第11話 天界で綴られる歴史
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
俺は盛大な悲鳴を上げながら空中でバランスを崩した。
視界がぐるりと回転し、地面が近付いてくる。
「先輩、力を抜いてくださいー!」
優奈の呑気な声が聞こえた次の瞬間———
ぼふん。
花畑の上へ落下した。
だが不思議なことに全く痛くない。
柔らかい雲の上に落ちたような感覚だった。
「また落ちましたか〜」
優奈が苦笑する。
俺は花畑の上で大の字になったまま空を見上げた。
「いや、難しくない??」
何故こうなってしまったのか
遡ること1時間ほど前———
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
「今日は聖堂の外で魔術訓練をしましょう」
「外?」
「外です」
優奈はにっこりと笑った。
嫌な予感しかしない。
「本日は飛行魔術訓練ですので」
「え、ひこう……?」
「名前の通り空を飛ぶための魔術ですよ」
さらっと言うな。
「とりあえず外に出ましょう」
そう言って優奈は十字架がある聖堂の奥ではなく反対方向へ歩き出した。
俺も後を追った。
大きな扉が開かれる。
そして———
「……わぁ」
思わず声が漏れた。
聖堂の外には思わず見惚れてしまう景色が広がっていた。
朝日に照らされる巨大な聖堂。
白い石畳の長い道
広場を囲む色鮮やかな花畑。
少し離れた先にある虹を閉じ込めたような森。
透き通る小川。
まるで幻想郷の世界だった。
「綺麗でしょ?」
優奈が少し誇らしそうに笑う。
「いや、綺麗どころじゃないだろ……」
現実感がなかった。
しばらく歩くと森の中に広い花畑が現れた。
どこまでも続く色鮮やかな花々。
風が吹くたびに花が揺れ、波のように広がっていく。
「今日はここでやりましょう」
「え、ここで?」
花が潰れそうだ。
そう言うと優奈は首を横に振った。
「大丈夫ですよ。この世界の植物や建物は魔力でできていますので」
「魔力?」
「はい。だから高い所から落ちても潰れませんし壊れません」
「便利だな……」
神書界、凄すぎないか。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
そして現在———
俺は十回目くらいの墜落をしていた。
「飛行具があるだけマシですよ」
優奈が言う。
「飛行具がなければもっと難しいですから」
「これでマシなの?」
「飛行具なしだと魔力消費も大きいですし安定もしません」
恐ろしい。
俺の胸元にはブローチ型の飛行具が付いている。
魔力を流し込むと背中に半透明の翼が現れる仕組みだ。
優奈の場合は翼ではなく大きななリボンになるらしい。
「飛行具って誰が作ったんだ?」
「ユナですね」
「またか」
もう驚かない。
「大昔の話ですけどね」
優奈は苦笑した。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
「ではもう一回」
「うっ」
俺は再び魔力を流し込んだ。
半透明の翼が現れた。
地面を蹴り、身体が浮いた。
そこまではいい。
問題はその先である。
「あ、安定しないぃぃ!」
ふらふらする。
めちゃくちゃ怖い。
「先輩〜!」
優奈が下から手を振る。
「上昇しすぎです〜!」
下を見てしまった。
めちゃくちゃ高い。
「うわっ!?」
慌てた瞬間バランスを崩した。
「だから下見ちゃ駄目ですって!」
「先に言え!」
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
そんな訓練を何時間も繰り返した。
結果———
なんとか飛べるようになった。
本当にギリギリだけど。
「お疲れ様です」
花畑に腰を下ろすと、一気に疲れが押し寄せてきた。
「疲れた……」
「ですが上達しましたよ」
優奈は満足そうだった。
「そうかな?」
「離陸と着地は安定しました」
「それだけ?」
「それだけです」
笑顔で言うな。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
休憩していると優奈が言った。
「この後、うちは剣舞の練習があるのですけど」
「あぁ、天奏祭のやつ?」
「そうです」
優奈は少し遠い目をした。
「正直行きたくないです」
「そんな嫌なの?」
「嫌です」
即答だった。
「でも行かないといけません」
「大変だな……」
「見学します?」
「見たい」
即答した。
あれだけ凄い舞を見たのだ。
剣舞も気になる。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
界巡の扉を通り、天界へ向かった。
白い街並み。
涼しい風。
青い空。
何度見ても綺麗だった。
そして優奈の屋敷へ到着した。
「おや」
声が聞こえた。
振り返ると、そこには銀髪の青年が立っていた。
額から一本の角が伸びている。
エルだ。
「今日は少年も一緒なのですか?」
「見学するのよ」
優奈が答える。
「なるほど」
エルは微笑んだ。
「では始めましょう」
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
音楽が流れ始める。
優奈は魔成杖を剣へと変形させた。
向かい合うエルもまた静かに剣を構える。
先に動いたのは優奈だった。
流れるような剣筋。
翻る袖。
風を切る鋭い音。
ステンドグラスを通した光が剣先を彩る。
やがてエルも動き出す。
二人の身体が舞うように交差し———
カンッ
澄み切った音が辺りに響いた。
剣と剣が触れ合うたびに光が散る。
激しく、それでいて美しい。
まるで戦いと舞が一つに溶け合ったかのようだった。
息をすることすら忘れてしまうほど、目が離せなかった。
ただ、その光景に見入ることしかできなかった。
「すげぇ……」
気付けば、そんな言葉が口から零れていた。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
休憩時間。
優奈が額の汗を拭いた。
「ちょっと一人で練習したいので」
そう言って俺を見る。
「先輩はエルとお出かけなりお喋りなりしてください」
「え?」
「ユナ様の命令とあらば、このエルフィオス・ルクシアはどこまでもお供しますよ」
そう言ったエルはとても目が輝いていた。
少し不安だった。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
屋敷を出て、街を歩く。
「あの、エルさん」
「エルでいいですよ」
「…じゃあエル」
「なんでしょう?」
「天奏祭って何でやるんだ?」
前から気になっていた。
エルは少し微笑んだ。
「それを説明するには天界の始まりから話さなければなりませんね」
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天界が誕生する以前、世界は混沌に包まれていた。
光と闇の境界は曖昧で、あらゆるものが定まらぬ不安定な世界だったという。
やがて、その混沌の中から神々が誕生した。
しかし、神々が現れても世界に平穏が訪れることはなかった。
当時、世界にはタイタン族と呼ばれる強大な存在が君臨しており、神々との間で長きにわたる大戦争が勃発したのである。
その戦いは熾烈を極め、多くの命が失われた。
だが最終的に、ゼウスを中心とする神々が勝利を収める。
戦争を終結させた神々は荒廃した世界を整え、秩序を築き上げた。
そして、住民が安心して暮らせる新たな地を創造した。
それこそが、現在の天界の始まりである。
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「住民たちは感謝したのです」
エルはそう言って空を見上げた。
「神々が勝利しなければ、今の平和は存在しませんでした」
神々への感謝を後世へ伝えるため、人々は祭りを開くようになった。
それが、天界最大の祭典———天奏祭の始まりなのである。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
「楽器と歌は平和への感謝、剣舞は勝利の再現、舞は平和と繁栄への祈りという意味があります。そして終了後に行われるのが天響の宴です」
「交流会みたいなものか?」
「そうです」
なるほど。
最初はただの賑やかな祭りだと思っていた。
だが違う。
そこには神々への感謝があり、平和への祈りがあり、遥か昔の歴史が刻まれている。
単なるお祭りじゃない。
長い時を超えて受け継がれてきた、大切な行事なんだ。
◇◇◇
話しているうちに料理が運ばれてきた。
焼き立てのパン。
香草のスープ。
肉料理。
どれも美味そうだった。
「いただきましょう」
「そうだな」
俺とエルは食事を楽しんだ。
天界の風は心地よく。
空はどこまでも青かった。
その時はまだ、これから起こる事件のことなど何も知らなかった。
✧・゜: ✧・゜: ✧・゜: ✧・゜
———その頃、遠く離れた路地裏。
黒い霧のような影が蠢いていた。
その視線はただ一人を見つめている。
「見つけた……」
低い声が響く。
「やっと見つけたぞ……」
影が歪む。
無数の目のようなものが開く。
「目的の器を……」
その視線の先には、何も知らず歩く人間の姿があった。
闇は静かに笑い、ゆっくりと消えていった。
———刻々と天奏祭の日が近づいてきた。




