5. 七堂十藏という男
秋山はパンフレットを片手に、やる気なく展示室を歩き始めた。室内には蝉の声も届かない。自分の靴音がやけに響く。
入り口近くのモニターでは、資料映像が流れている。明治時代の写真だろうか、色褪せた農村の写真が映し出され、単調なナレーションが続く。一応、置かれたベンチに腰かけてなんとなく眺めていたが、気が付くと同じ映像がループ再生されていた。
どうやら少し寝てしまったらしい。秋山は口元をぐいと拭うと立ち上がった。
古い農具や、工具、織り具などが並ぶあたりを流し見ていく。古い貨幣のような小さな物から、ナントカ造りの建造部材などの大物まである。
古い町並みを再現したミニチュア模型まで置かれており、意外と精巧に作られているとわかる。段々畑が山の斜面を覆い、フェルトで出来た魔の森はモコモコとした質感でかわいらしい。春をイメージしているのか、桜ヶ丘会館の前には桜らしき並木があり、会館をひときわ威風堂々と見せている。赤いボタンを押すと電車が動く仕掛けまであった。
模型が入れられたガラスケースは、いつ来るかもわからないような見学者のために指紋ひとつなく透き通っている。秋山はそれを汚さないよう、そっと顔を近づけて町並みを眺めた。
壁には歴代町長の写真が額に飾られている。中には知った顔もあり「げっ、八百田のおっさんって町長だったのかよ」などと茶化しながら回っていく。
七堂十藏の写真の前で足が止まった。建物の寄贈者ということなのか、一回り大きな額はなんだか高級そうだ。写真の下には『七堂十藏 一九二五~一九八九』 と、生没年が記されている。自分がまだ赤ん坊の頃に亡くなったのか。どおりで、名前は聞いたことがあるが記憶にないはずだ。
一階の展示をあらかた見終えた秋山は、全体をぐるりと見まわした。しかし広い。資料館としては小ぶりではあるが、個人宅としてはかなりの豪邸だ。
「こんなスゲー家寄付しちゃうなんて、どんな人なんだろ」
ひとりごちると、佐伯が声をかけてきた。
「当館をご寄贈くださった十藏氏のご子息、遼さんは、現在は町議会議員として活躍していらっしゃるわ。ご養子だったので、十藏氏の没後はもとの朝倉姓を名乗っているけど」
「朝倉……ああ、遼さん!」
秋山は声をあげた。その人なら知っている。
「あら、知ってるの?」
佐伯の目が笑う。口調も、心なしかさっきより柔らかい。
「こないだ高校のバザーの時に来てくれてました。おんなじクレープ屋台の係だったんで、ちょっと」
秋山が政治家に持っているイメージとは違って、偉ぶらない爽やかで話しやすい人だった。遼がクレープの皮を三枚も破ったことを思い出して、ニンマリと頬が緩んでしまう。
「遼さんって、七堂十藏の息子だったんだ。スゲー」
佐伯が綺麗に塗られた指で奥の階段を指し示した。
「書誌などの展示は二階になっているわ。レポートとか書くなら、そっちが本命ね」
言いながら秋山とともに上がろうとする。
「佐伯さん、受付の仕事、いいんすか?」
秋山が尋ねると、佐伯は少女のように悪戯っぽく笑った。
「だって、お客さん来ないんだもの」
秋山としても、美人を眺めながら宿題ができるなら否やはない。心持ち軽い足取りで二階へと急いだ。




