29. 若葉の季節へ──I dag er altid en prolog til i morgen──
──結局。
自由研究はギリギリで提出され、お情けの評価を得た。
秋山が書いた「わが町の歴史と発展─町長・田代正男烈伝─」は友人たちにはバカウケだったが、モデルとなった人物からはゲンコツをいただいた。
公訴時効延長に関する時事問題がセンター試験に出題されることはなく、山高生の脳を無駄に圧迫しただけに終わった。
そして、春。秋山はまた資料館の前に立っていた。町をあげての祭の日なので、今日は休館だ。
資料館の前に立ち、辺りを一望する。四月の棚田はまだ春の息吹を始める前で、全体的に茶色い土の色だ。数枚、水を張り始めた気の早い田圃だけが、鏡のように春の日差しを反射していた。
あちこちに散り終わりの桜が華やかな色を添えている。
なかでも遠目に見える桜ヶ丘会館は見事だ。瀟洒な洋館と、桜並木。それを彩る赤い提灯が、実に珍妙だ。
「ここに居たのか。桜祭り来ないのか? 楽しみにしてたんだろ」
遼だった。上質な仕立てのスーツの上に、町名の入った法被を羽織っているのがどうにも可笑しい。
どうやらこの人のセンスは割とおかしいんじゃないかと、秋山は気づき始めている。
「明日、入学式なんですよ。もう行かないと。最後に、この町を見ておきたくて」
遼は軽く頷いた。
「そうだったな。合格おめでとう。たまには顔を見せろよ。玲子も会いたがってた」
「夏休みには帰りますよ」
もういちど頷くと、遼は胸ポケットからあの万年筆を取り出した。
「これ、やるよ。君が持っていた方がいいだろう。勉強、頑張れよ」
「ありがとうございます」
素直に受け取る。揺れた拍子に青葉色の光が散った。
「……遼さん、これ、いつ買ったんでしたっけ」
意地悪な質問を投げかける。遼は、肩の力の抜けた笑顔で笑った。
「いつだったかな……忘れたよ」
秋山は車窓を流れる景色をぼんやりと見つめていた。
申し訳程度の市街地。
山の斜面を覆う段々畑。
まだ水を張る前の、まだ土色の田圃たち。
来る者を拒むように鬱蒼とした森。
これでよかったのかはまだ分からないが、自分なりに出した答えだ。
土色の田圃の畔にはところどころ緑の雑草がのぞき、散り終わらぬ桜の花を押しのけて葉が顔を出している。秋山は万年筆を翳して故郷の緑に重ねた。
若葉の季節が、はじまる。




