9. すれちがわない通信
翌朝、秋山は早くから起きて家族と朝食を摂った。
少しでも涼しいうちに資料館まで移動しようという寸法だ。
祖母に七堂記念民俗資料館で聞いた話を振ると、「サブちゃんと握手したんだよ!」と熱く語られた。
この田舎町で有名人に出会う確率は奇跡に等しい。百年先まで語り継ぐ勢いだ。
「昨日DSずっと持ってたのに、すれ違い通信がいっこも届かなかった!」
陽菜は朝から元気過ぎだ。うんざりするほどしょうもない。甲高い大声が睡眠不足の頭に響く。
「陽菜。昨日は誰と会った」
トーストを齧りながら確認する。母がいる時間に起きたおかげで、バターの塗られたパンはサクサクで、目玉焼きにベーコンまで付いている。うまい。
「えっ? あーちゃんたちとぉ、ヤオデンさんと、ポメ!」
「そもそもすれ違ってねーじゃねーかよ。八百田のジジイがDS持って歩いてると思うか? ポメがDS咥えてるか? そういうのはな、都会だけの特権なの」
見知らぬ人間と何かを交換できる機能がゲーム機にあるらしいが、陽菜は友達以外と成功した試しがない。秋山は愚かな妹に田舎の道理を説いてやった。
「田舎つかえねー!」と絶望している陽菜を尻目に外出の準備をしていると、玄関で陽菜からDSを押し付けられた。
誰かと会ったらすれ違い通信してきてよ、と言う陽菜に俺はまた田舎の残酷な真実を教えてやった。
「俺は今日、山の上の資料館に行くの。蝉としかすれ違わねーのよ」
おそらく佐伯さんもDSは持っていないだろう。




