虫よりふたりが好き
なぜ幽霊になってまで畑作業をするのか。
「わぁ、虫だぁ」
野菜を収穫しようと手を伸ばしたら虫を掴んでしまった。
ひょろひょろとした情けない声を発しながらお尻を強く打ち付ける。
「虫くらい潰せ」
「いのち」
相変わらず綺麗なフォームだなぁ。
手をパタパタとさせ虫を逃がしたかったが上手くいかなかった。
芽衣は力強く土に農具をめり込ませている。
「元気くん!虫あげる!」
「いらんいらん、男やったら誰でも虫好きなわけやないで」
私からのプレゼントを受け取らないの?
ぶぅと頬を膨らませる。
元気くんの背中を必死に追いかける。
「なんで追いかけてくんねん!」
「私からのプレゼント貰わないのが悪い!」
「ただの虫や!」
日陰に腰をおろしみんなで水をごくごくと飲む。
朝の生ぬるい風が頬をくすぐる。
体は土だからけだ。
「そろそろ『もっちゅん』収穫の時期じゃないかな?」
「おお!俺のもっちゅん見に行かな!」
俺の?先に続く言葉がもっちゅん?
「元気くんのばーか!」
「野菜にやきもち焼くなや!」
私も連れて行ってと少し背伸びをして元気くんの肩に腕を預ける。
ずるずると引きずられながらもっちゅんの元へと向かう。
「元気くん、今日元気?」
「ややこしいな。元気やで」
「もっちゅんツヤツヤだよ」
「せやな」
ミニトマトのもっちゅん。
命名したのは元気くん。
正直センスはないと思う。
「あ、虫ついてる!」
もっちゅんのひとつにさっき手で掴んでしまった虫が移動していた。
ゆっくりと動くそれはとても気持ち悪かった。
「…元気くん、潰して」
「いのちどこいったん」
「虫くらいかわいいもんだろ、ほら」
め、芽衣の手に虫が…!
それをこちらに悪い顔をしながら押し付けてくる。
「ひぎゃあ!虫はいや!虫はいや!!」
「なんだよつむぎ、苦手か」
「楽しんでるでしょ!!芽衣のあほ!」
「あほってなんだよあほって」
「Tシャツにくっつけないで!」
Tシャツについた虫は相変わらずゆっくりと、まっすぐとは言えない軌道でのそのそと歩いている。
「キモチワルイキモチワルイ!取って取って!!」
「あほって言った罰だよ」
「さっき俺にもバカって言うたよな」
こんなに頼んでるのに二人ともニヤニヤして!
「潰しちゃうよ!?」
「潰せるなら潰してみろよ」
そういうと休憩を終え畑作業へと戻っていく。
「ほな俺はもっちゅん見に行ってくるわ」
え?
「一人にするつもり!?」
よじよじとTシャツを登ろうとする虫とそれを阻止する私。
こんなはずじゃなかった…。
今頃二人と楽しく畑作業していたはずなのに…。
ほろほろと涙があふれる。
涙をぬぐいたくても、もし虫が動いてしまったら地獄の幕開けだと思うと動けない。
今私に何ができるんだろう。
動かせるのは肘から上と、足だけ。
あと顔?
名案!
変顔すれば虫もどっか行ってくれるかも!
むん!
Tシャツを手で広げ、虫がこちらを見やすいように軽い坂をつける。
目を中心に寄らせ、口を大きく開けた。
………。
するとそれを好機と見計らったのか虫がこちらにめがけて飛んできた。
映像がスローモーションになる。
あれ?これ、口に入ってしまうんじゃないの?
虫ご飯?
手はTシャツを広げていて忙しいし、足だって座っているからうまく動かない。
じゃあできることは。
「んんん!?」
「お、どうした」
「はっはっは!!なんで顔に虫つけとるん!!」
口とは少しずれ、顎のあたりにとまっていると肌の感覚で分かった。
こうなったらなりふり構っていられない。
顔に虫がついているなんて女としてどうなの!?
「んんー!!!」
「うわこっち来たで」
肥料をまいていた手を止めその場から離れる。
がーん。
誰も味方になってくれない!
唯一いま、私のそばにいてくれてるのってもしかして……。
胸が高鳴る音が体中に響いた。
虫を顎から手の甲へと移動させる。
「ん?」
「普通に触ってんぞ」
「…………」
今日のMVPは君だよ!
私のそばに、何も言わずにいてくれた虫……!
「キモチワルイけどこれがキモカワってやつなのかな!?大好き!」
はぐをした。
その瞬間嫌な音がした。
「なーんで拗ねてんの」
大きな体を曲げ、覗き込んでくる。
プイっと目をそらした。
「虫潰したこと後悔しとんねん」
「虫?潰してもいいでしょ」
わかってない。
まったくわかってない……!
「先生は私と虫の愛の物語を知らないんですよ!」
「え?潰したんでしょ?」
「いい音だったな」
もとはといえば、元気くんと芽衣がかまってくれないから。
「寂しかったんだもん」
足先を見つめぼそりとつぶやく。
「せやな、ほなめいっぱい構ったる!じゃんけんでもするか?」
「晩御飯、つむぎの好きなオムライスにしてやるよ」
「虫ってうるさい私を見放したんじゃないの?」
不思議に思いストレートに聞いてみる。
「見放すわけないやん、ちょっともっちゅん気になっただけや!ちょっとな!」
「私は畑耕したかっただけ」
そうか。
私の勝手な思い込みだったのか。
「虫より2人のことが大好き!」
それを聞いた先生の瞳が揺らいだ。
「先生どうかしました?」
「いや、素直だなーって思ってさ」
「ちなみに虫はまだ好きなん?」
「キライ」
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