シロガネ教の教え
「天の川さん、その収穫したお芋、運んでくださる?」
「うん、良いわよ夕日さん」
陽光照りつく火曜日の午後、互いの名を呼び合う少女が二人、揃いの青い作業服に土をこびり付けながら、共に地面に植えたサツマイモの収穫に追われている。
「二人とも、そろそろお昼ですよ。一緒に食べましょう」
そこに現れたのが、白髪が似合う上品な老婦人。彼女の齢は既に70近くだが、しかしその割には肌ツヤも良く、髪質に至っては十代の少女二人に負けず劣らず艶やかで、そしてそれを誇るかのように、白髪のロングヘアーをサラサラと風になびかせている。
「相変わらず、お奇麗な髪ですね、瞳さん」
瞳、天の川はそう彼女の名を呼び、立ち上がる。
「あら、ありがとう」
「本当、流石モデルさん」
正確には[元]なのだが、一年近くの共同生活で、二人は彼女が髪と元の職業を褒めてやれば喜ぶ事を知っていた。そうして若者二人に褒められ、顔をやや紅潮させながら、彼女が二人に弁当だとして、ふかし芋と鶏肉の燻製を包んだ竹の皮を広げた。
「あれ、家畜、一匹捧げたんですか?」
「ええ、豚を一匹。でも豚を解体するのって大変ね。豚が鳴くし、血も出るし」
そう顔に手を当てながら、瞳が軽くため息を漏らす。
「まぁそれは慣れですよ瞳さん、私も最初は慣れませんでしたけど、でも今はすっかり慣れました。シロガネ様に命を捧げる事が、我らシロガネ教徒の義務ですからね」
そう言って天の川が胸を大きく前に差し出し、腰に手を当てながら、えへんと言った具合で答える。
「そう、シロガネ様は私達の神、だから精一杯に命を捧げないと。シロガネ様は私の病を治してくださいました。今、その恩返しをしなければ」
夕日、あの皮膚病に侵されていた少女の体は、すっかり元の十代にふさわしい弾力と張りを取り戻し、彼女はそれを実感するように、手の甲の皮膚を優しく撫でた。
「今後も、シロガネ様の為にこの身を捧げ、輝かしいシロガネ教徒の一員として、まい進していくつもりです」
そう口元を緩め、手の甲を撫でた手で、夕日は自分の腹を優しく撫でる。
「かなり大きくなってきたわね」
「そうね、そろそろ生まれてくるかしら」
夕日のその仕草に同調して、二人が夕日の膨張した腹を見ながら、それぞれ言葉を続けた。
「出産ってどんな感じかしら?」
夕日が既に経験しているであろう二人にアドバイスを貰うべく、そ訪ねる。
「大丈夫、シロガネ様のご加護がある」
天の川がその願いに答えるように、夕日に笑顔でハキハキと伝える。
「だから、痛みなんか無いわ。私達シロガネ教徒に、強い痛みは不要だからね」
「そう、痛がるのは、俗世だけで良い」
笑顔で緩んだ頬を更に緩め、その歯茎を見せる形でニカリと笑うと、天の川は目を細めつつそう言い放つ。
「俗世、ですか。そういえば、最近また警察が文句を言いに来たみたいですね」
顔を歪める天の川に同調しつつ眉をひそめ、語気を強めながら夕日が語る。
「まったく何かにつけ俗世は文句ばかり。私達の事、カルトだの新興宗教だの。シロガネ様のご利益も知らないで、俗世は身勝手ですね」
そして少女二人に同調して、瞳が言葉を荒げる。彼女達が憤慨するのは、最近頻発する自分達への反対運動と、それに付随する国家権力たる警察の再三たる警告と巡回だ。
やれ少女を誘拐して無理やり子供も孕ませてるだの。資産家一家を洗脳して財産を寄付させ、監禁してるだの。
最近シロガネ教、つまり彼女達が属する教団の共同体は、教徒達が俗世と呼んで嫌う地域の自治体、そして周辺住民から、かなりの警戒と不信感を抱かれている。
そしてそれが噂という形で拡散され、さらに教団の不審不安を生んでいるのだった。
そしてその流れる噂の殆どが悪意さえ抜けば本当の話だったので。
それは過去存在したカルトと呼ばれた存在が起こした事件と重なって、今現在シロガネ教徒達を苦しめているのだった。
「シロガネ様の教えは命を尊び、そして育むための教え。なのに誰かの命を奪うだの、監禁するのだと、本当酷い話ですね」
「そうですね、この畑の土地だって。私が元の持ち主から奪ったとか何とか言って。ここは教徒のご信者様が進んで私達に授けてくれた土地なのに」
そういって彼女達は今居る畑をぐるりと見渡す。彼女達が今耕している畑。それは住宅地の真っ只中にあり、周辺の信者住民の家屋を100軒程潰して作った大農園である。
住宅地をまるで割くように作られたその農園は、教徒達が交代で作業しながら耕したもので、それは教団が広がり、年月を重ねる事でどんどんその敷地を拡大させ、今日に至っている。
教団の菜園にはレタスやサツマイモなどの野菜に加え、イチゴやメロンなどの果物も豊富に植えられ、閑静な住宅地の一角に菜園の爽やかな風と肥料の匂いと虫の羽音を伝えている。
周辺住民は突如沸いて出た都心の大農園に驚き、そしてそれが新興宗教が興した物だと知るや、様々な反対運動や教団の追放を訴える裁判などを起こしてきたが、そのいずれの訴えを起こした人々も徐々にシロガネ教徒として組み込まれ、反対してきた畑を共に耕す同志、または土地を提供する者へと変貌していった。
こうして芋の収穫をしている三人の周りにも、多数の信者達が畑の手入れをしたり、収穫を手伝ったりしている。
教団の広報が伝えるには既にシロガネ教の信徒は付近住人を侵食しながら既に千人を超え、今なおその数は増やしている。
教団設立から3年近くでこの規模に至っている所から、いかにシロガネ教の布教スピードが早いかを思わせる。
シロガネ教に帰依した者は教団に対して、その全財産を寄付し、共同体として共に畑を耕したり、家畜の世話をするなどの労役を課される事になるが、教徒達はそれに文句を言う訳でなく楽しそうに勤めに励んでいる。
ちなみに教団帰依前にいくら資産を持っていようが、その後の待遇に何の差異がある訳ではなく、だが教徒となった者達はその能力、社会的なステータスを何ら差別、迫害したりする事なく、共に原始的な農村的価値観に基づく社会性を持って、共同生活を送っている。
そしてその生活を送る前は、かなり裕福な生活を送っていた老婦人の瞳が、照り付ける太陽から手で顔を守りながら、少女二人に言う。
「太陽ってこんなに眩しいものだったんですね。私、今まで分かりませんでした。私は常に日傘で体を覆ってましたから」
顔を覆った手の隙間から陽光を覗き込みながら、瞳が静かにそう言った。
「確かに、私もあまり土をいじったりした事はありませんでした。でもこうやって大地を感じるのも良い事ですよね。天の川さんとも色々ありましたけど、今ではこうやって仲良くしています」
色々あった。っという言葉に様々な意味を込めながら、農園に設置されている野ざらしのベンチに座って、弁当の芋を頬張り語る。
「こうやって現在の社会から解き放たれ、人間がこの星に生きる本来の生き方を取り戻したこの生活は素晴らしいし、今後も続けていくべきだと思います、私」」
天の川が同じく弁当を口にしながら笑顔で訴える。
そして出された弁当を全て平らげたのか、すっとベンチから立ち上がると、二人に言葉を続ける。
「私達はやっている事は正しい。だから、それは非難される云われは無いし、やはり間違っているのは俗世の方です。だから私達はそれに戦わなければならいし、そして取り込んでもっと大きくならなければならないんだと思います」
述べる天の川。そしてそんな彼女の口上を他の二人がうんうんと相槌を打ちながら聞いている。
「だから、これからも私達は増えましょうね」
「増えて増えて、どんどん死ぬんです」
天の川は自分の腹を押さえる。それは先ほど詰めた食物で多少膨らみ、それが彼女の呼吸で更に膨らんだり縮んだりを繰り返していた。
「この中に、また大きな物を詰めなくては。それが、生物として私達の務めです」
天の川が笑う。そしてその詰まった腹をさすりながら顔を上げ、続ける。
「種付けは、今日もあるんでしたよね」
天の川が最後にそう恥ずかしそうに言った。
それから彼女はその言葉の意味に釣られるように顔を紅潮させ、恥ずかしそうに顔を下げる。
それからしばらく作業を続けた後、夕焼け色に染まる空をバックにして彼女達はその住処に向かう。
そこは住宅地にそびえる巨大な西洋風の邸宅で、彼女が作業していた農園と同じ、近所の住人から摂取した土地と資金で作られた大豪邸だった。
そしてその邸宅には部屋に仕切りが設けられている様子は無く、まるで体育館内部のような構造で、信者達に雑魚寝という平等な形で、満遍なく寝床を提供している。信者千人をすっぽりと囲える、その巨大な大庭園と邸宅で、天の川含む数百人の男女が、主神シロガネに捧げる為の生命を生み出す為の、命の雄たけびを上げていた。




