19. クマ出没注意
+今日は夜にもう一話投稿する予定です+
冒険を終えた秋山は、沢伝いにもと来た道を戻っていた。濡れたスニーカーがガポガポと水音をたてるが、秋山は上機嫌だ。鼻歌交じりに黄昏の森を行くと、前方に大きな黒い影を見つけた。
「まさか、熊……?」
心臓がぎゅっと締め付けられる。
気付かれる前に逃げなくては。
でも、どこに?
背後には逃げ場はない。崖から先へは行けないことは、今確かめたばかりだ。
思わず後退ると、足元の枯れ枝がぱきりと音を立てた。黒い影がこちらを振り向く。終わりだ。秋山はぎゅっと目を瞑った。
「あれ、君は……秋山くん?」
熊に話しかけられた。恐る恐る目を開くと、背は高いが熊よりもずっと細身の男が、洒落たスーツに身を包んで佇んでいた。
「遼さん!」
町議会議員、朝倉遼だ。
全身が脱力するほど安堵した。それとともに、悪魔の森の奥深くで会うには似つかわしくない出会いに、言いようのない違和感が胸をかすめた。
「熊かと思ってマジびびった! 遼さんなんでこんなところにいるんですか?」
「君こそ……ずぶ濡れじゃないか。何があったんだ」
駆け寄ると、秋山の有り様にびっくりしたのか、質問で返された。
「いや~ちょっと、滝で遊んでて」
「意外とやんちゃなんだな、君は。危ないから気をつけろよ」
糊のきいたハンカチを差し出されたので、遠慮なくお借りすることにした。
拭きながら並んで沢沿いを少し下り、手頃な岩に並んで腰かけた。
無造作に投げ出された脚は長身だから、では説明がつかないほど長く、細身のスーツは洗練されていて明らかに地元の洋品店の物ではない。作業着の町長の後ろにこんな議員が控えていたら、秋山は笑いを堪えられるだろうか。
「で、なんでいるんだ、こんなとこに。ここにはよく来るのか?」
改めて咎めるような眼差しを向けられる。
「や、俺も初めてです。三叉路のとこで楓太たちとしゃべってたら、急に気になっちゃって」
「君はともかく、小学生が迂闊に入ったら本当に危ないから、下手なことは言わないでくれよ」
「バッチリ脅かしときました」
秋山が先ほど摘んでおいたクサイチゴを勧めると、遼は、この時期にまだ残っていたのかと頬を緩めながら長い指で一粒口に放り込んだ。
「遼さんこそ、なんでこんなところに?」
「俺も小さい頃は結構ここで遊んでたから、懐かしくて、つい」
「だめじゃないっすか」
遼が声をあげて笑うのを見て、秋山はやっぱり憎めない人だ、と思った。
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