25. よろずマツイ
翌日。あと一欠片のピースが欲しくて、秋山はよろずマツイを訪れた。
二階建ての建物は古びて煤け、木彫りの看板は年月を経て黒光りしている。看板に彫られた屋号は『マツイ光学』だが、誰もそうは呼ばない。
カラカラ、と音を立てるドアをくぐると、中は意外なほど近代的で明るかった。
店内には所狭しと眼鏡やコンタクト、補聴器、時計などが並び、奥には視力を測る機械やレンズを削る機械が置かれている。
店の壁にはSSS級と書かれた眼鏡の認定証が誇らしげに飾ってある。
……が、その隣には電気工事士、配管技能士、ボイラー技士、アマチュア無線技士、情報処理技術者から気象予報士まで、ありとあらゆる資格の認定証も並べられている。
「お、透。陽菜ちゃんのDS直ってるから、持って帰ってくれ」
奥で作業をしていた老人が手を止め、四角い顔をこちらに向けた。作業台の横には杖が立てかけられている。
「うす。なんか壊れたんすか」
「ちょっと接触が悪くなってただけだ。充電するときにもっと丁寧に差すよう言っといてくれ」
恐ろしく器用なこの男は特に機械には滅法強く、ちょっとした家電なら大抵直してしまう。とりあえずマツイに相談、と住人たちが何でも持ち込むうちに付いたあだ名が『よろずマツイ』だ。
「で、透はどうした。受験で目を悪くしたか。それとも、なんか壊れたか」
「いや、夏休みの自由研究……の、延長戦みたいなもんです。松井さんは町中の眼鏡作ってますよね」
足の悪い松井が座ったまま作業を続けているので、秋山は勝手に店内を見て回る。
「まあな、服は多少合わなくたって着られるが、眼鏡はそうもいかねえ。町のやつらの目のことは俺が一番わかってるからな」
せわしなくレンズを磨きながらこともなげに言う。丸まった背中が小刻みに揺れる。
「じゃあ、遼さんのサングラスもここで買ったんですね」
「いや、あいつはサングラスなんて持ってねえよ」
ふっ、とレンズに息を吹きかけながら、きっぱりと否定された。
「え。……じゃあ、サングラスだけよそで買った?」
「遼のは度が必要だから、無いだろうな。あいつはサングラスを持ってねえ」
秋山は動揺した。ここまでぼんやりと築き上げてきた真実が霧散してしまったようだ。マツイは無言で次のレンズを手に取った。
ふと、店の隅に飾られているポスターに目が止まった。
「そうか。これですね。遼さんはサングラスじゃなくてこれを買ったんだ」
『アウトドアに最適! 紫外線で進化する次世代眼鏡!』松井がCGで自作したであろうポスターのキャッチコピーを読み上げるが、松井は興味なさそうに背を向けたままだ。
「この、フォトクロミックレンズ……調光眼鏡なら、紫外線を浴びればサングラスをかけているように見えますよね」
「そういうこともあるかもしれねえな。窓の近くでも通ったんじゃねえのか」
ここが『よろずマツイ』ではなかったら、その説明で済んだかもしれない。だが、松井に限ってそれはあり得ない。秋山は壁に飾られた気象予報士の認定証を見つめながら言った。
「松井さん、十二月の紫外線って、そんなに強いんですか? 十五年前に売ってた旧型の調光レンズが、窓辺をちょっと通っただけで黒くなるくらいに?」
「透……。それを知って、どうするつもりだ」
松井は相変わらず背を向けたまま、こちらを見もしなかった。
それはもう答えだった。
「まだ迷ってます。でも、それを決めるためには、知らないといけないから」
「……そうだな。ちゃんと見えてねえと、道に迷うこともある」
背中で頷いた松井に、秋山は最後の質問を投げた。
「遼さんは調光眼鏡を修理に出しましたか?」
「いいや。俺が頼まれたのは、レンズの外れた黒縁だけだ」
ありがとうございます、と声をかけて店をでる。松井はただレンズを磨いていた。
さあ、必要なピースは手に入れた。あとは在るべき場所に嵌めるだけだ。
そのためには、走るしかない。




