28. 自由研究の終わりに
「こんな隠しルート、どうやって見つけたんですか」
崖の上は風が強かった。滝に流れ込む前の沢は細く穏やかで、全く異なった表情を見せている。
どぅ、と瀑声が背中に響いた。
秋山の問いに、遼は遠くを見つめながら笑った。どこか照れたような、困ったような笑顔だ。
「俺んちさ、この会館の場所にあったんだよ。だからもう庭みたいなもんだな。俺んち貧乏で借金取りとか押しかけてくるし、ほとんど家には帰らなかった。森には食い物もあるし、あの穴に大人は入れない。最高の隠れ家だったよ」
「なんでそんな、人を……殺す、なんて」
言い淀んだ。遼はわかっているという風に頷いた。
「実の両親が会社の負債を苦に亡くなって、俺は十藏さんに引き取られたんだ。可愛がってもらったよ。ずっと感謝してた。十藏さんみたいな政治家になろうって決めた。実家が会館になるのも、町のためになるならいいと思った。でも」
遼がこちらに顔を向ける。笑顔のままなのに、その目はなぜか虚のようで恐ろしい。
「違ったんだ。初めて十藏さんの名代で出席した式典で建設大臣と会って、すべてが仕組まれていたと知った。次の狙いが玲子ちゃんちの会社だってことも」
何か言おうとしたが、秋山の喉はヒュ、と鳴っただけだった。
「玲子ちゃん、お父さんの会社の経営不振がもとで、ご両親が離婚しているんだ。今は佐伯さんなんだっけ」
どこかで聞いた話だ。そういえば青柳さんもやけに整った顔立ちをしていた。秋山は佐伯のもとの名字に思い至った。
「それで、慌てて家に帰って、問いただしているうちに揉み合いになって──。殺すつもりはなかった、って言ったら月並みすぎるかな」
遼は苦笑して肩を竦めた。
「動転して、とにかく早くその場を離れなきゃって思った。揉みあっているときに眼鏡が落ちて壊れてしまったから、買ったばかりの予備の眼鏡をかけて会館へ戻った。まさか帰り道で色が変わるなんて、新し物好きが仇になったな」
滝の水飛沫が風に乗って、ふたりの間に散った。
「自首、するよ」
ぽつりと、自分を納得させるように零した。
「十藏さんが傷つけた人たちの助けになるためだって言い訳しながら、ずっと逃げていたんだ。逃げながら、どうせ逃げられやしないって分かってた。自首して、ちゃんと罪を償って……町議会も、辞めるしかないな」
秋山は掠れた声で、やっと言葉を挟んだ。
「逃げ切ったじゃないですか。平成十六年法律第一五六号で、今年から公訴時効が十五年から二十五年に延長されたばかりですよね。つまり、過失致死じゃなくて殺人として立件されたとしても、一九八九年に起きた事件は既に時効が成立済みです」
肩を竦めてから一度、ふ、と深呼吸をして、秋山は遼をまっすぐに見つめた。
「──ただし刑訴法二五五条、海外渡航時の時効一時停止に該当しない限りは、ですけど」
秋山の唐突な知識の披露に、遼は目を丸くした。
「驚いた。随分詳しいんだな」
「覚えさせられたんですよ。時事問題はセンターに出るから覚えとけって、千葉センに」
遼はぷはっと噴き出した。
「遼さん。ちゃんと責任、取ってください」
遼の目が戸惑ったように揺れる。何かを返される前に、言葉を重ねた。
「俺、三日でここまで辿り着きました。こんな、高校生が自由研究の片手間で解いちゃうような真相……ほんとにばれてないと思ってたんですか?」
風が一瞬止まり、滝の音が遠のいた。
「田代のジジイも、平沢さんも、よろずマツイも……佐伯さんも。みんな気付いてた。気づいてて、みんな知らないふりをしてた」
秋山はまっすぐ言った。声はもう震えていなかった。
「あんた、愛されてんですね」
真実を知ったうえで、どうするべきか。見極められたかどうかわからないが、これが秋山の答えだ。
「責任、取ってください。……桜祭り、楽しみにしてるんで」
遼はかなりの間なにも言わなかった。俯いたまま、何かを考えているようだった。
……ようやく、最後に見せた遼の笑顔は、泣いているようだった。
+今日は夜にエピローグを投稿して完結の予定です+




