先生の字が綺麗すぎて黒板を呪った話
「そろそろ先生が来いってよ」
耳がぴくりと動く。
「せや。言うの忘れとったわ」
ここに来たばかりの時に、行けと言われたけど行っていない場所。
「車校なんて興味ないもん」
両腕に抱えていたクッションに顔をうずめる。
今あるこの生活で満足してるし。
「来ないと連帯責任で私たちが怒られるんだよ」
「…1回なら行ってもいいよ」
外の音がやけに騒がしく感じる。
いろいろな音が頭に響いて息がしづらい。
「ほな一緒に先生に挨拶しよか」
「………」
芽衣の背中に頭突きを何度かしてみた。
でも前髪がぐしゃぐしゃになっただけだった。
「きょ、教室で顔合わせでもいいかな?」
「ん?ええと思うけど」
「はじめまして…つ、つむぎです」
「ようやく来たね。みんな、仲良くしてあげてね」
「超かわいい…」
「死前モデル?」
ひそひそ声が聞こえる。
「つむぎ、席どこがいいとかある?」
背が高い!
とっさに視線を男の人から教室全体をへと移す。
芽衣と元気くんは窓際にいた。
薄暗く見えていた教室が光り輝く。
「元気くんと芽衣の間がいいです!!!」
しばらく視線を絡み取られたあと、興味深そうに瞳の奥をみつめた。
距離を取るために後ろに後ずさる。
「んー、思ったより自分の主張するんだね」
「元気くん黒板だよ黒板!芽衣外!車のろのろ!」
「自己紹介でひやひやしたけど、普通やん」
ぐるりと教室を見渡す。
「この車校、おじいちゃんも、私より若い人もいるよね?」
「何歳でもいるよ!死んでるからね!」
教室を見渡していると突然先生と呼ばれている人が視界に入ってきた。
「ぎゃあ!!芽衣大変だよ!」
芽衣の胸に思いっきりダイブ…しようとしたら隣にいた元気くんがキャッチしてくれた。
「逃げられちゃうなんで僕傷ついちゃうな」
ちらりとその人のほうを見ると薄ら笑いを浮かべながらまだこちらを見ている。
「ただの先生や。顔だけのな」
「顔だけだなんて失礼だなー。まぁ顔良いけど。君たちがそれ言う?」
「悪の権化だよ!」
「会って早々決めつけるのはどうかな。僕かなりいい先生だと思うんだけど」
帰ろう。
3人のユートピアに。
芽衣の手首をがっしりと掴む。
「行こう!」
「やっぱあかんかった!授業始まるで!?」
「反省文ってありますか!」
「ストップストップ。僕の授業始まるから教室から出ないでね」
先生に逆らったらどうなるんだろう。
「芽衣、逆らったらどうなるの?」
「補習という名のドライブに連れてかれるらしいぞ」
まっぴらごめんだよ。
「つむぎってさ、引っ込み思案?人に見られるの怖い?」
妙に距離を詰めてくる気配がしたから、芽衣を盾にした。
黒板の字を眺める。
この雰囲気、懐かしいな。
生徒が先生の書いた黒板写す感じとか、先生の話無視して生徒同士で話をこしょこしょする感じとか。
字が汚い先生とか昔いたなぁ。
…え、字すっごく綺麗。
黒板に書く字って確か難しいよね。
ふにゃふにゃになっちゃう。
「………!つむぎ!呼ばれとるで!」
「へ!?」
静かな教室に私の拍子抜けした声が響く。
「つむぎー、この文章黒板に書き写してほしいんだけど。僕お手洗い行きたくなっちゃった」
「え!?はい!」
それにしても先生、どの角度から見ても彫刻みたいに綺麗。
かっかっかっかっ
「…やだ無理!みんな見ないで!」
チョークを勢いよく元気くんに投げつける。
「おわ!どういう気持ちで投げとるん!」
「チョークの1本や2本どうにでもなるよ!みんなに見られてるよ恥ずかしいよ!」
「ヤバい子」とか「変」って周りの言葉が耳に刺さる。
言葉が、だんだん遠ざかっていく。
足が床から張り付いて離れない。
逃げ出したい。
「つむぎ戻れ、変わるから」
かっかっかりかり
「これで、どうだよ」
ぱんぱんと手を払う姿が様になる。
芽衣が黒板に書いた字を席から眺めた。
「先生のほうが字がうまい!」
「それがなんなんだよ!」
チョークを床と平行になげつける。
勢いよく私のおでこにあたった。
「いっつ…。なんか悔しいよ!顔だけしか取り柄なさそうなのに!」
「だから顔だけしかいいところねぇんだよ」
薄ら笑いが頭をよぎる。
むかっ。
「やっぱり私がやる!」
「ん?そうか」
チョークの持ち方が悪いんだ。多分。
指先に神経を集中させながら、先生が書いていた字の続きを書く。
かりかりかり
さっきから先生の薄ら笑いがちらついて離れない。
かりかりかり
あ、上から書けば私が書いたってことになるよね。
書道だって最初は下にお手本置いてなぞるもんね。
それと一緒だよ。
ひと段落終え、字を書くことに向けていた意識を、見る方へ戻す。
二重に書かれたそれはまるで、呪いの文字のようだった。
教室の妙な静けさ。
外でなっているクラクションの音。
血が引くのを強く感じた。
「…これっ先生に見つかったらまずいかな!?」
「分かっててやったんとちゃうん!?」
「私だよ!?」
「集中してたから待ってたんだよ!」
先生に負けないくらい字をうまく書きたかっただけなのに!
「け、けけ消そう!消そう!」
私が重ねた部分だけ消せば問題ない…。
「…あれ?」
今度は呪いの文章が細々とちぎれて、余計に薄気味悪くなっている。
「やっほー!授業進んでる?つむぎじゃ無理か。…あ?」
「ぎゃ!」
教壇の下におもわず隠れた。
「………僕の綺麗な字が、何者かによって得体のしれないものになってるんだけど、何か知ってる人ー?」
「………」
教壇の下で静かに身を丸める。
足音が一つだけ、ことりことりと音を立てる。
近づいたと思ったら遠ざかり、遠ざかったと思ったら近づいてくる。
心臓の音が体中に響く。
耳が靴の音だけを捉える。
ことりことり。
音ばかりに集中して気が付かなかった。
さっきから同じところで音鳴ってない?
ふと、ぎゅっと瞑ってい目を見開き、教壇の中から1番光が溢れている場所をみる。
「みっけ!」
目が合った。
身の毛がよだつとはこのこと。
「なんであんなことしたの」
もぐもぐとからげ定食を食べながらマンツーマンの面談が始まった。
昼間の食堂は人間と幽霊で賑っている。
「字が…綺麗だなって思ってその、悔しくて」
オムライスを食べながら下に視線を落とす。
「私も黒板に書く字が綺麗になりたいなって思ったんです」
「へぇー」
ぐびりと水を一気飲みした。
「そんなに僕の字綺麗だったんだ」
「悔しいですけど綺麗です」
「へぇ、正直だね」
その質問を最後に静寂が訪れた。
返事の代わりにスプーンでカチャカチャとこする音。
机はエアコンでひんやりと冷たい。
「なんで僕がつむぎをすぐ見つけられたかわかる?」
静寂を破り、少し低いトーンで尋ねられる。
首をくいっと傾げるとそれを合図ににやりと口の端をあげた。
「様子を見てんだよ」
教室の景色を思い出すけれど、何も思い出せなかった。
「すこーし扉を開けてね、つむぎがどんな人か見てたってこと」
「え!?」
じゃあ全部見られてたってこと?
「全く車校に来ない人がどんな感じか気になってさ。先生の僕がどこかへ行ったらどうなるかなって思って」
恥ずかしくて顔に熱がこもるのがわかる。
「急にチョーク投げたところとか面白かったよね」
先生の薄ら笑いにどこか目が離せない。
「うっすらみんな気づいてるのに、僕のこと見つけられてないし」
ほっぺがあっつい。
「君面白そうだよね。期待、裏切らないでよね」
「期待ってなんですか」
思わず聞き返す。
「私、先生に好かれるために車校に来たわけじゃありません」
あくまでも芽衣と元気くんが先生に怒られない為に来たんだ。
「勝手なこと言わないでください!自己中って言葉知ってますか!」
「まあ先生、そんなに怒らんとってくれ…ん?つむぎが怒っとるん!?どないしたら怒るん!?」
空いていた先生の隣の席に元気くんが腰を下ろそうとして動きを止めた。
「いや、僕がかっこよすぎて直視出来ないんだってさ」
「頭打ったん?」
そしてすとんと腰を下ろす。
むう、私の隣だって空いてるのに。
と思っていたら芽衣が私の隣に腰を下ろした。
「あ、芽衣だ!」
「つむぎも悪気はねぇんだよ。呪いの文章くらい許してやれよ」
ふーんと少し考えるような素振りを見せる。
「つまり、二人はあくまでもつむぎ側ってことかな?」
「先生の味方になることはまずねぇよ」
「せやな、つむぎのほうが大事や」
二人とも…!
信じてたよ!
二人からの愛をかみしめている間に、先生は最後の唐揚げをぽいっと口にほおばり、ごくんと飲み込んだ。
「じゃ、補習は三人参加ってことで」
「あかん、俺まだご飯の途中やった」
「悪い、うどんが伸びる」
「え?」
二人の背中が小さくなると同時に、熱い視線に気が付いた。
そちらの方をゆっくりと振り向く。
「じゃ、今日は見たい番組あるからさ。明日の放課後補習で。楽しみにしてるよ、ドライブ」
笑顔が眩しい。
見透かされそうでなんかこの人やだ。
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