第一編 第七章 その2 第二の殺人
僕は斧を置いて、亡骸に踏み寄った。婆さんのポケットを漁り、鍵を抜き取った。
血で汚れないように慎重に。慎重に。僕はもう正気と言っても過言ではないはず。
僕はそれを片手に寝室へとダッシュした。僕の両手はビクビク震えたままだった。
そこは金持ちのくせにやたらと小さな部屋だった。
聖像の箱。小綺麗な掛け布団。箪笥。
恐ろしいかな。鍵を箪笥に突き刺してジャラジャラ鳴った途端、悪寒が前進を駆け巡った。まるでムカデみたいだ。
一瞬たじろいだ僕は、全てを溝に投げ捨ててしまいたくなった。
でもそれは、たった一瞬のことで、僕はそれを諦めた。
もう引き返せない。
僕はついふと笑みをさえ零してしまった。またまた突飛のない発作が起こってしまった。
仮に婆さんがまだ生きていたとしたら、という懸念だ。
鍵と箪笥を放り出し、僕は婆さんの残骸へと走った。斧を携えて。
僕は婆さんに斧を振りかぶろうとしたが、すぐに辞めた。
もうとっくに死んでる。
やはり確かめてみると、頭蓋骨はバラバラで、ちっとばかしひん曲がってる。
指でツンとしようとするけど、すぐ引っ込めた。
そんな間に血溜りはもはや水溜りになっちまっていた。
急に気がついた。婆さんの首に紐がかかっていることに。
引っ張ってみるものの、全然千切れない。その上、紐を返り血で汚してしまった。
懐からそいつを引きずり出そうとするが、何かが突っかかって抜き取れない。
手汗でいっぱいの僕は、斧で叩き切ってやりたかったが、あえてしなかった。
苦戦すること2分。無理やり紐を引きちぎった。
間違いない。それは財布だった。
財布は中身がパンッパンッに詰まってて、中身を確認する頭すら回らずにポケットに突っ込んだ。
紐にくくりつけられてた十字架は婆さんに返してやった。
今度は斧も忘れずにひっつかんで、寝室へと突入した。
僕は焦りに焦りまくっていた。箪笥とまたもや格闘することになった。
だがしかし、手の震えはもうおさまっていて、今はケアレスミスのオンパレードである。
鍵穴にうまく入らない。サイズが合わない別の鍵を無鉄砲に突っ込んだりしたせいだ。
僕は思った。これは違う鍵だ、と。
僕はすぐに箪笥に匙を投げ、速攻でベッドの下へと這いつくばった。こいつら成り金はだいたいベッドの下に隠しているものだろう。
予想通り。赤いモロッコ革に覆われ、剛鉄の鋲が一面に打ち付けられた大きな箱を発見した。
やはり鍵が合い、封印は解かれた。
中にはうさぎの毛皮のコートだの絹のドレスだのショールだの、辺鄙なボロ切れだの。
僕は何よりも先に、赤い絹の生地で返り血で汚された両手を拭い始めた。
「赤だよ、赤。赤なら血だろうと判りやぁしないさ…………ぬ、はあ?俺は決して正気じゃあない。白痴にでもなっちまったのか?」
僕がボロ布を払い除けたら、金の時計が滑り落ちてきた。
しめた、と思い、全てをめちゃくちゃにひっくり返してやった。
ガラクタの山の中には多少のお宝がごちゃまぜになっていた。
ケースに大層大事そうに保管されてるものや、さっき僕がやったみたいに新聞紙に包まれてるだけのものもあった。
さすが婆さんのケチ臭いことや。
全部だ全部。全部突っ込んじまえ。ズボンやコートのぽけっとにありったけをぶち込んだ。
唐突に聞こえてきたのは足音だった。
僕は息を潜めた。まるで婆さんの死体のように。
……もう音はしない…………よかった気のせいだったんだ!
…………はかない叫び声がした………………
途切れ途切れで断片的ながら、低く重たく黙り込んだような唸り声。
再び、静寂の時が訪れた。
1分、いや2分後だ。僕は跳ね起き、斧を手に取り、寝室へと飛び出していった。
部屋の中央にリザヴェータ、婆さんの妹が立っていた。大きな包みを両手に抱きかかえたまま。
彼女はただ殺された姉を眺めていた。頭が真っ白に漂白されたみたく、叫ぶ気力すら奪われてしまったのだ。
彼女は僕を見るなり、木の葉が揺れて木漏れ日が差し込むように、顔を歪めた。
手を少し上げて、口を開くも、声なき声は声にはならなかった。
後退りしつつも、僕を焦点の先っぽに突き刺すように凝視した。
彼女の肺には叫ぶだけの酸素が足りちゃいなかった。
僕は斧を片手に飛びかかった。
彼女の唇はひどく歪んだ。親に泣くなと脅されて、泣くのを必死に堪える一人の子供だった。
彼女は愚かしいほどにお人好しで、姉に虐げられて。今まで死ぬ気で生きてきたんだ。
そんなんだから怯えるだけ怯えて、僕に手を上げなかったのだと思う。
彼女の上には一本の斧が振り上げられている。
それなのに、彼女は手をあげることすらしなかった。
それが最も人間的な所作なのに。
彼女は、空の左手を僕の方へと突き出した。
僕を遮るつもりだったのだろうか。
今となってはもうわかりはしない。
なぜなら、おでこの上の方は僕にかち割られてしまったのだから。
彼女は倒れた。
僕はわけもわからないまま、彼女の包みを剥ぎ取り、ひたすら走った。




