12. 元町長・田代正男烈伝
七堂記念民俗資料館から戻った日の午後、秋山は思い切って「聞き込み調査」に乗り出すことにした。
町のことならまずは八百田の田代だ。子どもの頃から何かと世話になっている、あの口の悪いおじいさんである。
八百田は山の中腹、やや住宅街寄りの場所にある。
なぜ街中ではなくこんなところに店を構えているのか。それは田代が他所から仕入れるだけでなく自分でも畑を拵え、それをそのまま売っているからだ。
店先のビニールシートは日焼けして色褪せ、手書きの値札はどれも少し曲がっている。しかし、正真正銘朝採れの野菜たちは輝くばかりに艶やかだ。
「お、トモちゃんとこの坊主じゃねえか。おつかいか? 今日はな、キュウリ持ってけ」
誰もいない店内をキョロキョロと見まわしていると、後ろから白いランニングシャツの老人がぬっと入ってきた。今まで農作業をしていたのか、首にかけたタオルで禿頭の汗を拭っている。
ちゃんと受験勉強してるのか、トモちゃんが心配してたぞ、と秋山の頭を乱暴に撫でまわす。豪放で面倒見のいい人ではあるが、自分の親をちゃん付けで呼ばれるのは、なんだか落ち着かない。
「昨日、山の上の資料館に行ったら写真飾ってあったんですけど。おじさん、町長だったんですか?」
尋ねると、田代は口をへの字に曲げて、黄色い瓶ビールのケースにどかりと腰を下ろした。
「ちぃっとだけな。当時の町長が急に死んだもんで、頼まれて断れなくてよォ……まぁ、色々あったんだわ」
調査開始早々、これはアタリのようだ。秋山は勢い込んだ。
「あっ、そういうの、思い出話とか欲しいです! 自由研究で町の歴史とか調べてるけど、手こずってて」
「そう言われてもなァ……ああ、町長だからスーツ着ろって言われてさあ。慌てて買いに行ったけんど、入る服がなくてよ」
田代は黒々と日焼けした丸太のような二の腕を叩いた。
「しょうがないから作業着で行ったよ。そしたらなんぞ偉ェ人、建設大臣? がいて目ェ回しとった」
なんだろう。七堂十藏の歴史をまとめるより、この人の話をまとめたほうが面白いかもしれない。秋山はこみ上げる笑いをかみ殺した。
「その、亡くなった町長さんって、どんな方だったんですか」
重ねて尋ねると、田代のへの字がさらに深くなった。
「そうだなァ……すげェ人だったのは、間違いないよ。さっきの、大臣とか。そういう知り合いもおったで。新しいもん作ったりして、町も賑やかになった。自分もあんなすげェ家建ててよォ……でも」
ふと言葉を切って、店先に目をやった。
「泣いてる人も、おったよ」
田代は暖簾の隙間から入り込んだオニヤンマを目で追っていた。それはくるりと店内を旋回し、トマトの上にちょんと留まった。
「なんか、テラスから落ちて亡くなったって聞きました。……事故、だったんですかね?」
言い募ると、大きな目玉がぎょろりとこちらを向いた。オニヤンマになった気分だ。
「坊主……あんまり、深ェとこまで首突っ込むなよ」
ぞくりと背筋が冷えた。絞り出すような低い声。いつもおおらかな田代がこんな声を出すのを初めて聞いた。
「儂ァあんまし賢くねェけんど……まぁ、難しいことは大人に任しとけ。子供は自分のやることやって、前だけ見てろ」
田代はニカッと笑って、秋山の背中をバシンと叩いた。その勢いに、秋山はくぐもった悲鳴をあげた。
「坊主、もう帰んのか? スイカ持ってくか?」
「いえ、次は平沢写真館に行こうかと」
断ると、田代は頷いて保冷庫を開けた。
「じゃあ、スイカは駄目だな。あいつはやもめになってから面倒臭がって梨も剥きゃしない」
そう言って田代が取り出したのは、丸々太った白桃だった。思わず受け取った。両手にひとつずつ置かれた桃が、ずしりと重い。甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「皮が薄くてそのまま齧れるからよ、ふたりで食え。あとよ、平沢に野菜もちゃんと食えって言っといてくれ。うちに来ればそのまま食えるやつ見繕ってやっから」
そのまま店の外へと送り出される。
「え、あの、お会計」
「ばか言え、ガキから金なんか取れっかよ。子供はいっぱい食って育つのが仕事だ」
また背中を叩かれそうになって、秋山は慌てて八百田を辞した。桃の冷たさが、手のひらにじんわりと染みていった。
秋山は着ていたTシャツの裾を捲り上げると、ふたつの桃をそっと入れた。
自転車の籠に置いたら傷んでしまいそうだ。甘い香りが布越しに立ちのぼる。
片手で自転車を押しながら桃を抱えて歩いていると、陽菜とその一味に見つかって「あっ、へそ出しだ!」と後ろ指をさされた。




