2. あこがれのアーバンライフ
自転車のペダルを漕ぎ出して、秋山はすぐに後悔した。
暑い。
「なんか持ってくればよかった。帽子とかサングラスとか」
晩夏の太陽が秋山の頭頂に降り注ぎ、紫外線がジリジリと髪を焦がしていく。
自宅のある住宅街を抜けると、この辺りはほとんど農地ばかりだ。遮るものが無くなった日差しがますます秋山を照り付ける。坂の勾配も徐々にきつくなり、山へと続く道を進む。
隙間を埋めるようにぽつりぽつりと商店などがあるものの、どれもみな年季が入っている。写真屋の壁には古びた節句の記念写真が並んでいるが、噂には秋山の父の七五三の写真まで残っているとか。
青果店「八百田」の店先では、店主の田代が暇を持て余して船を漕いでいるし、右手に見える棚田の向こうには、青柳製作所の煙突から細く煙がたなびいている。
牧歌的と言えば聞こえが良すぎるが、要するにド田舎だ。
「畜生ッ、俺は受験戦争にッ、勝利してッ、こんな田舎とッ、おさらばしてッ、オレンジデイズみたいなッ、アーバンライフをッ!」
願望を口に出して自分を鼓舞する。ペダルを踏むごとに気合を入れて、立ち漕ぎで斜面を上がっていく。
三叉路までたどり着くと、秋山は一度足を止めた。駄菓子屋の店先にある自動販売機に吸い寄せられたのだ。じゃらりと音を立てて小銭を投入するとペットボトルの水が出てきた。乾いた体が砂漠のように水を吸い込む。
浴びるように飲みながら秋山は来た道を振り返り、目を細めた。山肌には森から流れる水を引いた棚田が幾重にも折り重なっている。収穫期を控えた稲穂はやや垂れ下がり、淡く黄色に色づいている。反対側の斜面には段々畑。濃い緑の果樹から顔を覗かせた食べ頃のフルーツが色を添えている。
田舎は嫌いだが、この景色だけは嫌いではない。
八月も終盤になると、空気が淡く橙色を帯びてくる──と、この時期になるといつも秋山は思う。稲穂の間を駆け抜けた風が、晩夏特有のしっとりとした手応えを孕んで秋山の体をすり抜けていく。夏草の青い匂いがした。
──夏が、終わる。
「あっ、受験生だ」
駄菓子屋に屯していた子供たちに指をさされた。
妹の一味だろうか、何故だか自分を知っているようだ。
格好つけて感傷に浸っていただけに、急に気恥ずかしくなる。子供たちに棒アイスを与えて黙らせた秋山は、溜め息を吐くとまたペダルを漕ぎ出した。




