第2話 この勇者パーティーは常識が足りてない。
戦士さんが壁に向かって豪快に壺を放り投げた。
続けて横に置いてある壺も同じ様に放り投げる。
パリーン! パリーン! パリーン!
私は止まった。その音に反応して、外を歩く通行人も止まった。
まるでその場の空気まで止まった気がした。
粉々になったツボの破片のあいだから、チャリン、と小さな金属音がした。
この国の通貨ではなく微妙な大きさのコインが一枚、石畳の上を転がった。
「え、なんで割ったの?」
思わず声が漏れた。だって割る必要ないよね?
ツボに手を突っ込んで中を漁れば良いだけだし。
そして勇者様がそのコインを素早く拾い上げる。
「お、これは、見てみるといい」
「……何ですかそれ?」
得意げな声だった。心底腹が立つが、なんか調子が狂う。
勇者様は、まるで無邪気な子どもの様に、私に差し出す。
「やったな、ちいさいメダルだ」
「見れば分かります、問題はそこじゃないです!」
戦士さんが腕を組んで満足そうにうなずく。
「おお、やっぱり何か入ってたな」
「何かでまとめないでください!」
魔法使いさんがのぞき込みながら言う。
「通貨とは刻印が違うな、記念品のメダルっぽいが魔除けか? 用途は分からないが壺に収納されていたという自体に何か意味があるかもしれない」
「コレクターアイテムかもしれないな、一定数で報酬と交換する感じかも」
「この状況でそんな冷静な分析しないでください」
「きっとたくさん集めると良いことが起きるはずだ」
「壺を割っていい理由には一ミリもなってません!!」
「そんなに大声を出すと目立つぞ、僧侶ちゃん」
「はっ!」
ザワザワとしたどよめきに、私は通りの端に視線をやった。
通行人が足を止め、何人かがこちらを見ていた。
そして手にしていたギルドカードに指を触れ、ちらりとこちらを見てから、また視線を端末に落とす人もいる。
ああ、絶対に何か書かれる。
脳内に炎上のネタになる投稿が勝手に浮かんだ。
本来は、各地の街や砦と王都を結ぶための重要な通信手段だった。
魔物の出没や盗賊の出現による街道の封鎖、被害報告と村からの救援要請。
そういう命に関わる情報を、いち早く掴めるかどうかで、生存人数が変わる。
それが今や、目立つ行動をした連中を晒し上げる監視の目と化している。
つまりは今の私たちのことだ。
「と、取り敢えずそれ、持ち主に見せて、話を聞いてからにしましょう?」
「ふむ、ならば所有者の要請があって、必要なら返せばいいか」
勇者様は不満そうにしながらも、ちいさいメダルをポーチにしまった。
とりあえず預かる。という形らしい。
私の頭の中では、さっきから警鐘が鳴りっぱなしだった。
ツボは割れた。入り口は破片で散乱。謎のメダルは預かり中。
これを世間ではたぶん、こう呼ぶ。
迷惑行為、無法集団、犯罪者予備軍、炎上案件。
しかも最悪なのは、ここで終わらなかったことだ。
「ちょっと、何してるんですか!?」
「何って、井戸だが」
「見れば分かります、なんで覗き込んでるんですか」
「井戸だぞ、下に誰か住んでいるかもしれない」
「住んでたら大問題ですし、ただの生活用水です!」
「決めつけは良くない、隠し通路に繋がっている可能性もある」
「ありません、迷惑なのでやめてください!」
勇者様を井戸から引き剥がしたと思ったら、すかさず戦士さんが、道具屋の裏口へ回り込んでいた。
「だから、お店の裏側から入っちゃダメですよ!」
「だが扉が開いてるし、入れるっぽいぞ」
「お店を利用するなら正面から入ってください」
「こっちから入れば、会話内容が変わるかもしれない」
「そりゃ変わりますよ、不審者として通報されます!」
「もしかしたら、宝箱があるかもしれないのに」
「それは、もしかしなくてもお店の売り上げです!」
更に魔法使いさんが、通り沿いの看板の裏側に回り込み、しゃがみ込んでいた。
「いや、今度は何してるんですか……」
「看板の裏側を調べている」
「なんでですか?」
「表に出せない情報を裏へ記している可能性がある」
「ありませんよ、ただの看板です!」
「断定は早いな、注意書きや隠された案内である線も捨てきれない」
「そんな大事な情報を、道端の看板の裏に書くわけないでしょ!」
この三人は、城下町を普通の生活空間としてではなく、巨大なアトラクションか、遊技場として見てているのかもしれない。
まるで無知な悪ガキ3人組のように行動が読めなくて、制御が効かない。
周囲の誰かが、魔導端末に触れば、それを見た別の誰かもまた気にし始める。
人の視線と掲示板の書き込みは、私が考えてるよりもずっと早く伝播する。
信じられない行為がさも当然の様に行われて、頭がクラクラしてきた。
私の三人に対しての信頼度ゲージは、既に底辺近くまで下がっていた。
そしてこれは、もしかしなくても捕まった場合、私まで同罪になるのだろうか?
◇
その後も三人の独自ルールに基づく“漁り行為”は続いた。
そしてその中にはもちろん、住人がいる家屋もいくつかあった。
「ゆ、勇者様? な、なにかご用で?」
「お邪魔します、今日もいい天気ですね」
庭先で洗濯物を干していた若い女性。
大工仕事をしていた職人気質の男性。
家の居間で普通に寛いでいた老夫婦。
みんな一様に驚き、戸惑い、警戒する。
そして最後には引きつった笑みを貼りつけていた。
王国が選んだ勇者パーティーに対して「止めてください、訴えますよ」と真正面から言えるほど、この国の人たちは浅はかでも愚かでもない。
何故ならそんな事を口走れば、王様の判断を批判したことに繋がるからだ。
通報して一時は気が晴れても、長い目で見たらこの王国に居づらくなる。
それほどまでに、この国自体は住み易く、恵まれた環境だと言えるのだ。
そして勇者パーティーである私達もまた、簡単に謝罪するわけにもいかない。
自分たちに非がある事を認めると、それはそれで炎上に繋がる事もあるのだ。
「魔王討伐の為にやむを得ず、必要最低限の物資をお借りします」
「……あ、はい、承知しました、お勤めご苦労様であります」
そうして私は、毎回、同じような説明をするしかなかった。
住民達も、私の表情で全てを察してくれたかの様な態度だ。
何も言い返せず、茫然とその場に立ち尽くす者も何人か居たけど。
その代わりに、震える手で魔導端末だけはしっかりと握っていた。
そして、そんな無法極まりない搾取も終わりを迎えた頃。
「我々の使命を果たすために、必要な物資を調達しているだけだが?」
「補給が足りずに、クエスト先で負傷者を出すよりはマシだろ?」
「現場レベルの損失と世界規模の危機を天秤にかければ、自明の理だ」
勇者様は、悪びれもせずに、まるで当たり前の様にそう言い放つ。
戦士さんは、割った壺を見下ろしながら満足げな笑顔をしていた。
魔法使いさんは、冷静に判断してる。だからこそ余計にタチが悪い。
「……あれ? もしかして私のほうが間違ってる?」
一瞬だけ、そんな考えが本気で頭をよぎる。
勇者様たちは、これを完全に「正しい行動」としてやっている。
あまりにも堂々とやられると、自分の感覚のほうがズレている気がしてくる。
実際には「正しい強盗」に他ならないのだが。
割れた壺の破片と、タンスからはみ出した衣類と、引きつった顔の家主と、端末を操作する指先を見ていると、その気持ちがスッと引いていく。
「うん、やっぱりどう考えてもおかしいのは、この三人だよね」
少なくとも聖職者として教わってきたこととは、まったく噛み合っていない。
◇
その日の締め括りとして、宿での部屋割りでも一悶着あった。
ギルド酒場で、ささやかな歓迎会の夕食を済ませた後の事だ。
「お部屋はどういたしましょうか?」
「うむ、では四人部屋を一室、頼む」
宿のカウンターで、勇者様が当然のように言う。
そして私は慌てて割り込んだ。
「す、すみません、個室を一部屋、追加でお願いします!」
「なぜだ? パーティーは同じ部屋で寝起きするものだろう」
「私も与えられた使命を果たす為、野宿や雑魚寝もある程度は覚悟してますが、王都にいる間くらいは、せめて一息つける空間がほしいです」
「そうか? 一緒の部屋のほうが守りやすいぞ」
戦士さんは胸を張る。
「安心感の方向性が違うんです」
「もしかして我々を恐れているのか?」
魔法使いさんが聞いてくる。
ある意味で合ってるし鋭い指摘だ。
「ち、違います、純粋に精神衛生の問題です」
「メンタルケアなら魔法使いが得意だぞ」
勇者様がそんなズレた事を言い、魔法使いさんが同意する。
「カウンセリングはお手のものだ、悩みがあるなら話すといい」
「今日に限って言えば一緒にいること自体が悩みなんですけど」
「そうか、新たな仲間が加入したから、少しはしゃぎ過ぎたな」
「いや、悪いことしてる自覚があるなら、改心してくださいよ」
「ふむ、では今後はなるべくバレない様に行うとしよう」
「なんでそうなるんですか、そんな話はしてないです!」
「まあ、そんなにカッカするなよ、僧侶ちゃん」
「それに私は女なんですから、少しは察してください!」
その言葉に一瞬の沈黙が訪れる。
「ああ、確かにそれはそうだな」
「配慮が足りなかった、すまん」
「私としたことが、申し訳ない」
「え!? い、いえ、分かってもらえたなら別にいいです」
結局そのまま勢いに任せて、私は個室を勝ち取った。
今思えば、あれは自分のメンタルを守る最後の砦だった。
と言うか、常識があるのかないのか、よく分からない連中だ。
◆
そこまで思い出して、毛布の中でごろんと仰向けになった。
「……うん、思い出したくないところまで、きっちりフルコース」
自身の記憶力の良さを、思わず褒めたくなった。
枕元には、さっきまで触っていた魔導端末がある。
「まあ、中身なんて、だいたい想像つくんだけどね」
それでも私は、結局、検索ワードをタップした。
最新ログをざっとスクロールする。
『勇者パーティーが昨日もまた壺を割ってたし』
『備蓄してた薬草が無くなってたのん』
『うちの畑で育てた新鮮な野菜を採集された』
『本棚の本を、勝手に読み漁られたんですけど』
『普通に犯罪行為だよな、衛兵は何してるんだ?』
『留守の間に物資がいくつか消えてたんですが』
『国が認めた勇者パーティーだから、衛兵は口出しできない』
『俺たちも似た感じだけどな、だから不満はここで呟いてる』
『僧侶さんが必死に止めてたな、あの子は別枠で見守りたい』
『凱旋パレードの時には居なかったよね?』
『あんな常識知らずで、勇者パーティーが務まるのか?』
『凱旋じゃなくて、壮行パレードだな』
『僧侶さんは聖女候補として、後から合流したらしい』
『樽や壺やタンスの中身を共同物資だと思ってる説』
『僧侶ちゃん昨日、初めて見たけど可愛い、結婚したい』
『でも実際、魔王を討伐してくれる有力候補なんだろ?』
『文句言ってるやつ、直接被害あったの? 無いなら黙ってろよ』
『丁寧に挨拶されたから最初は何事かと思った』
『戦士さんの壺割りパフォーマンスは次はいつ行われますか?』
『でもあれじゃ盗賊とやってる事は変わらないよ』
『悪気がなさそうなのが余計にタチが悪いよね』
「……だいたい想像した通りだなあ」
項垂れて呟いても、ログの内容が変わるわけではない。
勢いは初日ほどではないけど、じわじわと燃え広がってるって印象だ。
設定で匿名に出来るのだが、それがより一層、拍車をかけているのだろう。
とは言え国やギルドが本気で調べれば、発信者は直ぐにバレるだろうけど。
と言うかわざと匿名可能にして、ヤバい内容の呟きや、チャットのやり取りを国が管理して、一斉検挙に利用しているとかも噂では聞いたことがある。
ギルドカード自体が今や国民の身分証の役割を担っているし、設計して開発したこの国の防衛大臣と魔道具開発局、それと冒険者ギルドは侮れない。
今や聖都でもこの通信端末は採用されてるし、隣国同士、表向きこそ協定を結んではいるけど、内心ではお互いに腹の探り合いをしている、らしい。
情報通の友人から聞いた程度の話なので、真偽の程は判断しかねるけど。
私は端末の画面を閉じて、毛布をぎゅっとつかんだ。
「……でも住人のゴルドには手を出してないんだけどね」
わざとらしい自己弁護だって、自分でも分かっている。
でも盗もうと思えば、いくらでもタイミングはあった。
留守の家、タンスの中のヘソクリ、机の上の小さな財布。
それでもこの国の通貨だけは、誰も触らなかった。
金銭にまで手を出したら、それはもう誰がどう言い繕っても泥棒だ。
あの三人なりの、勇者パーティーとしての矜持なのかもしれない。
だからといって、他人の家に不法侵入して、備蓄した保存食や薬草なら勝手に手を出してもいい理由には、まったくならないんだけどね。
あれから数日経つのだが、大体は初日と同じ流れだ。
簡単なクエストをこなして、情報収集しながら広い城下町を探索。
今は装備を整える為に所持金を貯めている途中といったところだ。
というか、何でそんなに初期状態で軍資金が無いの!?
曲がりなりにも王国を代表する勇者パーティーだよね?
国の宰相様とかから、いくらか貰ってるんじゃないの?
それとも3人揃いも揃って、浪費癖でもあるのだろうか。
私はゆっくりとベッドから身を起こした。
顔を洗い、髪をセットして、身支度を整える。
「とりあえず、朝ごはん食べながら文句言おう」
小さく気合を入れて、私は部屋を出た。




