ファーストコンタクト
小さい頃から宇宙が好きだった。
空を見上げると、それはいつもそこにあって、身近だけど、あまりにも身近すぎてそれに気付かない。
それは普遍にそこにあって。
そして、仮に僕達がこの世界から無くなってしまっても、それだけはきっとずっと存在する。
そして、それはずっと先が見えなくて、未知で、未開拓なのだ。
もはや、誰かが全てを晒し、今はその取りこぼしを探すだけの世界とは違う。
本当の意味の、無限のフロンティアがそこにあるのだ。
だから、僕は宇宙を目指した。
確かに、まだ技術も知識も不足しているかもしれないけど。
でも、それが逆に僕の冒険心を刺激した。
洗練されていない。未開であるという事は、
つまりそれだけ先人が到達していない次元に居るという事だ。
そして、後ろから続く後進の者達にとっては、自分達の一挙手一投足、その全てが手本となり、そして、それが脈々と続いていく。
いつか未熟な僕達とは違い、大きな、人類の発展に寄与する、大きな一歩を踏み出す存在が現われるだろう。
狭い宇宙の中で漂い、漫画やアニメのような、凄い技術や宇宙船は持たないけれど。
僕達、地球人は……
国際宇宙ステーション。
その建物の外側、つまりむき出しの宇宙から、ステーション内の外壁を叩く音が聞こえてきた。
初め、宇宙飛行士達はそれを何かのスペースデブリ、つまり宇宙ゴミなのではないかと疑い、ステーション内の通信施設で地球へと交信を始める。
母星の管制官達は、事態の静観をするように伝える。
飛行士達はそれを了解すると、それぞれ指定の場所で待機する。
そして、それからも断続的に外から壁を叩く音が聞こえて来る。
もしや大量のデブリが一塊の流れとなり、ステーションに飛来しているのか?
不安、恐れ、内部の飛行士達はその音が収まるのを固唾を呑んで見守る。
音の正体はデブリであろう。
飛行士達はそう確信する。
なぜならば、この広い宇宙の中で、ステーションの壁を叩くなんて、同じ宇宙にある物でなければ考えられない話だ。
そして宇宙に飛行機はない。勿論生物など存在しない為、鳥や飛行機がぶつかってきた、なんて確立は万に一つも存在しない。
だから、そう考えるしかない。
音が収まるのを待つ飛行士達。
様々な思考で固まる飛行士達だが、その答えの先にはこの音による被害の把握をしなければならないという思いだけは一緒だった。
もし、デブリによる衝撃でステーション内部の環境に問題が生じたとしたら、それこそ自分達の命に直結するからだ。
宇宙とは、常に死と隣り合わせ。
人類が作り出した文明の利器の外から外れれば、たちどころに脆い自分達の生は無くなってしまう。
それが分かっているから、彼等は何も言わない。ただ、その嵐が過ぎ去るのを待つ。
だが、その嵐は一向に止む気配が無い。
音は続く。未だに続いている。
止む事も無い。連続した、何かを叩く音。
飛行士達の一人が気付く。
これは、外から何かが叩いているのでは。
宇宙飛行士と言うのは、選ばれたエリート達である。
その為、先程の言葉を聞いて、考える。飛行士の一人が辺りを見回す。
だれか、この場に居ない者はいないか。外に居る者は?誰か欠けている者は。
飛行士達は辺りを見回し、それを探す。
だがしかし、そこには全員しっかりと存在し、誰も欠けなど居なかった。
音は続く。おおよそ3分程度。
だが、それだけで飛行士達は異変を思う。
外から何かが叩いているのでは?
最初に誰かが言ったその言葉。
音が続いてる空間の中で、誰もがそれを頭の片隅に置き始めている。
だが、物理的にはありえない。なぜなら、ここには全員居る
外から、誰かが叩くなどありえない。
片隅に情報を置きながらも、自分達の常識はそれを否定する。
音は続く。もう5分は経っただろう。
飛行士達は動けない。
常識と非常識の狭間の中で、自分達が今体験している事実に怯み、たじろいでいる。
しかしその中で、一人の飛行士が口を開く。外を見てみよう。
静寂を切り裂くような、彼の言葉。
誰もそれに異を唱える事はしない。
数秒、みながその言葉に体を固くさせたが。
少数での集団生活に慣れた彼らは、誰かに言われたでもなく、その音の正体を探るべく。
むき出しの宇宙へ進む、外部へと続くハッチの扉を空け、勇敢なる一人がそこへ向かう。
ステーション内には窓がある。
本来ならばそこを覗くのが定石であっただろうが、飛行士達はそれに気付かない。
それに気付く余裕は無かった。
そして飛行士の一人が外へ着く。
国際宇宙ステーション。その外は暗黒の宇宙であり、その下には母星の青星の絨毯が広がり、飛行士達にその夢にも似た非現実の光景を見せている。
そして、外に居る飛行士達が、もう一つの非現実の光景を目にした。
文明の利器によって守られなければ生存が不能とされる、その空[宇宙]の外。
ステーションの壁の上でしゃがみ、その壁をトントンと叩く、女の姿を発見した。
なぜそれを女と思ったのか。
それの髪は黒く、そして目も黒く、そしてその胸元はやや控えめに膨らんでいた。
それの髪は長い、足まで届く長髪。その長い髪がゆらゆらと揺れている。
そしてそれはスカートを履いており、その下のデリケートな部分を保護してるのだろう。
それを見る飛行士。そしてそれも飛行士に気付く。
ニヤリと笑う未確認のそれ。
それは確かに人であるだろう。形だけは。
だが、それはやはり人では無いだろうと飛行士は感じた。
なぜなら宇宙で、しかも生身で生存できる人など存在しないからだ。
人は宇宙では生きれない。
人が宇宙で生きるには、人がその知恵を練って作り出した服がなければならない。
しかし、それは何も着けていない。
見たところ、むき出しだ。
長く黒いタイツの上、スカート近くのその隙間には、むき出しの柔肌が露わになっている。
飛行士はそれを見る。
まじまじと、そのスカート、そして胸元の控えな谷間を眺めるのだ。
飛行士の顔を見るそれ。そして未確認存在の胸元とその下を見る飛行士。
それから、動いたのそれだった。
それは、銀色のステーションの壁を歩き、のそのそと近づいて来る。
まるで重力を感じさせないその歩きは、そこにそれが存在していないのではという錯覚を思わせる。
それが近づく。だが飛行士は動けない。
恐怖から?好奇心から?
その両方から、飛行士は動かない。
そして、それが飛行士の目の前に立つ。
瞬間、飛行士はその頭を掴まれる。
もちろん、素肌は触れられていない。
全面の透明な防御板の上から、飛行士はそれの手の平を見る。
まじまじと見るそれの姿は。あまり、タイプではなかった。
が、可愛らしい少女ではあるだろう。
見つめあう二人。瞬間、それが手を離し、後ろへと飛ぶ。
飛行士は無意識にその手を大きく前に突き出す。
だが、彼が瞬きを一つする間に、それは跡形も無く姿を消した。
静寂が包む暗黒の宇宙。
そこに飛行士は立ち。
目の前の光景の残骸を記憶から探す。
それの容姿。それの行動。
そして、全面にべったりと張り付いている。
それの、指紋らしき汚れ。
飛行士は何も考えない。飛行士は何も語らない。
ただ目の前の光景をリフレインさせ、それが現実であっただろうかの確認をする。
それの声は知らない。
それの素性も知らない。
だが、ただあるのは前面の指紋。
それだけが、それがそこに居た事を確かに証明していた。
飛行士はしばらく立ち尽くし、その後、ステーション艦内へと戻る。
そして、まずは一言。
デブリでは無かった。
それだけ伝えて、一呼吸置いた。
それから、先程の事を伝えるべきかと短く思案した。
それが、それとの初めての遭遇であった。




