第12話 祭典への招待状
何故、俺は天界の正装を着せられ、髪を整えられているのか。
一体俺は何をしているのか。
どうしてこうなったのか。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
———遡ること数日前。
いつものように神書界で魔術講義を受けようと神書界にいこうとした時だった。
「ぬぁぁぁぁ行きたくないよー!!」
聖堂中に響く悲鳴。
俺は思わず肩を跳ねさせた。
「どうしたんだ?優奈」
机に突っ伏している優奈に声をかける。
「天界で開催される天奏祭がもうすぐあるんですよ……」
「あー、確か剣舞と舞に出るんだっけ?」
「そうです……」
優奈はぐったりと顔を上げた。
「それで今日ついに招待状が来たのですよ」
「招待状?」
「これがないと入れないんです」
なるほど、意外としっかりしている。
そう思った瞬間だった。
「ところで、先輩」
「嫌な予感しかしないんだけど」
「先輩の分も招待状が来ているんです。一緒に参加しません?」
「え、俺も?」
「そうです」
にっこり笑う優奈。
絶対断れないやつだ。
「ヘラ様から天界の行事ぐらい参加しておきなさいと言われたんですよ」
「なんで……」
「先輩が魔力持ちだからじゃないですかね?」
「まじか」
こうして俺は半ば強制的に天界最大の祭典へ参加することになったのだった。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
「本当にこれでいいんですかね……」
鏡を見ながら思わず呟く。
黒を基調とした正装。
生地には銀の刺繍が施され、肩には天界の象徴と思われる紋様が輝いている。
上品でありながら威厳も感じさせる装いだった。
一目見ただけで分かる。
——絶対に高いやつだ。
着るだけで胃が痛くなりそうだった。
「何を言っておる?」
後ろからルミが呆れた声を出した。
「天界一の舞台やパーティーじゃぞ。髪型や服装に気を遣わなくてどうする」
「いや俺ただの一般人なんですけど」
「そうですね」
エルが頷く。
「僕も正直こんな堅苦しい服など着ずにユナ様を崇めたいのですが我慢しているのですよ」
「こやつのことは無視で良いぞ」
「ひどくないですか?」
「通常運転じゃ」
通常運転らしい。
安心したようなしたくないような。
「あの、パーティーって何ですか?」
気になって聞いてみる。
するとルミが説明してくれた。
「おや? 聞いておらんのか?」
「聞いてないです」
「天奏祭で楽器と歌、剣舞、舞を神々へ奉納した後、“天響の宴”という社交会が開かれるのじゃ」
「社交会?」
「そうじゃ。ご馳走が振る舞われて、ダンスや交流を楽しむ」
なるほど、ホテルのパーティー会場で開かれる宴会みたいなものか。
行ったことないけど。
「ちなみに男性同士の交流は外でボードゲームや狩りをすることも多いですよ」
エルが補足する。
「社交会なのに狩り?」
「天界ですからね」
「なるほど」
全然なるほどじゃなかった。
すると奥から声が聞こえた。
「ユナー! こやつの準備は終わったぞー!」
「今行くー!」
しばらくして優奈が現れた。
思わず言葉を失った。
いつもは下ろしている長い髪。
今日は全て綺麗に結い上げられていた。
薄紫とも桃色とも見える髪が煌めいている。
青いリボン。
首元にはいつものペンダント。
いつものローブ姿ではない。
夜空のような紺色と水色のドレス———
裾へ向かうにつれて色が淡くなり、まるで空を閉じ込めたかのような美しい装いだった。
腕には細やかな装飾が施されたブレスレット。
胸元には羽を模したブローチ。
普段の優奈とはまるで別人だった。
「おぉ……」
「なんですかその反応」
「いや……」
普通に綺麗だなと思った。
言うと面倒そうなので黙った。
「悪くないな」
ルミが満足そうに頷く。
「ほれ、化粧をしてやるからこちらへ来い」
「はーい」
優奈は素直に椅子へ座った。
慣れているらしい。
「優奈、今日は全部上げているんだな」
「あぁ、成人した女性は長い髪を全部結い上げるのが正式な礼装なんですよ」
「そうなのか」
「昔は日常生活でもそうだったらしいですけど、最近は社交界だけですね」
「へぇ」
意外と厳しい。
そう思っていると優奈が振り返った。
「あ、そういえば今日の流れを説明してませんね」
「確かに」
「先輩は特にすることありません」
「良かった」
安堵したのも束の間。
優奈が急に真面目な顔になった。
嫌な予感がする。
「ただし一人行動は禁止です」
「なんで?」
「天界の社交界ですから」
その一言で納得してしまった。
「楽器と歌の時はうちが護衛します」
「護衛」
「剣舞の時はルミ」
「うむ」
「舞の時はエルです」
「お任せください」
護衛という単語が物騒すぎる。
「そこまで必要?」
「先輩は社交界初心者ですからね」
「うっ」
反論できない。
「それと女性に対しては最悪ミレディ、男性にはロードと呼べば大丈夫ですよ」
「ミレディ?」
「昔は身分を隠すためにヴェールや仮面を着けていたんです。その名残ですね」
「なるほど」
気付けば天界社交界入門が始まっていた。
すでに帰りたくなってきた。
「よし、完成じゃ」
ルミが満足そうに言った。
「ありがとう」
優奈が立ち上がる。
準備は整ったらしい。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
屋敷の前へ出た瞬間、俺は思わず足を止めた。
そこに停まっていたのは一台の馬車。
だが、俺の視線を奪ったのは馬車ではない。
馬車を引く二頭の白馬だった。
純白の美しい体。
その背中から伸びる大きな翼。
ゆっくりと羽ばたくその姿は、神話で語られるペガサスそのものだった。
「……ペガサスだ」
「ペガサスですね」
「本物のペガサスだ」
「本物ですね」
「ペガサスだぞ?」
「だからペガサスですよ」
温度差が酷い。
いや、俺の反応が普通だろう。
神話の生き物が目の前にいるんだぞ。
なのに、優奈たちは近所の犬でも見るような反応だった。
馬車に乗り込むと、ふわりと空へ浮かび上がった。
窓の外に広がった光景に、思わず息を呑んだ。
空を見上げれば光の鳥たちが自由に飛び回り、街路樹には色とりどりの飾りが溢れんばかりに吊るされている。
風が吹くたびに飾りが揺れ、無数の光がきらきらと瞬いた。
どこを見ても華やかで、祭りの熱気が街全体を包み込んでいた。
「すごいな……」
「大体こんな感じですよ」
優奈が景色を見ながら口を開いた。
「社交界に参加しない人達は普通にお祭りを楽しんでます」
「そっちの方が楽しそう」
「ですよねぇ」
優奈が遠い目をした。
「うちも屋台巡りしたい」
「主役が何言っとる」
ルミに即ツッコまれていた。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
しばらく馬車に揺られていると、優奈が窓の外へ視線を向けた。
「見えてきましたよ」
その言葉につられて外を見る。
———思わず息を呑んだ。
巨大な神殿がそびえ立っていた。
白い大理石で造られたその建物は陽光を受けて輝き、天へ向かって伸びる無数の柱が威厳を放っている。
神殿の上空には巨大な光の紋章が浮かび、神々しい輝きを放っていた。
まるで神話の一場面をそのまま切り取ったような光景だ。
「でかっ」
思わず漏れた感想に、優奈が小さく笑う。
「神々も利用する神殿ですからね」
「神々も?」
「はい。毎年ここで天奏祭が行われるんですよ」
神殿へ近づくにつれ、人の多さも目に入ってきた。
神殿の周囲は人で溢れていた。
正装の住民達。
白い法衣を纏った人々。
楽器を抱えた者達。
色鮮やかな衣装を纏う踊り手達。
そして剣を携えた演者達。
見渡す限り祭り一色だった。
祭りというより、一つの国家行事を見ている気分だった。
やがて馬車が停止する。
地面へ降り立った瞬間、神殿の巨大さがさらに増した気がした。
見上げるだけで首が痛くなりそうだ。
「緊張してきた……」
思わず本音が漏れる。
すると優奈が不思議そうな顔をした。
「先輩が出るわけじゃないですよね?」
「そうだけど」
「なら大丈夫です」
「ひどい」
即答だった。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
開会式———
神官たちによる祈り。
壮大な楽器演奏。
美しい歌声。
神殿全体が神秘的な空気に包まれていた。
そして———
剣舞の時間が訪れる。
「行ってきますね」
優奈が立ち上がる。
「頑張れ」
「頑張ります……」
返事をしながらも、その表情は少し硬い。
緊張しているのだろう。
エルも静かに舞台へ向かっていく。
「優奈も緊張するんだな」
思わず呟くと、隣のルミが小さく笑った。
「いくらユナでも、この舞台は特別じゃからの」
「やっぱり?」
「天奏祭で最も注目されるのは剣舞と舞じゃ。失敗は許されぬ」
なるほど。
そりゃ緊張もするか。
やがて会場が静まり返る。
神殿中央に設けられた白い舞台———
そこへ優奈とエルが姿を現した。
歓声が湧き起こった。
無数の視線が二人へ注がれる。
優奈は深く息を吸った。
そして———
手にした魔成杖が淡い光に包まれる。
一瞬にして、その姿は一振りの剣へと変わった。
隣ではエルが静かに腰の剣を抜き放つ。
澄んだ金属音が静寂に溶けていく。
息を呑むような静けさが広がる。
やがて音楽が鳴り始めた。
二人はゆっくりと剣を構える。
天奏祭最大の舞台———
いよいよ幕が上がる。




