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“界”の残響(リフレイン)  作者: 黒っぽい猫
祝祭に潜む灰色の影

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第13話前半 白き一角獣の追憶

観客たちが息を潜める。


先ほどまでの歓声は消え、神殿を張り詰めた静寂が満たしていった。

誰一人として言葉を発しない。


やがて、静かに音楽が流れ始めた。


白い舞台の中央———

優奈とエルが互いを見据える。


優奈は手にした魔成杖へ静かに魔力を流し込む。

淡い光に包まれた杖は、一瞬にして美しい剣へと姿を変えた。


その隣では、エルが腰の剣を静かに抜き放つ。

澄んだ金属音が神殿へ溶けていった。


———優奈が一歩、前へ踏み出す。


剣先が流れるような弧を描き、銀色の軌跡を残す。

その動きに呼応するように、エル、そして周囲の演者たちも舞い始めた。


足運び。

剣筋。


すべてが音楽と重なり合い、一つの芸術を描き出していく。


———キィィン


剣と剣が交わり、澄み切った音色が神殿中へ響き渡る。


一太刀ごとに火花が散る。

激しく———それでいて、とても美しい。


剣は幾度となく交差する。

しかし、その呼吸が乱れることはない。


まるで戦いを舞へと昇華したかのような光景だった。


音楽が終盤へ差しかかった。


演者たちの動きがぴたりと揃う。


そして——

全員が同時に剣を納める。


その瞬間、音楽もまた静かに止んだ。


一拍の静寂———

次の瞬間、神殿を揺らすほどの拍手が湧き起こる。


歓声は波のように広がり、演者たちへ惜しみない称賛が送られた。


「すごかった……」


思わず口から漏れた。

舞というより、一つの物語を見たような感覚だった。


激しく剣を交えながらも一切乱れない足運び。

音楽に合わせて流れるように変わる構え。


本当に戦っているようで、それでいて一つ一つの動作が美しかった。


「ふふ、気に入ってもらえたようじゃな」


隣で護衛をしていたルミが、小さく笑う。


「気に入ったどころじゃないですよ。あんなのテレビでも見たことないです」

「天奏祭の剣舞は、神々へ勝利を捧げる舞じゃからな。毎年かなりの時間をかけて練習するのじゃ」

「なるほど……」


だからあれほど息が合っていたのか。


舞台では神官達が次の演目の準備を始めていた。


大道具が静かに運び込まれ、楽団も楽器を持ち替えている。

どうやら次は舞の準備らしい。


優奈の姿は既に舞台袖へと消えていた。

舞台裏で衣装や立ち位置の確認でもしているのだろう。


その時だった。


「ルミ様」


後ろから落ち着いた声が聞こえた。


振り返ると、正装へ着替えたエルがこちらへ歩いてくる。

銀色の長髪は後ろで一つに束ねられ、胸元には金糸の刺繍が施された濃紺の礼装。


いつもの私服とは違い、より貴族のような気品を纏っていた。


「おや、もう時間か」


 ルミが頷く。


「はい。舞が始まるまでまだ時間がありますので、ここからは僕が護衛を引き継ぎます」

「うむ」


ルミはくるりとこちらへ向き直る。


「少年」

「はい」

「次はエルが付く。わしは舞の準備があるからの」

「分かりました」

「では、少年」


エルは優雅に一礼する。


「ここからは僕がご案内いたします」

「よろしく」

「こちらこそ」


ルミは満足そうに頷くと、神殿の奥———舞台裏へ続く回廊へ歩いていった。

その背中が見えなくなる頃には、舞台では次の演目の準備が着々と進んでいる。


神殿の高い天井から柔らかな光が差し込み、豪華な装飾が淡く輝いていた。


祭りはまだ終わらない。

むしろ、ここからが本番なのだ。


エルは静かに微笑み、俺の方へ視線を向ける。


「舞が始まるまで少し時間がありますね」

「ああ」

「では、その間に少しお話でもしませんか」


そう言って歩き出すエルの後を、俺もゆっくりと追いかけた。


❖ ❖ ❖ ❖ ❖


神殿の外へ出ると、爽やかな風が頬を撫でた。


遠くでは屋台が並び、子供達の笑い声が聞こえる。

社交界へ参加しない住民達は、それぞれ屋台や出店を楽しんでいるようだった。


「中は緊張感がありますけど、外は普通のお祭りなんですね。」

「ええ。天界の住民全員が神殿へ入れる訳ではありませんから。」

「なるほど」


近くにあったベンチに俺とエルは腰を下ろした。

さっきまで神殿の熱気に包まれていたせいか、外の空気は少しひんやり感じた。


少し他愛もない話をしたあと、ふと気になっていたことを口にする。


「そういえばさ。」

「はい?」

「エルって、ずっと優奈のところにいるのか?」


その瞬間———

エルは少しだけ表情を曇らせ、どこか遠くを見るような目になる。


「……ええ。」


静かに頷く。


「正確には——ユナ様に拾われてから、ずっとです。」

「拾われた?」

「ええ。」


エルは少し空を見上げ、懐かしむように目を細めた。


「少しだけ、昔話をしましょうか。」


❖ ❖ ❖ ❖ ❖


「僕は元々、ユニコーンの一族の生まれでした。」

「ユニコーンの一族?」

「ええ。しかも人の姿になれる、数少ない上位種です。」


その言葉に驚く。


「じゃあ、昔からすごかったんじゃ……。」

「いいえ。」


エルは苦笑した。


「僕は、一族の中で誰よりも魔力が少なかったんです。」

「……。」

「上位種でありながら魔力が少ない。それだけで十分、迫害される理由になりました。」


淡々と話している。

だからこそ重い。


「家事を押し付けられ、失敗すれば怒鳴られ、時には……八つ当たりの相手にもなりました。」


それ以上は語らなかった。

語らなくても十分伝わった。


「そんな生活が嫌で……ある日、一人で天奏祭を見に来たんです。」


エルは小さく笑う。


「当時は今ほど厳しくなくて、招待状がなくても二階席からなら見ることができました。」

「そこで、ユナ様の舞を見たんです。」


エルはどこか懐かしむように微笑んだ。


「本当に……綺麗でした。ただ美しいだけじゃない。見る人の心まで惹きつける舞でした」


エルはそこで言葉を切った。

静かな沈黙が訪れる。

やがて、小さく息を吐いた。


「僕は、その舞に見入ってしまって……その時、一族に見つかってしまったんです」


✧・゜: ✧・゜: ✧・゜: ✧・゜


——ああ、終わった。


そう思った。


一族の者達がこちらへ歩いてくる。


また怒鳴られる。

また殴られる。


そう覚悟した、その時だった。


「あら。一体何をしているのかしら?」


澄んだ女性の声が響く。


振り返ると、そこには先ほどまで舞っていた女性。

そして猫耳の女性が立っていた。


「ふふ。少しお留守番しているはずの奴隷がいたのですよ。ユナリア様。」


奴隷———そう、僕は奴隷だ。


家事をして、命令を聞き、皆のストレスの捌け口になる。

それが僕の役目だった。


猫耳の女性が静かに尋ねる。


「ふむ。そやつが奴隷なのか?」

「そうですよ。ここにいるには相応しくない奴隷です。」


すると、ユナリア様は少しだけ考えるように目を閉じた。


「……その子が奴隷ならば、居なくてもよろしいですよね?」

「……え?」

「本来、奴隷制度はあまり好ましくありませんが、奴隷とは居なくても困らない存在なのでしょう?」


静かな声だった。


怒っているわけでもない。

責めているわけでもない。


ただ、事実を確認するような声。


「もし居るのであれば、お金を払えば譲っていただけますよね。」

「えぇ……そうですね。ただ、この子は一族の子供です。」

「その子供を、先ほど貴女は奴隷だと言いました。」

「……」


沈黙が訪れる。


「お金は払うわ。だからこの子、貰ってもいいわよね?」


あまりにも自然だった。


まるで、本を一冊買うような口調だった。


「好きにしてください。ただ、一度種族を離れれば人の姿にはなれませんよ?お荷物になりますわ。」

「別に構わないわ。」


ユナリア様は迷わなかった。


「正式な書類は後日送るわ。」


そう言うと、袋を押し付けるように渡す。


「では」

そのまま僕の手を握った。


その手は、とても温かかった。


✧・゜: ✧・゜: ✧・゜: ✧・゜


「……それが、僕とユナ様の出会いです。」


エルの声で現実へ戻る。

「その日の宴には参加せず、僕達はそのまま屋敷へ戻りました。」


エルは少し笑った。


「後日正式な書類が届き、僕はユニコーンの姿になりました。」

「やっぱり、人には戻れなかったんだ。」

「ええ。」

「一族から離れたユニコーンは、人型になれない決まりでしたから。」

「そのまま数日過ごしたのですが……」


エルは右耳へ手を添えた。


いつもも付けている銀色の耳飾り。


「ユナ様がこれを渡してくださったんです。この耳飾りを」

「魔力を流した瞬間、僕は再び人の姿になることができました。」


エルは優しく耳飾りを撫でる。


「人型維持魔術と魔力補助術式を組み合わせた、当時は存在しなかった魔術具です。」

「また、優奈…あ、ユナさんが作ったのか。」

「ええ。」


エルは誇らしそうに笑う。


「ユナ様は昔から、人を助けるためなら常識すら作り変えてしまう方でした。」

「だから僕は、今でもあの方に付いているんです。」


その横顔には、揺るぎない敬意と感謝が浮かんでいた。


俺は何も言えなかった。


今まですごい人なんだなとは思っていた。


でも違う。

 

ユナさんは、ただ魔術がすごいだけじゃない。


人の人生そのものを変えてしまうような人なのだと——そう、初めて実感した。

 

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