23. 逆算禁止
「……無くなってる」
階段を駆け上がった秋山は絶句した。展示ブースのレイアウトが微妙に変えられ、目当ての写真が見当たらなかったからだ。
「佐伯さん、ここにあった写真どこに行ったんですか。三十周年記念式典とかの」
少し語気が強くなったが、佐伯は気にするふうもなく微笑んだ。
「ああ、あれね。同じような構図の写真が被ってたから、取り下げたのよ。夏休み明けにはまた別の企画をやるから、楽しみにしててね」
私服姿の佐伯はふわふわしていてまるで少女のようなのに、挑戦的な笑顔はどこか魔女のようだ。
「じゃあ、裏にありますか? ちょっとだけ見せてもらいたいんですけど」
「額装屋さんにメンテに出しちゃったの。ごめんなさいね」
何かがおかしい。糠に釘を打つような手ごたえの無さに秋山は焦りを募らせた。
「俺、平沢写真館で同じ日の写真を見ました。ここで見た遼さんはサングラスだったけど、平沢にあったのは違くて。だから、俺、あの」
「関係ないわ」
佐伯がぴしゃりと遮った。
「ここからどんなに急いでも、桜ヶ丘会館まで三十分。そこで写真に写っている人がどんな眼鏡をかけていたって、事件に関係してるわけないじゃない。それに」
秋山は事件のことなんか何も言っていないのに、佐伯は震える声で一気に捲し立ててきたかと思うと、大きく息を吸った。
逆に何かあると言っているようなものだ。学芸員の時の余裕ある態度とは裏腹に、佐伯は嘘がつけない性格らしい。
「もしも誰かがやったにせよ、もう、十五年も経ったのよ——考えるだけ無駄よ」
大きな目を泣きそうに歪ませる。本当に嘘が下手か。佐伯が何を隠しているのか。これでわからなかったら嘘だ。秋山は溜息をつくと、震える背中にそっと触れた。
「佐伯さん、俺、わかっちゃいました。佐伯さんの初恋のメモリー」
背中をさすりながら、あやすような声で話しかける。
「……むかしのことよ」
囁くように答えると、すん、と少女のようにしゃくりあげた。
「そうかなあ。満更でもない感じしましたけど。お揃いの万年筆、大切にしてたし。森みたいな緑色のやつ」
「……嘘よ。優しかったけど、相手にもされてなかった。両親の離婚で町を出たの、中学の時だったし」
「今の佐伯さんなら、スゲーお似合いですよ。中学生の佐伯さんも、絶対可愛かったと思うけど……ええと、何年前でしたっけ」
「……逆算禁止って、言ったでしょ」
子を守る母兎のような佐伯の瞳にもう揺れは無かった。
自分はどうすべきか。その答えを出すためにはまず、真実を確かめるしかない。七堂記念民俗資料館を出た秋山は、そう心に決めて満天の星を仰いだ。




