人じゃなくても問題ないんですけど
ヤカの要望はこんなものだった。毎日の各部屋の空気入れ替え、週一の水回りの掃除、朝昼晩どれか1食の食事作り、あと食料品や日用品の買い物。タブレットでメモっていたら、ヤカが感慨深げにつぶやいた。
{しっかり話したのは久しぶりだ}
「前も誰かと話したの?」
{話したというか、掛川氏が倒れたとき119番に連絡した}
「えっ、そうだったの?」
そう言えば、西野さんは掛川さんが倒れたとき病院へ連絡があったと言っていた。一人暮らしの彼を誰が見つけて救急車を呼んだのか謎とのことだったけど、そういうことだったのか。
ヤカはうつむいた。
{掛川氏はそのまま病院から戻らなくて、今に至るわけだが}
「そうだね……」
そのまま病院で亡くなったんだもんね……。
さて、ヤカの要望はそんなに難しくない。家政婦さんなんかのハウスキーパーの人なら、普通にやれる範囲だと思う。後は、嘘ついたりしなくて盗みもしないちゃんとした人を探せばいい、家事代行サービスとかで人を探せば変な人は来ないだろうし、その辺を当たれば……いや、待てよ?
ヤカの存在をどう説明する!? ヤカにずっと隠れててもらうのはかわいそうだぞ!?
「えっと、ヤカさん、困ったことに気づいたんだけど」
{さんはいらない、呼び捨てでいい}
「えっと、じゃあヤカ。あの、うちで人を雇うにあたって、ヤカの存在をどう説明する?ずっと隠れててもらうわけには行かないと思うんだけど……」
{…………}
ヤカは考え込んでしまった。
{……隠れていればいいのでは?}
「でもそれだとご飯2人分作ってもらうのとか、水回り以外の掃除が異様にきちんとしてることとか、聞かれたら困るし」
{…………。いい考えが思い浮かばない}
「私も……」
どうしようか?
ヤカは困ったように頭を振った。
{私が完全に人間の姿になれて、あなたの同居人として振る舞えるようになればどうにかなるだろうか?}
「でもヤカ大変じゃない?」
{……時間はかかる}
「うーん……」
いい考えは思い浮かばず、その日はヤカ用のタブレットを設定したりヤカのAmazonその他のアカウントを作ったりヤカ用のクレジットカードの申込みをしたりで終わってしまった。
で、ご飯食べて普通に寝て。そしたら夢の中に、手のひらサイズの壺を持った仏様が出てきた。ええ!? 誰!?
「ど、どなた様ですか!?」
[薬師如来と呼ばれることが多いね]
「薬師如来様!?」
なんか病気を治してくれる仏様だっけ!? なんで出てくるの!?
「えっえっどういうご用ですか、先祖供養してないからバチ当てに来たんですか!?」
[そういう用事で来たのではない]
「だって、私、親の仏壇なんにも世話してませんし……」
仏壇も位牌も全部実家に放置してるし、お盆も何にもしなかったもんなあ。
薬師如来様は、優しく微笑んだ。
[世話をしたくなくなる理由は承知しているよ]
「そうですか……」
私の周りの事情は把握してるのか。え、じゃあ。
「じゃあ、どういうご用ですか? こないだ、熊本地震で1億寄付したからその関連ですか?」
[関係ない訳ではないが……]
薬師如来様は、どこから説明すべきか困るように首を傾げ、それから言った。
[お前の周りには、これから人ならざるものが集まると思う。彼らはあまり恵まれた境遇ではない。お前には、財産に恵まれた者として面倒を見てやって欲しい]
「人ならざるもの?」
[妖怪、妖精、そのあたりの類いだよ。ことによっては、霊も集まるかもしれない]
私が思いついたのは、玉藻さんや九さん、金谷さんの事だった。
「化け狐さんとか霊の人とかもですか?」
[そうだね]
そうなんだ……。どうしようかな、ヤカは人増えると歓迎なんだよな。
「まあ……嫌な人たちでなければ、人が多いのはありがたいんですけども……」
私は考えた。たくさんの人、いや人じゃないけど、そういう人が集まる、か……私の有り余る財力で面倒をみる訳か。でも、大勢の人の面倒見るには、私はあまりにも体力がない。うーん、病気治す仏様だったら、私の体なんとかしてくれないかな?
私は薬師如来様に聞いてみた。
「あの、集まってくる人たちの面倒を見るには私あまりにも体力がないので、その辺何とかなりませんか?」
[体力がないという病はない]
「そんなあ」
[しかし、お前の場合は病後の衰えとみなすべきだろう]
薬師如来様は、片手に持った壺を私にくれた。
[この霊薬を1日1粒飲み、滋養をつけ、気散じに歩きなさい。時間はかかるが、少しずつ良くなっていくだろう]
……そこで目が覚めた。まだスマホのアラームが鳴る前だった。枕元を見ると、さっきもらった、きれいに漆を塗られた薬壺があった。手のひら大の、まさに壺と言った形の入れ物に、ぴったりの蓋が付いている。これが霊薬?
薬壺を手に取ろうとすると、私の手を遮るように透明な触手が出てきた。え? ヤカ?
床から透明なスライムがにょんと出てきて、白いシーツをかぶった人型になって{うかつに触ってはいけない!}と叫んだ。
「ど、どうしたの?」
{侵入者も何もいなかったのに、いきなり出現した! 怪しい!!}
「そ、それはそうかもしれないけど……」
仏様が夢の中でくれたものだから、誰も何も触ってないのにいきなり現れたっていうの、かえって薬の信憑性が高まるんだよなあ。
私はヤカを落ち着かせ、夢の内容を話して聞かせた。
「だからね、これちゃんとした薬っていう可能性が高いのよ」
{しかし……}
「私、化け狐の玉藻さんにも九さんにも、怨霊の金谷さんにも会ったことあるし、仏様もいるのかなって」
{それは……確かに彼らは存在したが}
「じゃ、その入れ物見てみてもいい?」
ヤカは渋々触手をどけ、私は薬壺を手に取った。漆塗りの木の感触、けれど中に何か入っているようで、割と重い。蓋を開けてみると、黒い丸薬がぎっしり詰まっていた。
「薬ってこれかなあ」
一粒取って、匂いを嗅いでみる。セロリに似てさっぱりとした、でもセロリよりいい香りだ。何で出来てるんだろう?
ヤカは怖々と薬を見た。
{飲むのか?}
「まあ、体治るなら飲みたいな」
薬が何粒くらい入ってるのかと思って、私はベッドを出て、ティッシュを何枚か出して机に敷いて、薬壺の中身をあけてみた。……明らかに壺の容量を超えた量の薬が出てきたので、私は怖くなって薬壺を空にするのをやめた。この壺、霊薬が無限に出てくるの!?
試しに出た薬を薬壺に戻したら、全部収まった。この薬壺、四次元ポケット?
ヤカは一部始終を見て、{普通の薬でないのはわかった……}とつぶやいた。
「じゃ、私この薬飲んでいい?」
{……あまり気が進まないが、毒という気はしない}
「じゃ、飲むね」
コップに水を汲んできて、薬を口に一粒放り込んで一息に水で流し込む。……? お腹の中がなんかあったかいな。
「ちょっと体あったまるかも、冷え性にいいかもね」
現在残暑だからそこまで気にならないけど、寒くなると手足が氷みたいになっちゃうんだよね。
{あなたの身体がよくなるなら喜ばしいが}
「ありがとう。それでね、人を雇うことについて、ちょっといいことを思いついたんだけど」
{いいこと?}
「人じゃない人を雇えば、ヤカのことを飲み込んでくれるんじゃないかと思って」
伝手がないわけじゃない。まず、顔の広そうな九さんに相談してみて、それでダメだったら金谷さんに相談、それがいいな。




