21. 全国二位の逃げ足
+今日は夜にもう一話投稿する予定です+
「俺が小さい頃はここ入るなって煩く言われてましたけど、遼さんの頃は大丈夫だったんすか?」
「まあね。俺んち、森の隣だったから。昔はよく忍び込んで探検とかしたよ。秘密基地作ったり。ここ食い物もいっぱいあるし」
「あ、そうですよね。資料館はもともと七堂邸だったって聞きました」
「ああ。そっちじゃなくて、反対の方」
遼は視線で崖の上を示した。
「桜ヶ丘会館のある場所は、元は朝倉の会社だったんだ。両親が亡くなって、十藏さんに引き取られて……。そんなんだから、十藏さんは結構俺に甘かった」
「へえ……」
平沢写真館で聞いた話が蘇る。
こういった話は、どこまで触れていいのかわからない。秋山は曖昧に頷いた。
「あ、でも、桜ヶ丘会館の方からじゃ森、来れないですよね。崖あるし。結構大回りしないと」
「それな。実は滝の横手に抜け穴があるんだけどさ。崖の上に続いてたんだよ。雨にも濡れないし、冬も意外とあったかいしで、お気に入りの秘密基地だった」
遼は気にした風もなく逸らした話に乗ってきた。
「あ、たぶん……さっき見ました、穴。タヌキがいたから入らなかったけど」
自分もあの時タヌキが音を立てなければ絶対に見つけられなかった。遼はよほどこの森に詳しいらしい。
「見つけてたのか。今思うとこの辺は地盤も緩いし、崩落の可能性もあるからめちゃくちゃ危険だけど、あの頃はそんなこと考えもしてなかった。わるものが来た時に身を隠したり、逃走経路を練ったり……。俺、逃げ足だけは自信があったからさ。日本じゃあ二番目だ」
「え、全国二位なんですか?」
それはすごい。
「昔の特撮の台詞だよ。あれ好きだったんだけど、今の若い子にはわかんないよな」
秋山が目をぱちくりさせていると、おじさんが露呈した遼は照れたように頭をかいた。
「でもまぁ、中は広いけど間口は結構小さいから、俺にはもう入れないだろうな」
遼は自分の鍛えられた胸板に触れた。万年筆の中の青葉が、夕暮れのオレンジと混ざって、揺れる。
「この森、悪魔が出るって言われてたんですよ。入ったら悪魔に食われるって。ガキの頃みんなビビってて。だから俺も入ったことありませんでした。悪魔なんかいるわけないのに」
なんとなく嫌な気分になって、縋るような気持ちで遼を見上げる。
「……悪魔か。案外、いるかもしれないな」
夕暮れも終わりに近く。つぶやいた遼の顔は、もう見えなかった。
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