俺に伝わればええやん
「あー!もっちゅんがなくなっとる!」
「え?もっちゅんが?」
大事に名前をつけて育てていたミニトマト。
思わず水やりの手を止めもっちゅんの元へ駆け寄る。
伸ばした指先が固まった。
「もっちゅん…引きちぎられてる…!!」
それはもう無惨に、茎ごと乱雑にちぎられていた。
誰がこんなことを…。
「おい、ナスも無くなってんぞ」
そう言われると同時に次はナスの方へ駆け寄る。
もっちゅんほどじゃないけど、昨日確認していた個数より少ない。
野菜泥棒だ…!
特にミニトマトのもっちゅんはとても大切に育てていた。
収穫したらサラダに混ぜて美味しく食べようねなんて話をしながら、水を上げすぎないように丹精込めて育てていたのだ。
もっちゅんの残りの葉っぱが悲しそうに擦れる。
元気くんは悲しさのあまり畑に頭を突っ込んでいる。
さっき肥料まいたばっかりなのに。
元気くんのためにも、もっちゅんの仇を取らなくちゃ。
「も、もっちゅんの仇を取りたいんです…けど…」
「うちのミニトマトとナスが誰かにやられてな。誰か目撃情報とかねぇか?」
もじもじと床を見つめる。
元気くんの方をちらりと見るとアホな顔をしながら空を見ている。
「ツヤツヤでツルツルなミニトマトなんですけど!誰か見てませんか!!」
芽衣を盾にしら視線をフラフラとさせながら芯のない声で教室のみんなに問いかける。
ひそひそと仲のいい人たち同士で話し始めるが、これといった答えは見つかっていないみたい。
「みんなもわかると思うけど、お互いの畑に行くのは基本的に禁止ね」
扉にもたれかかっていた先生が伸びをしながら教室全体に届く声で注意を呼びかける。
「ポイント節約のために畑借りてるっていう目的もあるからね。誰かに取られたら嫌でしょ」
ざわざわとしていた教室がしんと静まり返る。
足をパタパタとさせている人、興味無さそうに黒板を見つめている人。
ちゃんと見ると人って色んな動きしてるなぁ。
「つむぎ、犯人いても出てこねぇだろうし、席戻るぞ」
「う、うん」
それを合図にそれぞれ教壇から足を降ろした。
「もっちゅん…もっちゅん…」
元気くんが呪文のように何度も同じ名前を唱えている。
犯人が名乗り出てくることはまずないよね。
そもそも、車校とは関係のない幽霊の仕業かもしれない。
「芽衣、私、作りたいものがあるんだけど」
「も、もっちゅん劇場のはじまりはじまりー!」
お昼の時間を全て紙芝居を描く時間に変えた。
絵心はないけど心を込めて描いた絵をもう一度見直す。
先生に頼んで講義の時間を少しだけ貰った。
快く承諾してくれた。
けど…
人前が恥ずかしい。
紙を持つ手が震える。
でも、元気くんに喜んでもらいたいから。
「苗から育ったもっちゅんは、水を上げすぎながらもすくすくと育っていきました」
元気くんの方をちらりとみる。
目を丸くしながら口を少し開けてる。
ゆっくりと紙をめくる。
「最初は小さかった苗も茎ができ、葉が生え立派に育っていきました」
みんなの視線が痛い。
急に紙芝居なんて意味わかんないよね。
「だ、だんだんと、黄色の花をつけ始め、少し枯れそうな時もあったけど」
ぐうー。
ほんの少しの静かな合間に、お腹が鳴ってしまった。
咄嗟にお腹を抑える。
両手で掴んでいた紙は、ぱらぱらと教卓から床に落ちてしまった。
くすくすくす。
顔を真っ赤にしながら落ちた紙をかき集める。
「何の時間?」とか「恥だよねぇー」とか。
薄い紙がくしゃりと音を立てる。
目頭が熱くなる。
どうして私っていつもこうなんだろう。
元気づけたくて、元気くんが笑ってくれると思って始めたことなのに。
笑ってるのはよく知らない人たちで。
その時、大きい音が教室に響いた。
さっきまでの声の塊がうそのように消えた。
音のなった方をみると、芽衣の机が斜めに歪んでいた。
「人の努力笑うんじゃねーよ」
腕を組みながら、しっかりと私の方を見ながら堂々とした声で話す。
…そうだよ、私がんばったよ。
ぎゅっと唇を強く結び直し、教卓の前に再び立つ。
えっと、次の紙は…
「だんだんと、実がなりツヤツヤでつるつるな立派なミニトマトができました」
瞳に溜まった涙を腕で拭う。
「元気くんは毎日声をかけ続けました。『もっちゅん、今日も可愛ええな』『もっちゅん、今日も立派やな』。
その期待に答えるよう、もっちゅんもすくすくと赤く色づいていきました」
はぁと小さく息を吐き、再びゆっくり吸い込む。
「元気くんが作った大事なミニトマト、盗んだ人いませんか?いたら、返してください。お願いします」
深く、深くお辞儀をする。
出てこなくてもいい、自分がした事の悪さを知って欲しい。
この紙芝居で、元気くんが少しでも笑ってくれたらそれでいい。
「貴重な時間貰ってすみませんでした」
席に帰る途中、ちらりと元気くんの方を見つめる。
あれ?虚無顔?
思ってた反応と違う…。
もう少し笑ってくれると思ってたんだけど。
紙芝居が終わって講義が始まって、休憩時間になっても名乗り出る人はいなかった。
やっぱり車校の生徒に犯人はいないみたい。
元気くんも紙芝居の後から一点をずっと見つめてるし。
講義が全部終わって、リュックサックにいそいそとノートや筆箱をしまう。
なんだか………。
紙芝居を手に持ち、ゴミ箱へずかずかと進む。
こんなのっ骨折り損だったよ!!!
「あかん!!!」
ビリッと音が鳴った瞬間、誰かが私の腕を掴んだ。
嗅いだことのある匂い。
元気くんだ。
「なんで破くねん!」
必死の形相で怒りを彷彿とさせるような顔を見せた。
びくりと肩を震わせる。
「だ、だって!元気くん笑ってないもん!」
「は?」
さっき溜めていた涙を頬に伝わせる。
「笑って欲しくて描いたのに、変な顔してるんだもん!また変なことしてるなって呆れてたんでしょ!」
「ちゃうちゃうちゃうちゃう!!!」
私から紙芝居を奪い取り、胸に抱え込む。
「泣きそうやったから我慢しとったんや!」
「泣くとこない!」
「頑張ってくれとる姿がいじらしくて可愛ええって思ったんや!悪いか!」
思わず後ろに後ずさる。
「みんな笑ってた!」
「俺に伝わればええやん!」
それはそうだ。
だって元気くんのために描いたのだから。
「せやから、この絵は俺が貰う」
「…急いで描いたからぐしゃぐしゃ」
「味あってええやん」
深く息を吐き出し、正面から私に向き合う。
「嬉しいで。家やったら泣いて喜んどる」
溢れていた涙がより大粒になる。
「ほら、腹減ってんだろ。購買のパン」
そう言うと私の手にぽんとメロンパンを渡した。
「ありがとう」
次の日の朝、畑に行くとビニール袋が日陰においてあった。
「人間のものかな?」
でも、どこか見覚えのある野菜たちだった。
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