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“界”の残響(リフレイン)  作者: 黒っぽい猫
祝祭に潜む灰色の影

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第9話 帰還そして再訪


「あっつ〜……」


思わずそんな声が漏れた。


ゴールデンウィークが終わり、少し経った大学はとにかく暑い。


神書界は不思議な場所だった。暖かすぎず寒すぎず、一日中ちょうどいい気温だったのに、人間界へ戻った途端これだ。


「現実って厳しいな……」


そう呟きながら講義室へ向かった。


午後。


講義を受けながらノートを取っていると、教授が唐突に話題を変えた。


「さて、今日はギリシャ神話における神々の戦争についても触れておきましょう」


教室のスクリーンに映し出されたのは雷を掲げる神の絵だった。


「ゼウスを中心としたオリュンポスの神々は、タイタン族との戦争に勝利したことで世界の支配権を得たとされています」


タイタン族。


どこかで聞いたようなないような……


「神話では、この勝利が神々の時代の始まりとされています」


へぇ。


そう思いながらノートの隅に適当にメモしておいた。


その時は特に深く考えなかった。



授業が終わり、家へ帰る。


「ただいまー」

「おかえりー」


リビングから優太の声が聞こえた。


ソファに寝転がったままゲームをしている。


「一週間どうだった?」


そう聞かれて思わず苦笑した。


「……うん」

「うん?」

「なんかやばかったわ」

「それ以上聞かないでおくわ」

「助かる」


説明できるわけがない。


魔術訓練。


神々。


天界。


猫耳。


ユニコーン。


どこから説明しても頭がおかしくなりそうだった。


「そっちはどうだった?」

「影武者人形のおかげで滞りなくいけたよ」

「マジか」


「大学もバイトも普通にやってた」

「すごすぎるだろ」

「作った人がおかしい」

「それは同意」


優奈が作ったと聞いた時は驚いたが、今では逆に納得してしまう。


あいつなら作りそうだ。



そして一週間後。


土曜日。


俺は自室で机の上に紙を広げていた。


その横には青い宝石が埋め込まれたペンダント。


「えーっと……どうやるんだっけ?」

「兄ちゃん、大丈夫?」


優太がドアの隙間から覗いている。


「神書界行ける?」

「大丈夫、多分」

「多分って怖いんだけど」


確かに。


俺も怖い。


脳裏に優奈の説明を思い出す。


———


『まずはこの魔術陣が描かれた紙に魔力を込めます』


『うん』


『次にこの神書界へ繋がる鍵となるペンダントに魔力を込めます』


『うん』


『最後に紙の中央にペンダントを置いてください』


『それで?』


『呪文を唱えます』


『呪文?』


『はい』


『その呪文は———』



深呼吸する。


紙に魔力を流し込む。


ペンダントにも魔力を込める。


そして中央へ置いた。


「えっと……」


覚えていた呪文を口にする。


「———(つづ)られし叡智(えいち)よ、その頁を開け」


空気が震えた。


「閉じられし頁を開き、知の世界へ」


魔術陣が光る。


そして。


空間が歪んだ。


「うわっ……」


身体が引っ張られる感覚。


次の瞬間。


視界が白く染まった。



「おや」


聞き慣れた声。


「ちゃんと来られましたね」

「うぅ……」

「……え?」


神書界。


聖堂の長椅子。


その上で俺は頭を抱えていた。


気持ち悪い。


めちゃくちゃ気持ち悪い。


「先輩?」

「酔った……」

「え?」

「酔った……」


優奈は数秒固まった後、


「あー……」


と納得した顔になった。


「空間酔いですね」

「そんなのあるの?」

「ありますよ」

「聞いてない」

「うちはならないんで」

「おい……」



優奈がどこからかアイスティーを出してきた。


「どうぞ」

「神……」

「違います」

「いやまじ神」

「まあいいや」


冷たいアイスティーが喉を通る。


少しずつ楽になった。


十分ほど休憩してようやく立ち上がる。


「もう大丈夫」

「本当にですか?」

「多分」

「不安でしかない」


聖堂の中央へ移動する。


今日は今までとは違う訓練らしい。


「さて」


優奈が魔導書を出し、開いた。


「今日は防御魔術です」

「防御」

「攻撃より先に覚えてもらいます」

「なんで?」

「生き残るためです」


即答だった。



「まずは魔力を杖へ流してください」


言われた通りにやる。


オーロラのような光が杖を包む。


「次に防御をするための魔術陣をイメージします」

「難しいこと言うな」

「頑張ってください」



数分後。


なんとか形になった。


「おお」


俺の前に透明な壁が現れる。


よく見ると細かい魔術陣が幾重にも描かれていた。


「成功です」

「できた!」

「では行きますよー」



優奈が小さな光の玉を投げる。


ぽすっ。


透明な壁に当たって消えた。


「おお!」

「今のは攻撃魔術の代用品です」

「なるほど」

「本物を撃ったら危ないので」

「確かに」



その後も何度も練習した。


消える。


割れる。


暴発する。


失敗ばかりだったが、夕方頃には安定して張れるようになっていた。


「今日はこんなものですかね」

「疲れた……」


長椅子に腰掛ける。


するとふと気付いた。


今日の優奈。


なんだか様子が違う。


「ねぇ優奈」

「なんですか?」

「なんかあった?」

「ん?」

「いや、いつもより疲れてるというか」


優奈は少し目を逸らした。


「気のせいですよ」

「本当に?」

「……」


沈黙。


分かりやすすぎる。


昔からそうだ。



「実は」


優奈がため息をついた。


「今度、舞と剣舞を踊らないといけなくて」

「……はい?」

「天界のお祭りです」

「祭り?」

「天奏祭という名前なんですけど———」


そう言って説明してくれた。


昔、神々が大きな戦争に勝利したことを祝い、今も感謝を捧げる祭り。


その中で舞や剣舞が奉納されるらしい。


「それでうち」


優奈が遠い目をした。


「出ないといけないんです」

「へぇ」

「しかもほぼ主役なんです」

「おお」

「練習が大変です」

「それは……」


なんというか。


ご愁傷様だ。


「頑張って」

「うぅ……」

「頑張れ」


「先輩が代わってください」

「無理だな」

「ですよねぇ……」


夕日に照らされた聖堂で。


俺たちはしばらくどうでもいい話を続けた。


その時はまだ知らなかった。


その天奏祭が———


これから俺をさらに神々の世界へ巻き込んでいくことになるなんて。

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