腕を引っ張ってくれへんかったから
「元気く」
「すまん、あっちで呼ばれとるからまた後でな」
「なっ!?」
「元気くんモテモテだよ」
「元気はモテるぞ。同性からもな」
食堂のオムライスをもぐもぐと食べながら元気くんを眺める。
「明るいし、一緒にいて楽しいし、優しいし。いい所いっぱいだよ」
そんなこと私の方が知ってるし。
元気くんの周りは自然と笑顔が溢れるような空間になるみたい。
ここ数日車校に通っててわかった。
「いつもみたいに元気のとこ行かねぇの?」
そう、いつもなら元気くんを取り戻しに腕を引っ張りに行くのだけれど。
「芽衣がひとりになっちゃうでしょ」
ケチャップがすっぱい。
「気にすんなよ」
「芽衣の事も大好きだもん」
ケチャップの酸っぱさがじわじわと口の中に広がり、それを水で流し込む。
「芽衣の素敵なところ100個言っていい?」
「長いから1個」
「ツンデレ」
そう言った瞬間に、机の下にある足を強く踏まれた。
「なんやつむぎ、今日腕引っ張りに来んかったやん」
「芽衣と遊んでた」
「飯食ってただけだよ」
足がヒリヒリと痛い。
すると元気くんが目を合わせ顔を近づけてきた。
「な、なに?」
「今日何食うた?」
「オムライス」
たじたじになりながらも答えた。
「元気くんは何食べたの?」
「スタミナ定食や。つむぎはオムライスばっかやな」
「好きだからだよ」
「ほーん…」
そう言い残すと机に突っ伏してしまった。
指をパタパタとさせ、どこか落ち着きがない。
「元気くん、具合悪い?」
「悪ない」
「元気、言いたいこと言った方がいいんじゃねぇの?」
「言いたいことも別にない」
アホな私でもわかる。
不穏ってやつだ。
「め、芽衣。そっとしといた方がいいんじゃないかな?」
そう告げたあと、芽衣は背もたれにふうともたれかかった。
「少しはつむぎを見習え」
「おーい、誰か元気起こしてくれる?」
「元気くん!先生が起きろって言ってる!」
ゆさゆさと体を揺らしても起きない。
やっぱり具合悪いんじゃ…。
顔がさあっと青くなる。
「なに?具合でも悪い感じ?」
「すっごく具合悪そうです!休憩室連れていきます!」
「あーめっちゃ授業聞きたいわー」
瞬きが止まらない。
さっきまで突っ伏していたのが嘘みたいに黒板を見つめている。
「ならいいんだけど」
そう言い残すと再び先生は黒板に向き合った。
「げ、元気くん本当にだい」
「平気や。なんともない」
全てを言い切る前に言葉を遮られてしまった。
これは、もしかして私何かやらかした?
怒らせた?
今度は私が机に突っ伏した。
「元気くん、私が何かしたなら謝るよ。だからこっち見てよ」
「あ、呼ばれとるからちょっと行ってくるわ」
何度声をかけても同じ返答が帰ってくる。
もう涙目だ。
「ま、待って元気くん。お話終わってから行ってよ」
腕をぐいっと引っ張り邪魔をしようとするが、なんとなく、これじゃいつもと同じだと思った。
私が元気くんの交友関係邪魔しちゃう。
伸ばした腕は届かず引っ込めた腕はどこか重かった。
「つむぎ、お前悪くないぞ」
「芽衣、元気くんは怒ってるの?」
「………」
沈黙は肯定。
身に覚えがない。
考えても考えても何をしたのかよくわからない。
「……もういい!早退する!」
「は!?」
ずかずかと先生の元へ歩み寄る。
「心が荒んでるので帰ってもいいですか!?」
「うん、いいけど、ちゃんと明日来てね」
頭をぐしゃぐしゃと撫で回された。
高身長め。
腕をぺいっと払い除けた。
自室のベッドで枕に顔を埋める。
本当になぜこうなったのかわからない。
今日いつもと違うことあったっけ?
髪型だって一緒だし、身長だって変わってないし。多分。
元気くんとお話できないの辛い…。
でもどうしたらいいか分からなくて、ふたりが帰ってくるまでしくしく泣き明かした。
「つむぎ、ちょっとええ?」
こんこんという扉をノックする音に眠っていた頭が起こされた。
「や!やだ!元気くん私の事嫌いになったんでしょ!」
枕をぎゅうと抱きしめベッドの隅に身を隠すように体丸める。
「悪いことしたなら謝るけどわかんないもん!何が悪いのかわかんないもん!」
泣きながら、震えながら声を絞り出す。
人に見せられる顔じゃないんだろうなと自分が嫌になる。
「嫌いならもうどっか行くからちゃんと言ってよ!」
ふと、先日の先生との会話を思い出す。
「せ、先生一人暮らしって言ってたし!そこに引っ越しちゃうもん!芽衣も一緒に!」
「ちょ、待てや!話が大きくなりすぎ…、いや、俺が悪いな」
悪い?
元気くんなにもしてないのに。
思いもよらない返答に体がかたまる。
「元気くん悪くないよ…。」
「直接話したいから中はいってええ?」
このボロボロな顔は晒したくない…!
「やだ!」
………
「そんなに嫌ならもう話さんくてええな!」
あたりがしんと静まり返る。
「わかった」
インテリアなんてほとんどない無機質な部屋で、小さな声が響いた。
何も考えたくない。
窓から差し込む朝日が酷く眩しい。
いつもなら隣にいるはずの元気くんも、今日は違う人たちの輪に混ざっている。
あ。
そっか、私といると疲れるんだ。
うるさいし、食い意地張ってるし、そのくせ人前とか苦手だし。
…そうならそうってちゃんと言ってよ………!
手のひらをぎゅうっと強く握る。
目に涙が溜まる。
「…芽衣、無理!休憩室行く!」
「行くか」
めそめそと涙を流しながら芽衣の横を歩く。
元気くんの方は見れなかった。
「ん?つむぎどうしたの?」
「サボりですか?先生」
人間も使ってる休憩室でハンカチを片手に椅子に深く座り込む。
「なに?元気と喧嘩?」
「先生に関係ありません」
「そうだね、僕は関係ないかな」
ぽろぽろと涙が溢れてくる。
嫌って欲しいってとか、でもやっぱりヤダって思ったり心がずっと忙しい。
「まあさ、言いたいことは言った方がいいんじゃない?」
「言ってます」
「聞いてる?元気」
元気?
俯いていた顔を勢いよく上にあげる。
そこには少し居心地悪そうに苦しそうに肩を上下させている元気くんが立っていた。
「他の人と話してたのに…?」
「こんななっとるつむぎみて、ほっとける訳ないやん」
1歩、また1歩とゆっくり距離を詰めてくる。
何を言われるんだろう。
嫌い?
疲れる?
もう会いたくない?
頭が嫌な予感でぐるぐるし始めた。
思わず耳を塞いた。
…つもりだった。
その耳にあてたはずの両手は、元気くんがしっかりと掴んでいた。
「…っ腕ひっぱってくれへんかったから、寂しかったねん!」
時が止まるって、こういうことかなぁ。
言っている意味がわからなくて戸惑った。
「せやから、昨日食堂におった時!いつもなら腕引っ張ってくれるやん!やけど昨日は引っ張ってくれへんからその…」
昨日の食堂で腕….。
「…しょんぼりしちゃったの?」
「せや」
じゃあ机に突っ伏してたのも、妙に口数少なかったのも。
「昨日どうして部屋に来てくれたの?」
「ちゃんと話して謝らなあかんと思ってな。せやけど、つい思ってもないこと言ってしもた。すまん」
嫌なら話さんくてええなって言ったところ?
「私と一緒にいるの疲れたんじゃないの?」
「ん?なんでや」
「うるさいし、食い意地張ってるし、人前苦手だし。面倒でしょ?」
元気くんがふうと小さく息を吐き出す。
「いい所も悪いところも全部ひっくるめて、面倒なんて思ったことあらへん」
「好き?」
「ん?」
聞こえなかったのかな。
もう一度聞き直す。
「私のこと好き?」
かあっと元気くんの顔が赤くなる。
「好きや!悪いか!」
それを聞くのが早いか、遅いのか。
元気くんの胸の中に突進していた。
「おわっ!」
「わたっ私っ!嫌われちゃったと思ってぇ…!!」
涙と鼻水でぐちょぐちょだ。
ハンカチの意味なんてもうなくて、元気くんの服で顔をすりすりして顔の水を一生懸命拭う。
「ほんまにごめんな、芽衣に言われた通りや。俺も素直にならんといかんな」
「元気くんは元気くんの良さがあるよぉー!!」
しゃくりあげながら思っていることをちゃんと伝える。
私も本当に言いたいこと言えてなかったんだ。
「元気くん大好き!」
「…元気の服どうした」
「思い出や」
今度は恥ずかしくて机に突っ伏す。
私の涙と鼻水で元気くんの服は水でもかけられたかのように濡れている。
「素直になれたかよ」
ひょいと芽衣の方をみると口を片方上げ笑っている。
「…もしかして最初からわかってたの?」
「薄々な」
「言ってよ!」
「当事者同士で話した方がいいだろ」
「いやー、若いねぇ」
「先生やって俺らと歳変わらんやん」
「そうなんだけどさー」
何故か帰り道に先生がいる。
今日は残業がないらしい。
「元気くんおんぶ!」
「ん!?俺そんな力ない…今日だけやで」
「ふへへ、へへへ」
元気くんの背中はちょっと頼りないけど、暖かくて気持ちがいい。
「すぴー」
「泣き疲れて寝とるやん」
薄れる意識の中で、久しぶりに元気くんの笑い声を聞いた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
続きが気になる方、面白かったという方は、下にあるブックマーク追加や☆☆☆☆☆の評価で応援していただけると執筆の励みになります!




