22. 真夏の冒険少年
遼と別れてからも、秋山は暗くなり始めた沢沿いを歩いていた。
三叉路から入った獣道はもう見つけられそうもないし、下手に迷うよりは沢沿いに下った方が迷わない。遼に聞けば案内してもらえたかもしれないが、そんな気にはなれなかった。
歩くうちに流れはいつの間にか幅を広げ、深さを増し、水が白く泡立ち、もはや川と呼んで差し支えない風格となっていた。小石を踏みしめるザリ、ザリ、という音が響く。
ふいに木々が途切れ、風がふわりと吹き抜けた。森が終わったのだ。
眼下には段々と続く棚田が一望できる。
森から流れ出た川は石堰を境に枝分かれして田に引き込まれ、色づき始めた稲穂を潤す。暮れ終わりの残光がぼんやりとそれを照らしている。
秋山は声も出せず、足元の荘厳な景色に魅入られていた。
棚田の手前、ひときわ白い光を放つのが七堂記念民俗資料館だ。
最後の陽光も地平の先に消えてから、秋山はのろのろと動き出した。森の出口は資料館のすぐ裏手にあったらしい。蛍光灯の明かりに吸い寄せられるようにエントランスを抜けると、佐伯が慌てたように飛び出してきた。
「秋山くん?! どうしたの、その恰好。泥だらけじゃないの」
頭の上からふわりとタオルをかけられた。佐伯が背伸びした拍子に、下ろした佐伯の髪から香る甘酸っぱい香水が鼻腔を擽った。ペラペラのタオルには『七堂記念民俗資料館』と染め抜かれている。
「お中元代わりに配ってたやつだから気にしないで」
と、七堂十藏のバストショットがプリントされたTシャツも勧められたが、そちらは固辞した。
「いやあちょっと、真夏の冒険少年が過ぎまして……」へらりと笑う。
「それより、ちょっとだけ二階を見せてもらえませんか」
秋山はタオルで頭をガシガシ拭くふりをして、俯きながら言った。
「あら……。でももう、閉館時間なのよ」
佐伯が振り返る気配がした。ワインレッドのスカートがふわりと翻る。
「ちょっとだけです。すぐ終わるんで……。あの、」今はちょっと、佐伯の目を見て話せそうにない。
「確かめたいことが、あるんです」




