16. 悪魔の顎門へ
茂みに隠した自転車にちらりと目をやり、秋山は魔の森に分け入った。
悪魔の口の中はコナラの枝が天井のように頭上を覆い、枝葉が競うように重なり合っている。陽が届かないせいで薄暗く、湿っぽい。生ぬるい風がざわりと揺れる。
水気を含んだ土は柔らかく、ずぬ、とスニーカーが沈んだ。腐葉土が厚く積もっていて滑りやすい。秋山は慎重に歩を進めた。踏みしめるたびに青臭いような湿った臭いが鼻をつく。
ひとまず道らしきものはあった。獣が通ったのか、足元だけはかろうじて草が倒されている。しかし胸より上は容赦なく茂っていて、伸びた笹の葉が秋山の頬をスッと削いだ。鋭い痛みで胸がきゅっと縮んで、手をやると傷口から血が滲んでいた。
「……まさに、魔の森って感じだな」
ひとり呟きながら獣道を進む。
木立を抜ける風の音。遠くで鳴く鳥の囀り。己の爪先で割れたドングリの乾いた音。今聞こえた声は獣か、それとも──。
森の息遣いは確かに聞こえるのに、寂しすぎて耳鳴りがしそうだ。
サー……
幽かに、水音がした。
それを頼りに道なき道を進む。森の暗さは相変わらずで、道はどんどん細くなる。しかし水音は次第に大きくなり、ほのかに甘い匂いが近づいてきた。それを頼りに、湿った茂みをくぐり抜けると……。
ぱっと景色が開け、薄闇に慣れた目に光が飛び込んできた。
森の屋根が途切れ、空が見える。
熟れた実が甘い香りを漂わせ、澄んだ水が沢となって、光を浴びて輝いていた。幅は広くないが水は清く、底の丸石がひとつひとつ見える。
「……やっぱ、自然ってすげぇな」
秋山はぷはっと笑った。
さっきまでの息苦しさが嘘のようだった。




