1. 自由研究のはじまりは
蝉の声で目を開けると、太陽はとっくに真上まで昇っていた。
汗だくのまま寝ていたせいで、喉がカラカラだ。秋山透は気力を振り絞って自室から這い出し、ビーズでできた暖簾をじゃらりと掻き分けて一階の台所へ入った。
両親はとっくに仕事へ出ており、朝食も片づけられている。祖母も趣味の菜園に向かったようで、まだ家にいるのは中学生の妹、陽菜だけだ。
「兄貴、今頃起きたの? 受験生にあるまじき生活態度」
縁側で寝転がっていた陽菜が、DSをいじりながら嫌味を言ってくる。
秋山は返事もせずに冷蔵庫を開けて中を物色した。まずは麦茶を注いで一気に飲み干し、二杯目をゆっくり味わってから、食パンに練乳とイチゴジャムを雑に挟んでかぶりつく。
それにしても、夏も終わりだというのに、なんでこんなに暑いのか。
晴れ渡った空を見上げると強い紫外線が目を焼いた。甘いパンを咀嚼しながらぼんやり空を見上げていると、陽菜が折り畳みの携帯電話をカパリと開けて、何やら高速で入力し始めた。夏休みと同時に買ってもらったばかりの陽菜の宝物だ。
「あたしィ、宿題全部おわったから、あーちゃんたちと虫取り行ってくる」
どうやら友達とメールで約束したらしい。タンクトップとショートパンツから伸びる手足はこんがりと小麦色で、全身で夏を謳歌している様子が伝わってくる。
「そうかい。がきんちょの宿題は簡単で羨ましいよ」
完全なる負け惜しみだ。秋山の宿題たちは、夏も終わりだというのに無垢な白さを保っている。深いため息が出た。
何で受験生にまで自由研究の宿題を出さなければいけないんだ。寸暇を惜しんで英単語を詰め込むべき生徒の時間を奪っている自覚はないのか。秋山は教育委員会に物申す言葉を考えながら、起き抜けで寝ぐせの付いた髪をがしがしと掻き回した。
「しょうがねえ。自由研究、やるかぁ~」
観念して大きく伸びをすると、手近な服に着替えて靴を履く。
「あっ、受験生が逃亡する!」
人聞きの悪い声が追いかけてくるが、かまわず玄関を出た。
晩夏の昼下がり。雲ひとつない空。熱せられた空気がむわりと全身に纏わりついた。
うんざりするほどの田舎だ。
田んぼ。森。畑。その他一面の緑。その森の先に、紺色の屋根の先端が覗いている。地元の民俗資料館だ。高校教師が喜びそうな地域史などのネタがあるかもしれない。
「とりあえず、山の上の資料館まで行ってみますかね」
ひとりごちた秋山は自転車に跨ると、夏の匂いの中に漕ぎ出した。




