20. ノブドウ色のおとぎばなし
クサイチゴを摘まみながら、ふたりで他愛もない話をする。
「社会の千葉セン、まだ山高に居たのか。俺の頃もいたから、もう二十年はいるぞ」
「今は公民ですけどね。山高の七不思議のひとつです。たぶん一生いますよ」
この田舎町に公立高校は数えるほどしかない。多分に漏れず遼も秋山と同じ高校の出身だということが分かり、古株の教師の噂話などで話が弾んだ。
「あの人雑談ヤベーんすよ。去年新しくなったお札のホログラムの話とか、今年から公訴時効が変わったとか。時事問題はセンターに出るとか言ってくるから、完全に無視も出来なくて」
遼も分かるというように頷いた。
「千葉センの話、全部覚えてたら範囲終わんないぞ。俺はあの頃部活ばっかだったから、ほとんど寝てたけど」
たしかに、遼は今でも元運動部らしい引き締まった身体つきをしている。
町議会議員ともあろう人から悪童のような逸話が出てくるのが面白くて、秋山はくすくすと笑った。
「そういや見ましたよ、盆踊り。めっちゃ太鼓叩いててびっくりしました。結構イイ体してるんですね」
桜ヶ丘会館の前で組まれた櫓の上で太鼓を叩いていた遼の姿を思い出す。
「好きなんだ、体鍛えるの。子供の頃はヒョロかったから、その反動かな。高校の時は陸上部だったし、足にも結構自信あるんだぜ。政治家は足が資本だからね」
遼は照れたように頷いた。
「そうそう、来年は数年ぶりに桜祭りもやる予定だから、楽しみにしているといい」
「桜祭り、いいっすね。クレープの屋台も出ますか?」
揶揄うと、遼は「練習しておくよ」と苦笑いした。
洗濯して返すという秋山を制して、遼はハンカチを畳むとジャケットの胸ポケットに突っ込んだ。拍子に、胸ポケットに入っていたペンが若葉の色に揺れた。
「それ、万年筆ですか? 佐伯さんが持ってるやつに似てます。色違いですか?」
「佐伯さん……? ああ、玲子ちゃんか。今はこっちに帰ってるんだったな」
しばらく瞬きをしていた遼だが、合点がいったようでぱっと笑顔になった。秋山の胸がなんとなくもやりとした。
「中学生ぐらいの時にご家庭の事情で引っ越して以来だから、もう何年になるかな。元気にしているのか?」
「何年になるんでしょうかね? その辺は逆算禁止だって怒られました。ピンクの万年筆持ってましたよ。誰からとは言ってなかったけど、コペンハーゲンのお土産でもらったって。北欧の美しい街だって。こんな屋根のお城があったりとか」
秋山はポケットから先程摘んでいたノブドウを取り出した。
「ああ、ローゼンボー城だな」
遼は緑青色の実を見て頷いた。
「デンマークにはしばらく滞在してたんだ。おとぎ話の舞台みたいで、いいところだよ。君も大人になったら行ってみるといい」
遼は緑の万年筆を回しながら言った。佐伯の物とは違い、青葉を思わせる緑は遼によく似合っている。
当時に思いを馳せる目に佐伯と同じものを感じて、秋山は尋ねた。
「もしかして、ふたりって付き合ってたんですか」
「やめてくれよ。引っ越した時、玲子ちゃんは中学生だったんだぜ? 俺を社会的に殺す気か」
慌てたように否定する。
「へええ。でも、佐伯さんは初恋のメモリーって言ってましたけど」
嫌味っぽく言い募ると、遼の目元が赤くなった。
地元の信頼篤き若手政治家と、美貌の学芸員。あまりにもお似合いすぎて面白くない。高校生の出る幕なんてないではないか。
ちょっと拗ねた気分で唇を尖らせ、手に持ったノブドウの実を沢に放った。




