し込む朝日を背に受けて笑う。
取り敢えず席に座って、モーニングセットを頼むことにした。
「今日は近郊の森に向かう予定だが、少し顔色が悪いな、大丈夫か?」
「え、そうですか?」
私の様子を見て、勇者様がそんな事を言った。
自分ではそこまで意識してなかったが、慣れない王都での生活もあって、土地勘もまだそこまでないし、他にも色々な理由で確かに疲れは溜まっている。
まあ主な理由は朝からエゴサして、気落ちしたのが大きいけど。
戦士さんも豪快にパンをかじりながら、私を見た。
「なんだ寝不足か? 目の下に薄らクマできてないか?」
それに続いて魔法使いさんがさらりと言う。
「ふむ、夜更かしは美容にも良くないぞ」
「大丈夫です、ちょっと気疲れした感じなので」
「そうか、カルシウムが不足すると、些細なことでもイライラしやすくなるらしい、食事の際に新鮮なミルクを一杯頼むといい」
「原因も対策も、全部ズレてるんですけど!!」
ストレスの元凶たちに絆されて、思わず声が荒くなった。
周囲に座っていた冒険者たちも驚いたのか、こちらの様子を眺めている。
「どうした僧侶ちゃん、そんなに怒鳴っては朝から神経がすり減るぞ」
「そのすり減らしてる原因が、目の前にいる皆さんなんですよ!」
これはハッキリ言わないと伝わらない。
そう思い至り、その場で魔導端末を取り出した。
「ほら、これを見てください!」
テーブルの上に端末を置き、さっきの炎上したスレッドを開いた状態で、三人の方へ向ける。
「今の勇者パーティーの評判、こんな感じなんですよ」
細かい文面を読み上げるつもりはない。スクロールバーの長さと、ちらっと見える場面の単語だけでも、だいたい内容は伝わるはずだ。
私の真剣な態度に対して、最初に口を開いたのは戦士さんだった。
「ふーん、ま、何やっても文句は出るもんだろ」
パンをもぐもぐしながら、特に気にした様子もなく言う。
「開き直りましたね?」
「補給物資がなきゃ戦えないのは事実だし、そもそも王国が勇者パーティーだからと言って、別に特別優遇とかしてくれてないのも問題なんだよな」
「え、そうなんですか!?」
「そうだよ、なあ勇者」
「ああ、最初に軍資金としてもらったのは、300ゴルドだけだな」
「300ゴルドって、宿屋換算で4人だと三日も持たないじゃないですか」
その辺の事情は正直派遣された立場である私は詳しくない。とは言え、最低限の軍資金の支給や、最新の装備と、消費アイテムの提供くらいはしているものだと思ってたんだけど。この3人が浪費家ではなく、王国の方がケチな感じなの!?
「いや、それでも不法侵入は流石に不味いですよ」
「お、おう、まあそうかもだが」
「それにツボもあんな豪快に割っちゃダメです、その家の家財なんですから」
「……ぐぬぬ」
よし、取り敢えず戦士さんは言い負かした。
次に魔法使いさんが、端末から視線を上げた。
「ふむ、感情的な言い回しが多いな」
「気になるポイントそこですか?」
「事実と自己解釈と罵倒と擁護が混在している、まずは分けて考えるべきだ」
「分けても割れたツボは元通りにならないですよ」
「ネット上の声には偏りもある」
魔法使いさんは淡々と続ける。
「不満のある者ほど書き込みやすい、満足している者、気にしてない者は大抵は傍観する、したがってそこに見えるものを世間の声そのものとみなすのは危険だ」
まるで自分は全く悪くないような言い方が、いかにも偏屈って感じだ。
しかし私はその言い分に怯まずに反論する。
「それは分かりますけど、でも被害にあった人が居るのも事実ですよね、この人とか本を読み漁られたって呟いてますが、読んでたのは魔法使いさんですよね?」
「確かにそうだが?」
「自覚してるなら反省してください!」
「……ぐぬぬ」
よし沈黙した、後は勇者様だけだ。
そして最後に勇者様が静かに口を開いた。
「参考にはするが、判断まで委ねるべきではない、エゴサに縛られて何もできなくなるのは本末転倒だ、それに世の声は常に揺れ動く」
まるでここ最近の私に対して言ってる気がして、少しドキッとした。
そして勇者様は、端末から目を離し、まっすぐ私を見る。
「今日の言葉が、明日の正しさを保証するとは限らない、我々の使命は評判に左右されることではなく、魔王を討伐してこの世界を救うことだ」
「……エゴサに囚われて、何もできなくなるのは、たしかに嫌ですけど」
「だからこそ、世間の声は僧侶ちゃんが拾えばいい」
「はい?」
「流れてくる声の全部に振り回されるんじゃなくて、本当に必要なものだけ拾ってほしい、僧侶ちゃんは教会出身で、倫理や信仰の教えにも通じているし、感情的な呟きの中から、何が本音で、何がただの八つ当たりかを見分けられるだろう」
勇者様は、ごく自然な口調で続けた。
「俺たちが前だけを見て剣を振るうあいだ、僧侶ちゃんがそれは違うと感じた場合は今みたいに止めてくれればいい」
「それって、つまり私は、エゴサ担当、兼ブレーキ役ってことですか?」
「君のことを我々は仲間として頼りにしている、ということだ」
小っ恥ずかしい事をさらっと言うな、この人。
真っ直ぐなその眼差しに当てられて、ちょっと緊張する。
そして、少しだけ頬が紅潮してるのを自覚して恥ずかしい。
つまり勇者様が言いたいのは、エゴサに囚われるんじゃなくて、ちゃんと正しく使いこなせってことかな。
戦士さんもその様子を見て頷き、魔法使いさんも肩をすくめる。
「ま、僧侶ちゃんが本気の声でダメって言ったら、流石に少しは考えるぜ」
「さすがに、が付いてる時点で、信用度だいぶ下がってますけど」
「僧侶ちゃんの倫理観や行動力には、私も一目置いている、今回の様に論拠を示してもらえれば、我々もある程度は改善の余地を示そう」
「本気でやめる方向で検討、までセットにしてもらえませんか?」
「そうだな、世間の声を聞きつつ必要なところだけ上手く切り取っていこう、大義の為には多少の犠牲はつきものだ、だから恨み言や被害には目を背けよう」
「…… ダメだコイツら、早くなんとかしないと」
さらっととんでもないことを口走ったよ、この勇者。
今のやり取りで、三人とも、本気でこの世界を救うつもりなのは分かる。
そして、本気で自分たちのやり方を「正しい」と信じているのも分かる。
だからこそ、余計にタチが悪い。
気づけば、心の声がそのまま口から漏れていた。
「私がしっかりしないと、本当にいろんな意味で危ない、世界を救う前に、きっといつかパーティーごと犯罪者として捕まって投獄される」
その呟きを聞いて、勇者様が屈託のない笑顔をこちらに向ける。
さっきまではドキドキしてたのに、今はなんかムカムカする。
「大丈夫だ、僧侶ちゃんがしっかりしていれば、きっと何とかなる!」
「気軽に、わたしに全部丸投げするのやめてくれません!?」
私が頭を抱えていると、戦士さんが指でテーブルをとんとん叩いた。
「そういやさっきまで話してたんだが、ギルドの掲示板は見たか?」
「まだですけど、炎上スレでお腹いっぱいでした」
「森の外れで魔物の湧きが増えてるらしい、調査依頼とかも出てたぜ」
「そうなんですか?」
魔法使いさんが、自分の端末を取り出して画面をなぞる。
「街道沿いの被害報告も増えているな、小さな集落では盗賊団の目撃情報も」
「魔導端末、ちゃんと有益な使い方もしてるんですね……」
「フッ、当たり前だろう」
勇者様が笑う。
「民の声は情報源でもある、地理も積もればいずれは地図になる」
「昨日の割れた壺も、立派な被害報告ではあるけどな、ガハハッ」
「クククッ、割った本人がそれを言ってたら世話がないな」
「……なんか3人とも、仲の良い幼なじみって感じなんですね」
「おう、そうだぞ、お互い同じ女性を好きになるくらいにはな」
「へー、そうなんですね」
戦士さんの割とどうでもいい一言は、聞かなかったことにした。
「今日は予定通り近郊の森の調査と、魔物の間引き掃討クエストだ、余裕があれば街道の様子も見てこよう、盗賊団が関わってるなら現地を一度見ておきたい」
「おう、魔王討伐の前に、まずは差し迫ってる危機を何とかしないとだしな」
「分かりました、回復アイテムの管理は私に任せてください」
「ふむ、盗賊団の裏には魔王の配下が関わっていると言う噂もあるようだ」
「そうなのか? なら一石二鳥だな」
「よし、それじゃあ気を引き締めていこう」
それどこ情報なの? なんか私より普通に魔導端末を使いこなしてるな。
そして私は自分の手元にある端末を見下ろした。
情報を制する者が、危機を回避して世の中の情勢を制する。
商人なら不足してる物資や売れ筋の商品。
職人なら希少な素材の場所にその入手方法。
冒険者ギルドなら周辺の魔物の発生状況。
そして情報力の優位性が、そのまま国力にも直結する。
剣と魔法の世界でも、その理屈は昔から変わらない。
と、ここまでは教会の養成院でも習った話だ。
でも実際は、エゴサも、誰かの呟きも、ギルドの掲示板スレッドも。
全部まとめて、世界に糸を張り巡らすように繋がっていると感じる。
「それから、世間の声はちゃんと私が見ておきますね」
勇者パーティーの今の評判を洗い出してどう改善すればいいのか、世間が何に対して不満を感じているのか、知ることで対処の仕方も自ずと見えて来るはずだ。
「ああ、任せたぞ」
「おう、助かるぜ」
「実に合理的だな」
「まず手始めに、今後はもう他人の家に勝手に押し入って、壺とタンスと樽と本棚は本当に必要なとき以外は、絶対に漁らないでくださいね」
「……ぐぬぬ」
そして三人は、同時に微妙な苦い表情を浮かべた。
なんで? 良い流れだったじゃない、そんなに漁り行為が好きなの!?
「ちなみに、本当に必要なとき、とは具体的にどの程度を指す?」
「だからそうやって抜け道を探す前提で話し始めるのやめてください!」
私のツッコミに、周りの冒険者たちが、ちらりとこちらを見る。
特に批判も賛同もしない。ただ諦め半分、期待半分みたいな眼差しで。
復活した魔王が再び世界を混沌に巻き込み、大地を闇に染めている時代。
その最前線に立つはずの勇者パーティーは、今日もきっと何処かで誰かの壺と、魔導端末の画面の向こう側をざわつかせているのだろう。
世界の行く末なんて、私ひとりにどうこうできるものじゃない。
それでも、自分たちの目の届く範囲くらいはちゃんと守りたい。
私がこの勇者パーティーに居続ける限り。
そして、唯一の常識人でいる覚悟を捨てない限り。
スープをひと口飲みして、私は端末をもう一度ちらりと見た。
今日もこの王国のどこかで、誰かが自由になにかを呟く。
自身の事、世間の事、勇者パーティーの事、そして多分、私の事も。
「……いっそのこと、自分から何か発言しててみるのもありなのかも?」
誰かに非難されるなら、自衛手段として活用するのも全然ありだよね。
王国公認の勇者パーティーの僧侶、兼エゴサ担当、兼広報担当として。
まあ、そんな大層な自己主張や、承認欲求などは特にないんだけどね。
でも出来たら批判よりも賛同や応援して欲しい。それはハッキリ言える。
こうして炎上勇者パーティーの冒険は、本格的に始まったのだった。




