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機械じかけの私とお父さん  作者: ブラックサレナ
姉妹1 宗教好き
37/40

噂のあの人


 例の宇宙人騒動から、早2年の月日が流れた。

 2年前、あれ程騒がれていた騒動も、今はネットの中で断片的に語られる話題の一つでしかない。

 忘れ去られた宇宙人。

 当時はあれ程テレビ出演していた専門家も、見なくなって久しい。


 居なくなった宇宙人。


 それの存在を信じていた者達が苦し紛れに言った言葉。

 その言葉が真になったがの如く、世界は動いている。


 そして、そんな世界で少女が一人。彼女は、ごく普通な女子中学生。


 彼女はとある噂を耳にして、それを頼りにやってきたのだ。


 彼女は病気であった。それは皮膚病である。

 自身の硬質化したような皮膚に覆われる病気。


 彼女はその病気にこれまでずっと悩まされてきた。

 彼女が自分という存在がおかしいのだと分かったのは幼少期から。


 周りの大人達は彼女を避け、子供達は気味悪がる。

 虐められる、なんて事は無い。ただ、避けられる。

 それだけ。


 自分の性格のせいもあるだろう、友達も、出来なかった。

 だが、両親だけはそれを受け入れてくれた。

 病気を持ってもなお、彼女を愛したのだ。


 しかし、その両親も既に他界した。

 半月程前に、交通事故だ。無くしたのだ。


 彼女は残され、親戚はいるものの、彼女は自分を歓迎されていない事は分かっていた。

 だから、彼女は死のうと思った。


 しかし、その前に奇妙な噂を聞いたのだ。病気を治す、シスターの話。


 その噂では、どうやらそのシスターは何でも治してくれるが、その代わり治した者の魂を奪うらしい。

 つまり、病気は治すが、その後殺す。

 そんな、理不尽な性質を持った都市伝説の一種。


 彼女もその話を学校で立ち聞きした時は、あまり心には止めず、翌日を迎えたが。

 しかしその翌日、学校でその噂を聞いていた女子の一人が、失踪した。

 忽然と、家から姿を消したそうだ。


 それからその女子は学校に現われなくなり、その後一ヶ月もした頃には彼女の席は消えていた。

 話を聞く限り、彼女は実は重い病気を抱えていて、それは慢性的な形で彼女を苦しめていたらしい。


 だから、彼女は例のシスターには会いに行った。そして治って、死んだのだ。

 おそらくは。


 そしてそれを聞いて、まだ生きてる彼女が続いて、ここに居る。

 そのシスターが居るという住所を、噂から見つけ出す事が出来た。


 それは一年程前に、一家のバラバラ殺人があったという地域の近く。

 彼女はそのニュースを覚えていた。


 わりと近所だった事もある。

 そしてニュースの中で、その一家の母親の病気が、事件前に治っていた。

 などという情報も流れていた事も知っている。


 なんでも、重い癌で苦しんでいたその母親の口から、癌が飛び出した。

 そういう事らしい。


 だから例の噂は、そのニュースから生み出されたのだろう。

 ただの噂、だがメディアという媒体で紹介された、れっきとした事実から生み出された噂なのだ。


 それが彼女を信じさせた。病気で人とは違う容姿である自分。

 それを一瞬でも良い。

 全て取り払った状態で、見る事が出来るのなら。


 彼女に悔いは無かった。家族は、もう何処にも居ない。

 ならば、せめて綺麗な体になって、彼女は両親の元へと行きたかったのだ。


 そして彼女はシスターが居るという土地に辿り着く。

 そしてその地に着き、開口一言。


「光宇宙川さん…?」


 あまのがわさん、漢字に変化するとまったく意味が分からなくなる、かつての同級生。

 彼女は失踪した筈の、彼女だった。


「夕日さん、貴方もいらしたんですね」


 夕日、それが皮膚病の名前。皮膚病に苦しむ、彼女の名。

 そして光宇宙川、夕日である彼女の、学友だった者の名。


 彼女は尋ねた、なぜここに居るのか、と。

 光宇宙川は言う。神の元に降りたのだと。


 押し黙る彼女に光宇宙川は続ける。

 神は存在した。神は私の病気を治してくれた。

 だから信心した。神の元に一つになったのだ、と。

 

 そして彼女は続ける。 

 

 夕日さん、貴方もどうか、っと。 


 光宇宙川に言われ、押し黙ってしまう彼女。

 光宇宙川は続ける。


 貴方の醜い顔を、治したくないのかと。

 貴方は醜い。

 そして家族も死んだ。

 だからここに来たのではないかと。


 醜い。


 今まで生きてきて、面と向かってそんな事を言われたのは、彼女は初めてだった。

 彼女はおずおずとした態度で、漢字にすれば分からなくなる名前の彼女に尋ねる。


 治って、それからどうするのか。

 奇名である彼女は答える。


 神の使徒となり。元の名と、身分を捨て。


 コンビニでバイトしたり。

 畑を耕したり。

 動物の世話をしたり、

 近所の子供の面倒を見たり。

 テレビを見たり、おやつを食べたり。

 ネットで噂を流して布教したり。

 まぁ、後は色々。


 光宇宙川はそう言い終えると頬をカリカリと掻きながら、口を歪めてそう言った。


 彼女はそれを聞いて、あまり意味が分からなかった。だから再び尋ねる。


 そこで彼女は。


「夕日さん、私、改名したの」


 唐突な光宇宙川の言葉、彼女はそれから尋ねた。ではどんな名か、と。


「私はあまのがわ、天の川と書いて、天の川よ」


「これが、私の本当の名前」


「ひかりうちゅうがわ、なんて呼ばれる名じゃない」


「あまのかわ、天の川」


「ここでは、皆がそう呼んでくれるのよ」


「そして、そう書ける」


「天の川と書いて、皆それに納得するの」


 天の川は、そう嬉しそうに微笑んだ。


「私は確かに病気で苦しんでいた」


「でも、それ以上に苦しんだのはこの名前」

「どんなに勉強を頑張っても、どんなに良い行いをしても、周囲は私の名でそれを下に見る」


「あの子は頭が良いけど、名前が光宇宙川。どんな良い事をしても以下、同文」


「私は、それが嫌だった」

「その名前がある世界が嫌だった」


「だから、ここに来たの」

「そして、私の願いは叶った」


「私は生まれ変わったの」

「もう、病気は無い」


「私という存在も無くなったけど」

「でも、幸せよ」


「私は今、神の御許に居る」

「そして、祈りによってその恩恵を受ける体となり」


「大いなる神、シロガネ様の信徒となった!」


 彼女は天を見上げる。その顔は喜びに溢れていた。


「さぁ、夕日さん。貴方もシロガネ様を受け入れる為にここ来たんでしょう?」

「ならば、一緒に信じましょう」


「大いなる神」


「絶対なる神」


「邪神」


「世界を食らい、全ての神を食らう邪神!!」


「邪神シロガネ様の信徒に!!!」


 最後に、天の川はありったけの感情を表に出して、アスファルトの上に跪き、天を向いて絶叫する。


 彼女はそれを見て、怖くなった。

 だから、言ったのだ。


 やめておく。

 そして、帰ると。


 それを聞いてから、すぐだ。

 天の川は素早い動きで彼女の顔を見ると、そのまま思い切り、彼女の顔を両腕で掴み、力を強める。


「い、痛いよ!天の川さん!」


 彼女は耐え切れず声を上げる。

 そして、掴まれた両手の隙間から、掴む天の川の顔を見る。


「よかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかったよかった」


 天の川はその見開いた目で彼女を見据え、よだれをうんとたらした口で、同じ言葉を繰り返す。

 天の川は彼女を見ている。だが、見ていない。

 まるで正気を失ったような表情で、言葉を繰り返しながら、掴んだ両腕の力を強くする。


「い、痛いよ!痛い!」


 彼女はそれを何とか振りほどこうとするが、彼女の強い力の前にそれは無力だった。

 掴んだ天の川の両の爪が、彼女のその硬質化した病魔の皮膚を裂き、その肉を食い込ませる。


「痛い痛い痛い!!痛いよ!」

「誰か!!誰か助けて!!」


 耐え切れず、周囲に助けを求める彼女だが、それに気付く者は誰も無い。


 爪の肉が更に深く食い込む。天の川が言う。


「良かった!良かった!!私の私の名をし知る者はきょきょひしたたたた。な、ななななななら、良いんだ!かみ、かみいいはゆるしてくれる!だからささげなけけければ!わ、私は神の使徒!!これは供物だ!」


 そう言って、より力を強める天の川。

 天の川はそのまま彼女を押し倒し、その手を頭から首に移動させ、彼女の首を思い切り掴む。

 掴む腕から分かる、彼女の喉仏が動く感覚。


 唾を飲み込もうと喉を鳴らそうとする彼女だが、天の川に掴まれた手がそれを阻害する。

 息が出来ない。苦しい。彼女はそう思った。


 だが、しばらくすると何も考えられなくなった。

 意識が遠のく。私は……


 そこで彼女は悟る。

 死は傍に近づいていると。


 もう抵抗も出来ない。

 組む伏せる天の川のよだれが顔にかかる。


 自分は、ここで死ぬのだ。だが、自分で死ぬのではない。

 自殺でないのだから、自分はきっと……


 どこかで聞いたような宗教の概念を持ち出し、彼女はその死の正当性と救いを生み出した。

 彼女の記憶が薄れる。

 そう、彼女はここで。



「何をやっているの、妹よ」



 記憶が薄れる直前、声が聞こえた。

 その声が聞こえた瞬間、彼女の記憶が覚醒する。

 瞬間、首の強い痛みを感じ、咳き込む彼女。


「駄目よ、彼女は殺しちゃ駄目」


「彼女には、素質がある」

「彼女を受け入れるわ、妹よ」


「大丈夫、名に関しては消しておきます」

「それなら、貴方も安心でしょう?」


 徐々に意識は覚醒しつつあるが、それでもまだはっきりしない意識で、彼女はその言葉を聞く。

 言葉の主は続ける。


「受け入れなさい、シロガネ様を」

「そうすれば、救ってあげる」


「他人より、自分が救われる方が、良いでしょう?」

「貴方に全てを与えてあげる。永遠の命」


「そして、綺麗な体」

「欲しいと、思わない?」


 その問いは、自分に対しての物だったのだろう。

 そうだ。良く考えてみれば。

 私に帰れる場所なんて。


 それから、彼女は受け入れた。


 瞬間、体の表面から、ポロポロと何かが零れ落ちてきたような気がした。




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