別視点 館と{お館様}
これは、どうすべきなのか……。
私には、決まった姿がない。色もない。透明でぐにゃぐにゃとした何かだ。気がついた時には、この館の隅々に染み込んでいて、ここに住む人々を100年以上見守ってきた。
前の持ち主、掛川右京氏は館が生きていると思っていた。その前の持ち主も同様。最初の持ち主は海外の人間で、その人間がこの館を建てた頃から{私}はここにいた。
館に水のように染み渡って、この館が私の居場所で、この館がないと生きていけないから、自分にできる範囲で手入れをして、きれいに保ってきた。
掛川右京氏から館を引き継いだ者たちは、こぞって館を壊そうとした。だから絨毯を引っ張ったり階段を揺らしたり物を落としたりして、怪我をさせた。何回も。
やっと誰も来なくなったと思ったら、最後に、一人の女性が現れた。
布をたっぷり使ったワンピースが包むのは、折れそうに細い手足。杖をついて、猫っ毛のくせっ毛が夏の風になびく。まだ若いのに、あまりにも覇気がなかった。
その女性は、鳥の糞で汚れたスロープの手すりを、流れるような仕草でごく自然に拭いてくれたので、これまでの人間とは違うと思った。館を大切にしてくれるのではないかと思った。
彼女は杖をついて館を見て回り、それだけで疲労困憊の有様で、あげくの果てには階段を踏み外して落ちた。私は絨毯にも染み込んでいたから、とっさに絨毯を動かして、彼女を受け止めた。
それで、彼女は私を掛川右京氏の霊、すなわち{お館様}と勘違いした。違うが。
しかし、名乗ってくれたのは助かった。牧之原真希という人なのか。
それから真希氏は本格的に引っ越して来て、けれどあまりにも弱々しくて、私は手を貸した。彼女はとても一人で生きていけるとは思えなかったから。
そしたら、真希氏は私に「何か言いたいことはないですか」と言う趣旨のことを聞いてきた。言いたいことは……普通にこの館に住み続けてほしい、くらいしかないが……。
とはいえ、館と庭をきれいに手入れするにあたって、欲しいものはたくさんある。用意されたメモには、欲しいものを書くことにした。埃も汚れも私が染み込めば取り除けるが、水垢やシミは大変だし、花木の肥料は外から持ってこなければどうしようもない。
あまりにもか弱い真希氏が買い物をできるか心配だったが、彼女はすまーとほんとやらで食べ物を注文していたので、同じように注文してもらえないかと思っていたら、どうやらできるようだ。真希氏はメモを片手に、しばらくすまーとほんを操作して、やがて言った。
「注文済みました。何日か五月雨で来ます。門扉の中、玄関の前に置いてもらうようにしてます。私重くて動かせないので、そこからは何とかそちらで動かしてください。あと宅配ボックスも注文しましたんで、今後荷物はその中に入れてもらうようにします」
早いことだ。すまーとほんのことはよくしらないが、便利なのだな。
注文を済ませた彼女は、パソコンを開き、一時間ほど漫画の絵の少女がしゃべる動画を見たあと、またベッドに潜ってしまった。確か、彼女は今日カフェオレしか口にしていない。大丈夫なのか?
彼女は夕方に起きてきて、栄養剤らしき錠剤を飲んだあと、また寝てしまった。大丈夫なのか!?




