14. 「ざまあみろ」
平沢写真館を出た秋山は、青柳製作所の煙突に向かってペダルを漕いだ。少し遠いが、煙突から煙が漏れているのが見える。
近くまで来ると、煙に見えていたのは排気ダクトから立ちのぼる白い湯気だった。金属を冷却するためのクーラント液が蒸発したものだろう。
青柳製作所は旋盤加工や溶接を生業とする工場だ。赤茶けたトタンの向こうから、「ギュイイイン……」と金属を削る音がする。
秋山はその音に負けないよう「こんにちはー!」と大声を上げた。
「……はい」
しばらくすると金属音が止まり、奥から作業着の男が顔を出した。
機械油で汚れた作業着からは、ツンと金属のにおいがした。五十絡みで、無造作に乱れた髪には白いものが交じっている。安全ゴーグルを押し上げて現れた目元を青黒い隈が縁取っている。少々くたびれて見えるが、はっとするほど整った顔立ちだ。
「お仕事中にすみません。自由研究で、この町の歴史を調べていて。少しお話を伺えないかと」
秋山は礼儀正しく頭を下げた。町はずれの工場を構える青柳とは、見かけたことはあるがあまり話したことがない。田代や平沢のように気安くはなかった。
「……歴史、ねえ」
青柳は油染みのついた太い指で無精ひげをなぞると、工場の奥に向かって顎をしゃくった。
「まあ、いいけどよ。ちょうど休憩にするところだった」
青柳に続いて赤茶けたトタンをくぐる。高いところに小さめの窓が並んでいるが、差し込む光は少なく少し暗い。大型のロールのような機械が並んでいるが、何に使うのか見当もつかない。
「ご安全に!」と書かれた札の下にいくつかのヘルメットが転がっているが、他の職人は今はいないようで、青柳が手を止めた今、とても静かだ。
「で、何が聞きたい」
パイプ椅子に散った鉄粉を手で払いのけながら座ると、青柳は薬缶から麦茶を注いで押し付けてきた。有難くいただく。麦茶の冷たさが、口の中に残っていた桃の甘さを洗い流していった。
「工場、長いんですか」
「そうだな。俺が二代目だ」
機械が止まったせいか、蝉の声がここまで染み込んできた。温まった機械の熱気で汗が噴き出す。秋山は光を受けてキラキラと漂う鉄粉を追って視線を泳がせた。悪い人ではないが、寡黙過ぎてどうにも話が弾まない。
「亡くなった町長さんのこと、とか……」
青柳は、組んだ指に顎を載せると俯いた。一瞬だけ見えた眼光は火花のように熱かった。
「ざまぁみろ、だな」
吐き捨てた。
「子供に言う話じゃねえけどよ。死んで清々した」
「なにか……あったんですか」
ギラギラした憤怒をぶつけられて、秋山は思わず背筋を伸ばした。
「最初は、この場所にマンションを建てたいって言ってきた。纏まった金も入るし、悪い話じゃねえだろうって、上から目線でよ。どっかの偉い人を連れてきたよ。先代──俺の親父は当然断った。すると」
燃える目をしたまま、青柳は鼻で笑った。
「なぜか、決まってた受注が反故になった。理由をきいても、ただ謝られるだけだった。持ち回りだった入札も通らなくなった。そのうち銀行が貸し渋るようになって──返済を迫ってきた」
目の前の秋山が見えなくなったかのように捲し立てている。
「奴が先に死ななきゃ、こっちが一家で首を括ってた。功労者? 町の発展? ふざけんな。あれは悪魔だ」
秋山は一言も発せなかった。ごくりと喉が鳴る。
「奴は死んだが、嫁は逃げたし、従業員もやめてもらう他なかった。朝倉さんが親身になって駆け回ってくれなければ、とっくにここを畳んでた。朝倉さんには返しきれねぇ恩があるんだ」
そこまで言うと、青柳はふらりと立ち上がって旋盤の電源を入れた。話は終わりということらしい。秋山は礼もそこそこに工場を飛び出した。
『あんまり、深ェとこまで首突っ込むなよ』田代の声がこだまする。
踏み込んではいけない沼に、足を踏み入れた気がした。




