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自由研究の終わり方  作者: さいべり屋


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14/30

13. 平沢写真館

+今日は夜にもう一話投稿する予定です+

 桃を抱えたまま、坂を少し下って平沢写真館へ向かった。

 外観は昭和の終わり頃に建てたまま時間が止まったような佇まいだ。白い外壁は日差しに焼けてくすみ、入り口のガラスには『証明写真 即日仕上げ』の貼り紙が色褪せて残っている。


 木製の引き戸をガラリと開けると、乾いた鈴の音が店内に響いた。

 内部は思ったより薄暗い。記念写真を扱っていたころの名残であろう、天井にはスポットライトが何本かあり、光が細い柱のように降り注いでいる。

 店の奥には暗室へ続くと思われる扉があり、漂う薬品の匂いが懐かしい。


「……おや、誰かと思えば秋山の坊じゃないか」

 住居と繋がる扉から顔を出したのは、平沢だった。

 こげ茶のベストと同じ生地のごわついたズボン。生成色のシャツの襟元には、ターコイズのループタイ。腰には年季の入った露出計がぶら下がっている。


「田代のおじさんから桃貰ったんで……。一緒に食えって」

 Tシャツから桃を出してみせると、平沢は少し嫌そうに顔を歪めた。

「……桃か。あの皮は、意外と剥くのが面倒なんだよな」

「あ、皮薄いからそのまま齧れって言ってました」

 予想通りの反応に、田代からの伝言を繰り返す。

「そうかい。じゃあ、皿ぐらいは出そうかね」


 平沢は少し足を引き摺りながら奥の住居スペースへ消えていった。

 二年ほど前に夫人を亡くして、今はやもめ暮らしだと聞いている。もともと細身だった身体がさらに薄くなり、タックの入ったズボンの中で泳いでいる。

 秋山は「野菜もちゃんと食え」という田代の言葉を思い出した。


「あと、昔の写真とか見たいです。夏休みの自由研究で」

「それならこっちへ来るといい。売り物を汁で汚してもいけないしね」

 誘われて衝立の裏へ回ると、秋山は息を呑んだ。


 一張羅を着た節句の写真。

 小学校の運動会。

 白無垢を着た花嫁。

 法被を着た男衆の酒盛りの写真。


 色褪せたものから新しいものまで、バックヤードの壁一面がこの町の歴史で埋まっていた。

「坊のお父さんは、これだな」

 皺皺だが職人らしい長い指先で示したのは、餅を背負った赤ん坊の写真だ。全ての写真を覚えているのだろうか。差し出された白い皿を受け取りながら、秋山は舌を巻く。


 椅子に座って写真を眺めながら、二人並んで桃を齧る。

 香りのわりに少し硬質な桃は産毛がきちんと拭き取ってあるのか、皮ごと口に入れても刺さらない。

 もしかしたら、初めから平沢に渡すために用意してあったのかもしれない。豪放に見える男の、意外と細やかな心遣いを感じた。


 歯を立てると瑞々しい果汁が飛び出して、秋山は口元を手で押さえた。平沢は気にする風もなく飲み下していく。痩せた首筋の皺を伝って果汁がループタイを濡らした。

コペンハーゲンのお城みたいな色だ、と秋山は思った。


「あ……この式典の写真、山の上の資料館にもありました」

 秋山の視線が留まった先には、華やかなパーティの写真があった。

 確か、町制三十周年記念式典。七堂十藏が死んだ日の写真だ。


 とはいえ全く同じではなく、あちらは式典の写真だったのに対し、こちらにあるのは式典前後のオフショットのようだ。

 あちらには鹿爪らしい顔で映っていた面々の、若干ラフな写真の数々がそこにある。年末の催しのせいか、厳かな洋館を紅白の正月飾りが場違いに色を添えている。

 こちらの写真はパネルとは別のカメラで撮られたのか、右下にオレンジ色の四角い字体で撮影日時が印字されていた。


「そうだろうとも。私が撮ったんだから」

 頷く平沢の声に誇りが滲む。秋山は食べ終わった桃の皿を椅子に置いて、写真に近づき顔を寄せた。

「あ、やっぱりこれ、遼さんだ。へぇ~、ハハっ、若い。」

 写真の中の遼の姿は、先日祭りで見たような逞しさはなく、華奢な輪郭はまだ少年の面影を残している。新米らしく準備に奔走する遼。件の建設大臣に挨拶している遼。式典後のパーティに出席する遼。細めの銀縁眼鏡をかけ、秋山でも知っている有名な演歌歌手と並んだ遼の顔は緊張で引き攣っている。

「確か、七堂さんが感染症で欠席を余儀なくされて、急遽名代として引っ張り出されたんだったか。傍目で見ても泡ァ食ってたよ」

「ああ、それで、この顔──」

 慌てて出してきたのだろうか、礼服も心なしかくたびれて見える。


「朝倉の坊は、可哀想な子だったよ。両親を亡くして七堂に引き取られて。それでもめげずに、七堂の後を継いでこの町を良くしようと頑張ってた」

「えっ、養子ってそういうことだったんだ」

 秋山は驚いてぱっと平沢に向き直った。七堂が義父であるのは昨日聞いたばかりだが、若くして二度も親を喪うとは。それにしても、格好いい大人の代名詞のような遼まで未だに坊と呼ばれていると思うと、なんだか可笑しい。


「あんまり言ってやるなよ。あの子にとっても、思い出したくもない過去だろうから」

 平沢に釘を刺され、秋山は素直に頷いた。

「そういえば田代のおじさんが店に来いって言ってました。そのまま食べれるのを見繕ってやるから、野菜食えって」


「正男は昔からそういうところあるんだよ。顔のわりにおせっかいでさ」

 口をへの字に曲げた顔が、意外なほど田代に重なった。


+今日は夜にもう一話投稿する予定です+

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