022 笑顔
アンが落ち着いたこと、一通りの報告が終わったこと、何よりミシェルが病み上がりなことで、今日のところは解散となった。
一応、アンには話を聞いてあげる旨を伝えたんだけど、調子が良くなくなってきたというミシェルに抱きかかえられてしまったので、またの機会となった。アンは気にしないで下さいと言ってくれたけど、私とミシェルに見せる少し影のある表情が気になったので、強めに励ましの言葉を伝えておいた。
その度ごとに表情が曇ってしまったけど、嫌だったのか、恐縮したのか……。
まあ、無理に若返らせてしまったし、印象が良くないのかもしれないなぁ。頑張って改善したい!
と、思ったところでアンやミリアと別れ、体調不良のせいで力加減を間違ったのか、不安の表れか、抱きしめられたお腹がミシっとかいいそうなくらい強い抱擁をされたまま、私達はウォルターさんとオズワルドさんの先導で、客間から移動となった。
長い廊下を進み大きな階段を昇り二階へと移る。
たったそれだけの間に、豪華な装飾のされた天井、床もフカフカの深い色合いの臙脂の絨毯が敷き詰められ、柱ごとに木製の凝った彫刻の施された木の台が置かれ、その上には花瓶であったり、彫刻であったりと華美になり過ぎない程度に飾られていた。
窓も天井際までありそうな大きなもので、中庭らしき噴水のある立派な庭園が望めるようになっていた。思わず、幼心に憧れて読み漁った西洋のお城についての記憶が蘇ってくるが、記憶と比べても遜色はないどころか、ミシェルの家の方が勝ってそうな気すらする。
ちなみに私の見た限りを簡単に言うと、このお屋敷は長方形の形に4つの棟が建つ構造になっていて、内側には中庭がある。
先ほどまでいた客間は長方形の編が長い方側にあって、中庭とは反対側に窓が付いていて、中庭側には廊下が配されている。日の入る方角に窓、反対に廊下という構造だ。
で、私達が歩いているのは階段を昇った先にある先ほどの客間の棟と垂直につながる棟の廊下だ。
建物としての距離は先ほどの棟より短いものの、この棟には正面玄関らしき開けた一角があり、二階の通路から二本の大きな階段が伸びている。
階段の間には大きな隙間があるので、扉があるのだろう。
というのも、玄関と反対側は、扉が2枚の他はガラス張りの壁となっていて、そこから豪華なシャンデリアがいくつも下げられた小さめな体育館くらいのホールが見える。まさにパーディヤラ舞踏会やらが開かれそうな多目的ホールといったところだろうか。
正直、好奇心で見て回りたくてうずうずするのだけど、今は『ご主人様』なミシェルの体調も気になるし大人しくしていることにする。
「ソフィア様、興味がおありですか?」
「すぐにでも見て回りた……」
大人しくと誓った矢先に、不意打ちのタイミングで尋ねられ、つい本音が漏れてしまう。
すると、気配りのできる優しいミシェルは「それじゃあ、案内しますね」と申し出てくれた。
「あー、案内はいいよ」
私の言葉に、ミシェルの足がピタリと止まった。同時に私を抱く手に力が籠る。
「あ、勘違いしないでね。今はいいよって意味ね」
「え?」
「いや、だって、ミシェルは優しいからすぐにでも案内してくれそうでしょ? でも今は体を休めないとね」
「……ソフィア様」
「そうやって気遣いのできるミシェルはすごいって思うけど、まずは体を万全にしよう。そしたら私も安心して、好奇心のままに案内をお願いできるよ」
「ソフィア様」
繰り返し呼ばれた名前、だけど、最初は戸惑い、最後は笑い混じりと、ミシェルの気持ちを少しは解せたようで嬉しい。
なので、私は気分よく「アンも誘って行こう」と提案してみたんだけど、急に背中が寒くなった。
あれ?
私がよくわからずに周囲をきょろきょろしていると、急に私を抱きしめていたミシェルの腕が緩む。それから両腕の付け根に手を入れられて、私はくるりと回転させられながらミシェルの視線の位置まで顔を持ち上げられた。
満面のキラキラ輝くミシェルの笑顔に出迎えられたのに、何でか恐怖を感じる。
どういうわけだろうかと思っていると、ミシェルの口が開く。
いつもの鈴を転がすような可憐な声から、ワントーン低い声が発せられた。
「ソフィア様は、私が許可しない限り『魔法の使用は禁止』ですからね?」
「『はい。ご主人様』?」
思わず反射的に出た自分の言葉に、思わず首を傾げてしまった。
ん??
「じゃあ、行きましょう、ソフィア様。私のお部屋を紹介いたしますわ」
「え、あ、うん」
いつのまにか声のトーンが元に戻ると、ミシェルは私を抱え直して、軽い足取りで玄関のある棟を抜け、客間の棟と向かい合うように立つ棟へと足を踏み入れた。
そこで、一旦足を止めてミシェルを待っていてくれたオズワルドさんとウォルターさんに合流すると、オズワルドさんがミシェルにゆっくりと手を伸ばした。
「それではな。私は執務に戻る」
「はい。お父様。存分にお勤めを果たされますよう」
ミシェルは言いながら深々と頭を下げる。
自動的に私も頭を下げる格好になったので、オズワルドさんの表情は伺えしれないが、ポツリとこぼした言葉はよく聞こえてしまった。
「何事もなければな」
ゆっくりとミシェルが頭を上げると、そこに立つオズワルドさんは笑顔だった。
ほんの少し前にミシェルが見せたような迫力のある笑顔は『わかってるな?』と、顔の横に浮かんぶ吹き出しを私に幻視させた。
……重ね重ね、申し訳ありません。




