地球最後の日
「あ、長女さん。こんばんわ!」
「ああ香住さん、今日もよろしく」
「はい!あ、それと例のゲーム、反響凄いですね!」
仕事場についてすぐ、彼女がまくし立ててくる。
「タダゲーであのクオリティは凄いって、結構話題になってる感じなんだろうね」
私はその言葉に続く。とりあえずは、付き合うつもりだ。
「はい!でもあれ私プレイしましたけど、普通に最新のゲームよりグラフィック凄いんじゃないですか!?」
「街の住人の反応も病的なまでにあるし、それと、夜になったら部屋で皆寝るんですよね!」
「株も出来るし物件も買える、洋服コーディネートして、ファッションリーダーにもなれる!その上その事に関してしっかり街の住人が反応して、それも声付きで!」
「ゲーム中で私が作った服が流行って皆それ着てたりとかも細かくて!」
「本当、何でも出来ますよね!」
「それと近世時代の、この国の街並みが凄かった!」
「その時代の資料、パパと一緒に沢山調べたからね」
「近世時代のゲームってあんまり無いから新鮮でした!それで、それで私がその主人公で!」
「あのゲーム、海外でも凄い好評で!私の声も世界デビューな感じで!」
「多言語版も結構出したからね」
「もう個別のキャラスレなんてあるし、画像投稿サイトでも人気上昇してるし!」
「私、あのゲームのお陰で最近すっごく名前覚えられて、仕事も増えたんですよ!」
「作中で歌っていうか、童謡も歌って、歌唱力も評価されて、CDも出さないかって!」
「他のアニメの主役も決まるし!もう私あの作品のお陰で最近!」
「香住さん、仕事、しましょ」
「あっ……」
私の言葉を聞いて、少し落ちつく彼女。
「へ、へへへ、す、すいません」
「と、とにかくあのゲームのお陰で!私最近順調なんです!」
「しかも、お給料も良かったですからね!事務所に渡す分とは別にお給料くれるんだから助かりました」
「それと自社スタジオもあるなんて凄いですね!事務所もすっごい綺麗でびっくりしました」
「あと食堂も良かったです!白銀さん、料理上手なんですね!私、本当に長女さん達に会えて!」
「香住さん、そろそろ仕事だから、ね」
「あ、あ、は、はい。へへへ」
営業時間前、彼女が出勤してきた。
最近の彼女は本業の仕事が順調なのだろう、かなり上機嫌で、今日もその事について私に話している。
正直少々疎ましいが、自分達が作ったゲームで彼女の人生が上向くなら、自分としても鼻が高い。
「それと、白銀さんって格好良いですよね」
「実は私、もっとオタクっぽい人想像してました」
「身長も高いし、格好良いし、なんであんな人が」
「あんな人が?」
「あ……なんでもありません」
おそらくネットで検索でもしたのだろう。
父の事を話してしばらく、私の返しを聞いて彼女が黙った。
父の外面は確かに素晴らしいけれど、まぁ、ネットでのその素行を知ればあれこれ言いたくもなるだろう。
私も、最近の父はちょっと分からなくなる時がある。
「あ、長女さん」
「うん?なにか?」
「それでゲームの新作、声優さん、誰か考えてるんですか?」
「考えてるけど?」
「わ、私とか……どうです?」
「他にも知り合い紹介してくれたら良いよ?」
「も、勿論です!!」
「ぜ、是非紹介させてください!」
「なら、もっとランク高い人知ってる?」
「え……?」
「うーーん、知ってますけど…」
「○○○さんとか知ってる?あの特徴的な渋い声出せる人」
「あ、はい知ってます。事務所も同じですし」
「ランク報酬の5倍出すから、出演お願いできない?」
「5倍!?、ですか?それなら……」
「どうかな?呼べる?」
「でも、お金とか大丈夫なんですか?あのゲームも結構喋ったし、あの人のランクなら、もっとかかりますよ?」
「その為のこの店だから」
「ええ!そうだったんですか?」
「そうよ、その為のこの店」
「はぁー、そうだったんですね」
「父は、趣味には本気出すタイプなのよ」
「結構厳格そうで、静かな方でしたけど、意外です」
父の外面は割と物静かだ。
家では私達に結構喋るけども。
「とにかく、色々紹介してよ」
「はい、分かりました」
「なら長女さん」
「うん?」
「これからも、よろしくお願いしますね」
彼女が笑顔で、そう宣言した。
だが私は聞きたい事があったので、それを無視して、彼女に尋ねる。
「貴方は」
「はい?」
「貴方はロボットに雇われて」
「なんか、感じる事はない?」
「は?」
「は?って、どういう事?」
「あ……」
「あ、そういえば長女さんはロボなんでしたね」
「最近、すっかりその設定忘れてました」
「…………………」
父が言っていた言葉。
人は慣れる。
そう、そうなんだろうな。
人は慣れる。
この世界でもあちらでも。
そう、だから。
「アップルンルンルン!!」
「ひゃっはぁああああああああああ!!」
「僕はアップルンだよ!!」
「林檎の世界からやってきた、林檎の妖精なんだ!!」
「林檎の妖精、アップルンだよ!」
「林檎の世界から、この世界を救う為にやってきたんだ!僕は悪いビョウキーンをやっつける為に来たんだ!」
「皆、林檎を食べようね!!」
「林檎は食べれば医者要らず!」
「林檎は美味しいし、健康に良いよ!」
「ひゃっはぁあああああああ!ひやあああああああああ!!おっふうぅううううう!ふぉぉおおおおお!!もるさぁあああああああ!」
「もももももももあっふうううううううう!」
「…………………」
とある大手の動画投稿サイトに投稿された、林檎の妖精、アップルンの自作動画。
林檎大名が存在する県庁の前で、謎の林檎の着ぐるみを着た、140センチくらいの手作り感溢れる顔をした何かが、飛んだり跳ねたりしていた。
しかも動画時間は3時間。
同じような事を言いながら、様々な動きでダンスを続ける。
時折市職員から追い出されそうになる映像も流れるが、しばらくしたら戻って来て、同じ動きをする。
そんな事を、動画内で父は3時間続けていた。
「………………」
そして私達姉妹はその様子を父に見せられ、全員で眺めていた。
「え、パパ……」
「え、えっと……」
動画を一通り見終えて、妹達が言葉を詰まらせながらあたふたしている。
そんな妹達の慟哭を貫いて。
「どうだ、凄いだろう」
父が言う。笑顔で。
「パパ、これ……えっと」
「パパ、本当に愚かになってしまったの?」
様々な事を心配するかのような視線で、父を眺める妹達。
私は父の過去を知っている為、そこまでではないが、そういった面を直接見た訳ではなかった妹達には、かなりショキングな映像だったようで、父の顔をまじまじと眺めながら、その正気を疑う発言を繰り返す。
しかし父はそれに動じた様子を見せる訳でもなく、あれこれ煙に巻くような発言をして、妹達を黙らせる。
「でも、インパクトがあるだろう」
様々な言葉が飛び交い、議論され、そして結論がこれである。
「言っただろう?人は慣れるけど、インパクトがある物は記憶には残る」
「俺のネットの悪評が残り続けるように、この馬鹿な行為してるアップリンもまた記憶には残るのさ」
「でも、残っても結局は悪評じゃない……」
私の言葉。
「それでも、利用出来るものは利用すりゃ良い」
「どうせ、俺が失う物は皆硬いんだ」
「なら、安心だろう?」
「だから、世界でもっとも硬い俺達が、柔らかい連中にその硬さを見せてやれば良い」
「アピールだよ!アピール!それに大丈夫、市庁舎で騒ぐのはもう辞めるさ」
「だから、今度は地方局の報道に勝手に潜り込もう!」
「インタビューとかしてる所を狙えば良い。祭りとかのな」
「目立てば良いんだよ!目立てば!!」
そうやって笑う父。
それから父は地方局の報道の邪魔をするようになり、祭りやイベント会場で派手な行動して、注目を浴びるようになった。
それからは父の思惑通りの展開。
父は大手のテレビ局での出演を果たし、そこで今まで隠していたアップリンの戦闘用のモードだとされる形態を表わしに、茶の間の度肝を抜いた。
アップリンの着ぐるみの中で体育座りをしていた父が、モード開放で立ち上がり、例の[銀の騎士]の形態を表ざたにする。
そう[銀の騎士]だ。
アッチの世界で全てを征し、あらゆる物を破壊しつくした文字通りの戦闘モード。
こちらの世界の者達ではない者達の血と涙と怨念が、その鎧には刻まれており、そしてそれはこちらの技術とあちらの魔法技術により、もはや[騎士]を破壊するのはどちらの世界にも出来ないだろう。
[銀の騎士]として召喚され、その任を全うしていた筈の父だが、だがもはやその任で守るべき筈の[召喚師]の姿も、実は無い。
父は、もはや全てを達成してしまっている。
あちらの世界の住人は、もはや父に従うだけだ。
あちらの世界ではソウル練成による魔法で作り出されたゴーレム達が闊歩し、人々を支配している。
あらゆる生物が父により陵辱、利用され、そう、文字通り悪魔のような所業で、世界を支配している。
異世界から召喚された勇者は。
その世界をぶち壊す、立派な悪魔になったのだ。
あちらの世界はもはや父の実験場。
あらゆる物を殺し。
あらゆる物で実験する。
泣こうが関係ない。
死を望もうが無意味だ。
ただその生を利用され、それを拒否する術がない世界。
あちらの世界はもはや地獄そのものだ。
父の全ての知的欲求を解消する為の、箱庭にすぎない。
もし、あちらの世界が本当の世界だったのだとしたならば。
こちらの穏やかな世界は、所詮はまやかし。
だが、この世界が私達にとっては紛れも無く現実。
だから、普段の穏やかな世界が、私達の本来の姿なのだ。
だが、父がこちらで出したあの鎧は、本来この世界にはあってはならない物。
人の魂を弄び、そしてそれ以外も弄ぶ。
もはや、何で汚れたか分からない癖に。
何も、どこも汚れず、通り過ぎる鎧
そんな鎧は着て、父は人目にその姿を晒している。
「あれ、パパだよね?」
父がスタジオの撮影に行って、居ない。
そんなお昼の居間の空間。
私達は父が出演しているテレビを見ている。
「うん、あの鎧、見た事ある」
「でも、あまり着てるのは見た事は無いね」
「パパ、あの鎧を着て、何をするつもりなんだろう」
「かっこいいね。パパ、ああいう感じの姿になって、私達の[仲間]になれば良いのに」
唐突な、妹の言葉。
「パパが、私達の仲間に?」
「そう、だってパパは私達のパパなんだよ?」
「パパは……私達のパパなの、ずっと……」
「だから、下等な人間と同じ仲間なんじゃない」
「だからいつかパパは、そんな人間を辞めて」
「いつか、私達と同じ所に帰って来てくれる」
一番変わった風な妹が、その心中を吐露する。
今にして思えば、彼女は父の心理を代弁していたのかも。
なら、父はあの姿を[本来の自分]にしたいのだろうか。
父が、私達と同じになる?
私達と父が、同じ世界を……
私は、彼女の言葉が聞きたくなった。
その言葉を聞いて、気持ちよくなりたかったのだ。
そして、私は彼女に尋ねる。
「なら、貴方はパパが[私達]になって、どうすれば良いと思っているの?」
「それは………」
彼女が言う。が、彼女がその後の言葉を発する前に。
「今帰ったぞ」
父が帰って来た。
「あ、パパおかえり!」
彼女の言葉が聞けなかった。残念がる私。
だが冷静になれば、父が[そういう]事をするのは、もっと先になるだろう。
だからこれまでと変わらずに、私達はこの世界で、穏やかな日々を過ごす。
しかしそれも、いつか壊れるかもしれない。
でも、いや、それでも良い。
父と、私達との、この穏やかな生活を私は。
「お父さんな」
「え、何?パパ」
私だけが居間に残り、父は娘達に囲まれている。
そんな状況の中、父が何かを言おうとしているようだ。
「お父さんな」
「お父さん」
お父さん、それ、で?
私は遠くの空間から、その後の言葉に耳を傾ける。
「お父さん、やっぱり寄り道するの飽きたよ」
聞こえる、父の言葉。
飽きた?父は飽きた?
何に?もしかして、人で居る事に……?
それなら、父は……?
「お父さん、この世界を滅ぼそうと思う」
娘達に対して、そう笑って言う父。
「繋がりを保って、何とかそうならないようにと思った」
「だから声優集めてゲームしたり」
「飯屋を始めたりした」
「ゆるキャラなんて始めたり」
「だけど……」
「順序が、悪かったな」
「俺は、やっぱり」
「俺はやっぱり、狂っているんだよ」
「もう、繋がりなんてどうでも良い」
「お前達を作ってしまった」
「繋がりなら、もう、あるもんな」
父は、何を言っているのだろう。
「だから、もう全部良いかなって」
「世界を滅ぼす」
「この世にある全てを、ソウルへと変える」
「そして、見つけるんだ」
見つける。それは……?
「見つけるって何を?」
私は尋ねる。
「神を」
父が答える。
あまりにも唐突な、その言葉。
「神?」
「そう、この世に神が居て、宇宙を作ったのなら」
「それを創造した神って奴がいる筈だ」
「よく、宗教家達も言ってただろう?」
「神が、全てを創造したって」
確かに、そんな事、聞いた事がある。
「だから、見つけるんだよ」
「神様を?」
妹が尋ねる。その目は、心なしか輝いてる。
「そうだ」
「神を見つけて、どうするの?」
妹が尋ねる。その妹の目は真剣だ。
「倒す」
父が答える。即決で。
「なら、その後パパは?」
妹が尋ねる。その妹は他とは違う、例の妹。その目は、爛々と輝いている。
「神を倒した後、そう俺は」
「世界を無神の世界にしてやるのさ」
「この世に神は居ない」
「俺がそれを証明してやる」
「だから、俺は好き勝手に生きる」
「もし神が居るなら、それを止める筈だしな」
私が訪ねる。私の目がどうなのかは、自分では分からない。
だけども尋ねる。
「この世界の、全てを捨てるの?」
「ああ、そうだ」
父の、何の迷いもないその一言。
恐れていた事が現実になった。
そう、あちらの世界を滅ぼしたのなら。
次は……
「俺は、俺とお前達だけの国を作る」
「そして、それ以外を奴隷として」
「この全宇宙を支配するのさ」
父は、この世界を滅ぼすと言っている。
そして、その次も、どうやらあるらしい。
なら。
あはは。
そうか。
もう、良いんだ………
実を言えば……
私も内心では……
「パパ」
「なんだ、お姉ちゃん」
「私達は、いつだってパパに着いていくよ」
「だから」
「だから、全部壊しちゃおう」
私の言った言葉。
その言葉の20時間後、世界は壊れた。
大きな、魂の塊となって。
それは星の形も捨て、宇宙に漂っている。
私達は。
それから本当の家族になった。




