セカンドコンタクト
大騒ぎなど無かった。
もはや慣れ親しんだような与太話。
そのニュースを、世界の人々は好奇心と、そして疑いを持って迎えた。
国際宇宙ステーション、その艦外で、謎の宇宙人が壁をノックしていた。
そして、飛行士の宇宙服には、掴まれた時の指紋がべっとりと付いていて。
それから……
そんな情報が、世界に流れた。
だがしばらくして、人は忘れていった。
国際的なテロ。そして紛争。
人種間の問題も、いまだ世界で止むような事は無い。
人はその文明も利器を進化させ、世界中の人々がインターネットで繋がり、そして争う。
あらゆる情報が行き交い、そして消えていく世界。
古い、まだ発展途上だった世界の夢は。
世界が繋がり、その情報を共有する世界になった現在では、もや古臭い古典でしかなく。
[宇宙人]という存在は、もはやオカルトの部類へと追いやられ、様々な否定理論や、現実の宇宙開発の目に見える成果の無さから、もはやマトモに議論される問題ではない。
それは凄いね。居たら良いね。
それだけ言って、みなが全てを忘れ、そして新しい話題に現を抜かす。
そして、それが世の正常なのである。そうして、現実の世界は流れて行く。
それが世界の正常の姿。夢ならば、見たい奴が見れば良い。
そう……彼女も思っていたのだが。
彼女は見る。 彼女には名はある。
しかしそれはあまり重要ではない。故に彼女の国籍だけ告げる。
彼女はアメリカと呼ばれる国家の女性。世界最強の国に居る女性である。
年齢は45。夫と息子が二人居る、一般の女性。
だが、彼女は繋がれていた。
何に?
それは手術台に似た、何かの台。そこに、彼女は繋がれている。
手足の自由は利かない。声を出す事も出来ない。
そもそも、体が動かないのだ。
ならば、手術台で縛られる理由もないだろうが、彼女はそれを思う余裕は無い。、
なぜなら、縛られているから。声を出す事も出来ないから。
そもそも、体が動かないからだ。
彼女は、唯一見る事が出来る、天井を眺める。
そこには、小さい豆電球が、一つぽつんと明かりを灯しているだけ。
小さく揺らめくその光が、彼女の不安をより大きな物へと変えて行く。
彼女の精神に何ら異常は無い。だが、異常が無い故に揺らいでいる。
様々なシナリオを頭に過ぎらせる彼女。
マフィアの襲撃か。
それとも子供のいたずか…
それとも……身代金目的の誘拐か…
真ん中に、一番そうあって欲しい安置を置いて、彼女は考える。
最後に、これは夢なのではと考えたが。
夢とは、こんなはっきりしているものではない。
もっと曖昧なものだ。
彼女は、冷静だった。
だが、冷静であるが故に恐ろしい。
自分の運命がこれからどうなるのか、彼女は何一つ分からなかったからだ。
突如、音が響く。重い鉄の扉が、苦しそうな音を出して開く音。
何が、来る。
彼女はその呼吸を荒くして、これから起こるであろう事の顛末を祈った。
突如、彼女を拘束している手術台が動く。
その手術台は彼女の上半身を徐々に立たせ、病人が見舞人と会うような位置に着くと、止まる。
その格好は仰向けより楽だったので、彼女はそこで少し安心した。
そして彼女はその後、声を聞く。
フォフォフォ、それだけが連続して聞こえて来る声。
声の感覚は、若い。
若い、それも女性の声で、その声が聞こえて来る。
フォフォフォ、声は続いている。
彼女は声の出所を探す。
そしてその声の主が、目玉を動かせば見える位置に居るのだと気付いて、それを動かし、それを見る。
そして一瞬の沈黙、後、彼女は眺める。
それはセミ、だろうか?
そして、それは…ソフトビニール、だろうか。
それは子供のおもちゃに似たような質感で、明らかに偽物なのだろう。
生気が感じられないその外面から、人の形をした何かが、蟹のハサミのような二本の腕を上下させて、声を出している。
フォフォフォ、声は続く。
彼女はそれを見て、どうすれば良いか分からない。
銃を突き立てられ、脅されている訳ではない。
だが、それだけに不気味な光景。
一瞬、友人の悪戯だろうかと頭をよぎったが、こんな悪趣味な事をする友人とは、そもそもそんな関係になっていないだろう。
彼女は言いたかった。
何者なのだ、っと。
しかし、彼女は口が聞けなかった。
しばらく目の前のセミのような蟹の独断が続く。
それから、彼女の記憶は途切れた。
そして、また世間が少し賑わった。
例の宇宙人騒動から続く、ちょっとした話題。
勿論、それをまともに信じる者など居ない。
よくある与太話。
宇宙人騒動に便乗した中年女性のお小遣い稼ぎ。
誰もが、その話題を流した。
信じる者も居ただろう。
だがそれは所詮与太話。
少し賑わって、少し終わる。
だが、遠く日本と呼ばれる国の人々は、それを大いに訝しんだ。
なぜなら、彼女が宇宙人の姿だと写した、それの似顔絵は。
あまりにも精巧な形で、国内の某特撮の怪獣、そっくりであったからだ。
だから、その事実を知った者達は、より彼女を罵った。
彼女を嘘つきだと。そして笑うのだ。
そして流れて行く。
だが、それはそれを許さなかった。
フォフォフォ
本日30人目の彼女が、初代彼女と同じ地で、初代彼女と同じような処遇で、同じ待遇を受ける。
そして、それを受けた者は次々とペンを取り、書くのだ。
それを。
そして、それは100人に届く一歩手前くらいで、ぴたりと止んだ。
それから、世界は少しこの事に注目するようになる。




