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銀雪の仔狐は、追放された聖女を愛しすぎている。~呪われた辺境伯様の隣で、二度目の人生は自由にもふもふさせていただきます~  作者: 山口遊子


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第5話 雪上の正座と、凍てつく断罪の宣告


 荒れ狂っていた魔王の情念が、仔狐たちが放つ銀色の光の波動によって完全に浄化され、一粒の小さな煤となってエラの足元に転がった。


 先ほどまで世界を呑み込もうとしていた絶望の闇は、嘘のように掻き消えている。あとに残されたのは、仔狐たちが浄化した魔力が結晶化し、ダイヤモンドダストとなってきらきらと舞い落ちる、静寂に包まれた白銀の庭園だった。


 エラがふぅと小さく息を吐くと、役目を終えた仔狐たちが、我先にと彼女の元へ駆け寄ってきた。膝に飛びつき、腕に抱きつき、中には彼女の首元に「もふもふの襟巻き」のように絡みつく子もいる。


 その温かな重みに、エラの唇から自然と柔らかな微笑みがこぼれた。

 だが、その穏やかな空気とは対照的に、庭園の入り口付近では、泥と汗にまみれたジュリアン王子とセリナが、信じられないものを見たという顔で雪の上にへたり込んでいた。


「あ、ありえない……。古の魔王が、あんな、あんな小動物の群れに……」


 ジュリアンが、ガタガタと歯の根を鳴らしながら呻く。


「お姉様、何をしたの……! あんなのずるいわ! 私にはそんな派手な魔法、誰も教えてくれなかった! ずるいずるいずるい、やっぱりお姉様だけ卑怯だわ!」


 セリナの言葉が終わるより早く、エラの隣に立つケイル辺境伯が、音もなく一歩前へと歩み出た。


 彼の周囲の気温が、一瞬で氷点下へと叩き落とされる。それは物理的な冷気ではなく、彼が放つ峻烈な魔力圧によるものだった。

「氷の魔王」と恐れられる辺境の主としての、真の威圧。ジュリアンとセリナは、その重圧に押し潰されるようにして地面に這いつくばった。


「……無礼者共。我が愛する妻を『道具』のように呼び、その清らかな力に泥を塗るような言葉、万死に値するぞ」


 ケイルの低く冷徹な声が、凍てついた空気を震わせる。


「辺境伯……! 控えよ、私はこの国の第一王子、次期国王だぞ! その女を連れ戻すのは王命なのだ、無礼な真似をすれば反逆罪で――」


「国王? 自らの無能と傲慢ゆえに守護の巫女を追い出し、国を滅ぼしかけた大罪人が、どの口でそれを言うのか」


 ケイルは腰の剣の鞘を、カツンと大理石のように硬くなった雪の地面に叩きつけた。その衝撃だけで、周囲の雪が爆発するように舞い上がる。


「王都の騎士団や王城の連中には、礼儀作法というものが欠けているようだな。……まずはその冷たく硬い雪の上で、正座して反省してもらおうか」


 有無を言わせぬ圧力が二人を蹂躙した。


 ズサリ、と重い音がして、ジュリアンとセリナは強制的に雪の上で正座の姿勢に固定された。膝の皿に直接氷の刃が食い込むような激痛と、足の指先から脳天までを突き抜けるような極寒の感覚。


「ひっ、ひぃい……! 痛い、痛いわぁ! お姉様、助けて、私、こんなの耐えられない! ずるい、お姉様だけそんな温かい毛皮を着て、素敵な旦那様に守られて……! 今すぐその服を私に寄こしなさいよ!」


 セリナは激痛に顔を歪めながらも、未だに醜い嫉妬の言葉を吐き続ける。そんな妹を、エラはケイルの腕に守られながら、冷ややかな、だがどこか慈悲を孕んだ瞳で見下ろした。


「セリナ。あなたが『ずるい』と言って奪った私の席が、どのような場所だったか……今の王都を見れば、少しは理解できたのではありませんか?」


 エラはゆっくりと、正座で震える二人の前まで歩み寄った。仔狐たちが彼女を守るように周囲を取り囲む。


「あそこは、一日中魔王のどす黒い愚痴を聞き続け、全身の魔力を搾り取られる、地獄のような拷問台だったのですよ。私は毎日、指先が壊死するような痛みに耐えながら、あなたや殿下が贅沢な暮らしをするための基盤を一人で支えていたのです。それを『優雅に座っているだけ』と言ったのは、あなたたちですわ」


「そ、それは……! 分かった、悪かった! 謝るから、早くこの結界を解いてくれ、エラ!」  


 ジュリアンが鼻水を垂らしながら、雪に額を擦り付けるようにして叫ぶ。


「謝罪など、今さら価値もありませんわ。殿下、あなたが『二度と王都に頼るな』と仰ったのでしょう? 私はその言葉通り、あなたたちに頼ることも、頼られることも、終わりにいたしました」


 エラは、ケイルが差し出した温かな手を取った。その手のひらの熱が、かつて王都で凍え切っていた彼女の心を、優しく溶かしていく。


「後悔したってもう遅いんです。 私が注いでいた魔力も、愛も、忍耐も……すべて、あの日、あの舞踏会に捨ててまいりました。今の私には、ここが、そしてケイル様とこの仔狐たちがいる場所こそが、唯一の居場所なのですから」


 絶望に染まるジュリアンと、未だに「ずるい」と喚き散らすセリナ。エラは二人に背を向け、一度も振り返ることなく、光り輝く自邸へと歩み始めた。


 背後からは、正座の痛みに耐えかねた二人の無様な悲鳴と、彼らを監視する辺境騎士たちの冷酷な罵声が、凍てついた夜の森へと虚しく消えていった。



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