第4話 勇者パーティーは陣形の概念を理解する。
森の奥の空気は、王都の広場より少し冷たく、土と草の匂いが濃い。
さっきまで道の真ん中で暴れていた魔物たちは、今はもう黒い霧になって消えていた。森の入口付近にうろついていた群れは、これでだいたい片付いたはずだ。
「よし、道中の雑魚は一掃ってところだな」
勇者様が剣をくるりと回し、腰の鞘に納めて満足そうに笑う。
「今回のクエストの本命は、森の奥で暴れてるやつだけどな」
「回復アイテムもまだあるし、このままボス個体にも対応できる」
その右隣の戦士さんがメイスを持ち、大盾を肩に背負い直しながら言った。
更にその隣にいる、魔法使いさんも杖の先に残った光の残滓を消して答える。
どいつもこいつも、息ひとつ乱れていない。
認めたくない気持ちもあるが、この三人が強いのは事実だ。そして回復と支援特化の私がパーティーに加入した事で、なおさら遠慮がなくなった。
まさに『ガンガンやろうぜ』状態なのである。
いや、それはそれで問題なんだけど。
「……あの、もう少し消耗を抑えません?」
三人が揃ってこっちを見た。
意味を理解してないのか、きょとんとしている。
「いや、だから作戦ですよ、もうちょっとこう『適度にがんばろう』とか『命を大切に』とか『魔力を節約しろ』みたいな、そういう中間ってないんですか? 毎回全力戦闘だと、僧侶の私の負担も大きいし、心臓に悪いんですけど」
「? 作戦とは何のことだ」
「えっと、戦闘の方針とかそう言うやつですけど」
勇者様が首をかしげて、更にきょとんとする。
「余計なこと考えずに、目の前の敵を全力で倒すのみだよな?」
「うむ、各々が出来ることをするのが、最善の策とも言える」
続いて戦士さんと魔法使いさんも、そんなことを述べる。
え? もしかしてコイツら、その場の流れに任せて常に行動してるの?
「勝てる相手に全力を惜しむ理由がないだろう、魔物に対しても失礼だ」
そして勇者様は、いかにも勇者様っぽいことを言った。
それを聞いて、今度は私が首を傾げた。
弱肉強食な世界だし、獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、とかなら聞いた事はあるけど、雑魚モンスターだからといって、油断するなって意味だろうか。
それとも、素材も含めて相手の命を奪う以上は、礼儀を重んじろって感じ?
「いや、毎回その理屈で前のめりに突っ込むから、こっちは回復と補助で手が足りなくなるんですよ、そのぶん防御が疎かだから、被ダメも増えてますよね?」
「でも、実際なんとかなってるだろ?」
戦士さんが良い笑顔を向ける。
まるでこちらの感情を逆撫でするかのように。
「なんとかしてるのが私なんです!」
「お、おう、そうか」
「確かにもっともな意見だ、勇者、もう少し僧侶の負担は考慮すべきだ」
「ふむ、作戦か……」
魔法使いさんが真顔でうなずいた。
珍しく同意を得られた。流石は頭脳派を自称するだけのことはある。
「とはいえ、雑魚相手に慎重策を取るのも効率が悪い」
前言撤回、別に味方してくれてるわけではなかった。
戦闘が長くなると、それだけリスクも大きいし、全体の負担を考慮するなら、言いたいことは分からなくもないけど。でも初級魔法で倒せる敵に対して、中級魔法をぶっ放すのはどう考えても非効率だ。
寧ろ魔力ポーションを一番消費してる、魔法使いに対しての苦情なんですが。
私は小さくため息をついて、杖を握り直した。
「それと、前から思ってたんですけど」
「うん?」
「この並び方、やっぱりおかしくないですか」
三人が再びそろって首をかしげる。
「だって、前衛の勇者様、タンク職の戦士さん、魔術職の魔法使いさん、回復役の私ですよ、なのに戦闘が始まると、だいたい全員ほぼ同じ位置にいません?」
特に陣形とか聞かされてなかったので、取り敢えず横並びで戦ってたけど、これがデフォルトなようで、その後もずっとそのままだったので不満を口にした。
「僧侶ちゃんが横にいると、なんか落ち着くのだが」
「私はパーティーのマスコットじゃないし、目の保養役でもないです」
勇者様が悪びれもなく言う。魔法も多少は使えるみたいだし、状況を見て適切な動きをしてるのは認めるけど、それとこれとは別だ。
「でも横並びのほうが、パーティーで戦ってる感があって好きなんだが」
「そうそう、なんか仲間と一緒に共闘し合ってる感じがして良いよな」
「感覚派がもうひとりいたし、雰囲気で戦術を決めないでください」
なんで戦士さんは、盾職のくせにそういうところを感覚で押し切るのだろう。
そもそも、戦士はタンク役じゃないの? 前衛で仲間を守るのが仕事でしょ?
挑発スキルとか、その手の特技を使ってるのを、見たことないんだけど。
いや、攻撃専門の戦士職も多いけどさ、だとしたらその大楯は飾りなの?
「視線を横に向けるだけで全員の状態が確認できる、実に合理的だ」
「理屈っぽい顔で、適当な運用を正当化しないでください」
そして魔法使いさんの理論武装に対して、即座に反論した。
と言うか魔法使いは遠距離タイプなんだから、寧ろ後衛側でしょうが。
なんで前線に混じって近距離で魔法をぶっ放してるのよ。
「と言っても雑魚なら問題ないし、僧侶ちゃんも身を守る盾は持ってるだろ?」
「これはお鍋のふたです!」
戦士さんが当然のように指さしたのは、私が装備してる丸い鉄板だった。
私は即答した。だってこれは盾じゃないもん。
「民家を漁ったときに拾ったやつですよね? 手渡されたから、なんとなくそのまま装備欄に居座ってるだけで、盾ではありません」
「丸くて金属製で、ちゃんと取っ手も付いている、立派な盾だろ」
盾、なのかな? あまりに堂々と言われると、なんか盾な気がしてきた。
手に持っている装備を改めて見てみる。どう見てもお鍋のふただ。
「……定義が雑すぎません?」
「実際、役には立ってるだろ」
確かに安心感はあるけど、なんかコレジャナイ感がすごいんですが。
「とにかく私は回復支援職です、戦闘では後ろで備えてた方が良いはずです、被弾率が前衛3人と均等なのは、どう考えてもおかしいでしょ」
回復魔法を使える僧侶が、最初にやられてたら意味がないし。
「ふむ、では一度試してみるか」
勇者様は、あっさりとそう言った。
「僧侶ちゃんは後方で、回復と支援に専念すること」
「え、良いんですか?」
「いいんじゃないか? その方が戦闘が安定するなら」
「試してみる価値はあるな、私も少し下がってみるとしよう」
戦士さんと魔法使いさんも同意してくれた。
勇者様も、その言葉にうなずく。
「魔物の攻撃は俺たちで対処して、回復の要の僧侶ちゃんは絶対に守る」
「あ、はい、ありがとうございます」
その台詞だけ聞くと、普通に頼れる感じの勇者パーティーだ。
今この瞬間だけ切り取って世に流したい。などと思った矢先だった。
ガサリッ、と右手の茂みが大きく揺れる。
次の瞬間、狼型の魔物、ウォーキングウルフが四匹、飛び出してきた。
「まだ群れが残っていたか、戦闘準備!」
勇者様が小盾を構え、剣を抜いて備える。
「おう、僧侶ちゃんは後ろに下がれ!」
「前線は我々に任せるが良い」
「は、はい!」
私は言われた通り、数歩後ろに下がった、全体を見通せる距離だ。
全体の動きも把握し易いし、やっぱり私の理論は間違っていない。
勇者様と戦士さんが前へ出て、魔法使いさんも半歩後ろに下がって並ぶ。
いや、それほとんど意味ないよね?
とはいえ、私はその更に後方だ。
三人が壁になって前に立ち、まるで姫を守る騎士みたいな陣形になっている。
そのまま戦闘開始だ。
狼たちの方が素早いのか、すぐに散開して動き始めた。前に出た三人に対して噛みつくように飛びかかり、爪を振るい、隙をうかがって回り込もうとする。
「右だ、奥に通すな!」
「任せろ!」
勇者様が立て続けに攻撃を受け、戦士さんが横から来た一匹を大盾で弾く。
「光魔法ライトフラッシュで視覚を奪う、みんな目を閉じろ」
魔法使いさんが杖を振り、強い光で牽制して、狼の動きを撹乱した。
その隙をついて、勇者様と戦士さんが、すかさず攻撃を仕掛ける。
「僧侶ちゃん!」
「分かってます!」
私は直ぐにダメージを受けた勇者様に、回復魔法ヒールウォーターを飛ばす。
ここからでもちゃんと届くし、魔法の詠唱も安定している。
3人が前に出ているので、私の被弾率も自ずと減った。
のだが。
「……いや、なんか全然落ち着かないんだけど」
それに三人が前に出ているせいで、壁になって敵の動きが妙に見えづらい。
誰が次に狙われるのか、どこへ支援を入れるべきか、判断が遅れそうになる。
しかも私だけ一歩引いた場所で見ているせいか、妙にサボってる気分になる。
杖だとここからじゃ攻撃が届かないし、風の攻撃魔法ウインドカッターなら使えるけど、今の状況なら別に使う必要ないし、ここから放つと前に居る3人を巻き込む可能性がある。
暫くそのまま、支援魔法など飛ばしつつ、様子を見ていたけれど、結局は落ち着かなかった。
私はそそくさと前線へ戻り、いつもの横並び気味の位置へ収まる。
「どうした、僧侶ちゃん?」
勇者様がちらりとこちらを見る。
「なんか、比べてみたら、こっちの方が戦いやすい気がしてきました」
「はは、そうだろう、やはり横並びの方が一緒に戦ってる感があるからな」
……ぐぬぬ。
「全体回復魔法エリアヒールを使うのに、仲間が固まっていた方が効率的なだけです!」
私は図星を突かれて、ぐぬぬ、と思いながらも反論した。
悔しいけど、確かに何か不思議な安定感があって落ち着く。
「さっきまで、横並びの合理性を否定していなかったか?」
「試してみた結果、今はこっちの方が理にかなってたんです!」
そう、こっちが格上なんだから雑魚戦で頭を使う戦法は不要なのです。
「僧侶ちゃんも意外と面倒な性格だよなあ」
「面倒な性格してるのはそっちでしょ!」
戦士さんが声を上げて笑った。
勇者様も、魔法使いさんも、少し口元を緩めている。
「よし、結論は出たな、僧侶ちゃんはこの位置が落ち着く」
「だから言い方!」
無事に戦闘も終わり、勇者様が剣を担ぎ直す。
そして、そんなわたしの叫びが、森にこだまする。
◇
森の中層へ近づくにつれ、折れた枝と抉れた地面が増えていった。
木々はところどころ根元から倒されて、獣臭さも濃い。道中で数匹のウォーキングウルフの亡骸が残されており、縄張り争いをした後のようだ。
魔物の形跡を目印に、暗い森を進み、やがて開けた場所に出る。
そこだけ不自然に木がなぎ倒されていて、巨大な影が一つ佇んでいた。
大型の熊の魔物だ。仕留めた狼の魔物を捕食してるようだ。
討伐クエストの報告にあった今回のターゲットだ。その毛並みはまだらに抜けて、見るからに痩せているのに、そこにいるだけで圧がある。
目だけが異様にぎらつき、飢えと苛立ちをそのまま煮詰めた様相をしている。
「……あれ、絶対お腹空いてるやつですよね」
「冬眠明けなのか、空腹で気が立っている個体だな」
魔法使いさんが短く言う。
「特殊個体か? この森で見かけるハイキングベアとは毛色が全然違うよな」
「まだこちらには気が付いてないな、戦う前に魔導端末で確認しよう」
「分かりました、ギルドの登録データと照合しますね」
私はギルドカードをかざし、慎重にカメラ部分を魔物に向けた。
デバイス画面を向けてモンスターの全体を収め、淡い光の板に文字が並ぶ。
「ハイキングベアとは別個体ですね、名称はハングリーグリズリー、熊型の魔物で、突進と前脚による薙ぎ払いに注意、空腹時は特に執着が強くて追撃がしつこい、弱点属性は炎、先に足元を崩すと体勢を崩しやすい、だそうです」
勇者様が要約する。
「つまり、足を止めて、燃やして、隙を見て斬る」
「雑ですけど、間違ってはないですね……」
「先制攻撃を狙うなら私が光魔法で視界を奪おう、戦士が攻撃を止めて、僧侶ちゃんは回復を優先して、余裕があれば使役魔法で味方を強化、勇者が決定打を狙う」
「いいな、それで行こうぜ、もし全く勝てないようなら、逃走も視野に入れるか」
魔法使いさんがそう提案をして、戦士さんが同意する。
そして勇者様は警戒しつつ様子を見る。
「気が立ってる個体だから、一撃が怖いな、今回は少し慎重に行こう、長期戦も視野に入れて、各々で回復手段も常備して、ヤバそうなら使うように」
「それなら、教会本部から支給された回復ポーションのストックもまだいくつかあるので、もし足りないなら、今のうちに言ってください」
「お、それは助かる、何個かもらおう」
「私も魔力ポーションをいくつか欲しい」
「このまま野放しにすると、被害が拡大する可能性がある、敵の脅威度は未知数だが、頑張ってここで食い止めよう」
「はい!」
作戦も決めたし、事前の準備は整った。
これまでもボス戦は経験したことはあるが、独特の緊張が走る。
熊型の魔物が鼻先を上げた。風向きが変わったのか、警戒心を強めた。
こちらの匂いを嗅いだ瞬間、その目がさらに険しくなる。
低い唸り声。
次の瞬間、大岩みたいな巨体が地面を蹴った。




