上本由奈の場合
先生に頼まれて荷物を持って来てくれた木場君。
違うクラスの友達から怖い人だと聞いていたけど、その時が私にとって木場君との初めての会話だった。
届けてくれた荷物はとても重くて、木場君は呆れたようにどこに置けば良いんだと、荷物を運んでくれた。
聞いていた話とは違って、とても優しい人。
彼の、最初の印象。
それから木場君は、しょっちゅう図書室に来るようになった。
勿論、あの日から会話らしい会話なんてなかったけど、本を読んでいる時の真剣な表情が凄く素敵だった。
貸出カードに書かれた名前でフルネームも知れた。
木場隼人君。
それが私がずっと話をしてみたくて、10年間想い続けていた人の名前。
「――――上本さんって今何してるの?」
七海さんが言う。
「私は翻訳家をしてます。
海外作品の翻訳が主な仕事です」
「って事は、藍那の絵本もいつかは上本が翻訳するかもな」
「あら、それは楽しみね」
「わ、私はまだまだそんな…」
美人の九十九さんに微笑まれると緊張する。
「木場は?」
「…出版社」
「マジで!?
凄ぇじゃん!!」
「うるせぇ…」
木場君も凄いなあ…。
しかめっ面でビールを飲む木場君に感嘆しながら、私も手元の烏龍茶の入ったグラスに口付ける。
瞬間、身体の中が熱くなるのを感じた。
え、これ烏龍茶じゃ…
「上本!?」
「上本さんもしかしてこれ飲んだの!?」
「それ、遥香の頼んだウーロンハイじゃない?」
「上本さん烏龍茶飲んでたから、間違えて飲んじゃったんだと思う…」
遠くの方で皆の声が聞こえるけど…
目が回って起き上がれない…
せっかく木場君の隣に座れたのになあ…
もっといっぱいお話ししたかった…
私は流されるまま、目を閉じた。
誰かに抱き締められる夢を見ながら、私は無意識の内にその人の服を掴んでいた。
その人物はどこか中学時代の木場君に似ていて。
何て幸せな夢なのだろうと呟いた。




