これからも楽しくやれたらいいんですけど
昼寝して、起きて、そしたらベッドの隅からヤカの触手がにゅるりと出て、メモに何か書いてあるのを示した。
{納屋の部分の私で、しばらく人型になるのと声を出す練習をする}
「そうなの?」
{あなたと普通に話がしてみたい}
「そっか」
私は嬉しくなった。ヤカとちゃんとおしゃべりできるんだ。
すると、Uber経由でスーパーで買ったものが届いた通知がきたので、玄関まで2人で取りに行った。私も持ったけど、大部分はヤカが部屋まで運んでくれた。助かる。
私は買い物の品をガサガサしつつ言った。
「練乳はやっぱマストでしょ、後で1kgのやつAmazonで買おっと」
ビニール袋から次々と取り出し、冷蔵が必要なものを片端から冷蔵庫に放り込む。牛乳、野菜ジュース、すぐ食べれるミニトマト、パックご飯、納豆、食パン、ジャムとバター、冷凍パスタ、タンパク質にロースハムとシャウエッセンと餃子と肉団子。私一人なら食べないで済ませちゃうこともあるけど、これからはヤカと二人、私はともかくヤカにはちゃんと食べてほしい。ヤカがリクエストした品、卵とセロリとグレープフルーツも冷蔵が必要だな。
ヤカに「これ食べたいんでしょ? 今食べる?」とセロリを見せたら、触手は違うというように首を振った。それから何か書きつけた。
{それで明日作りたいものがある}
「え、料理できるの!?」
{掛川氏の食事を用意していたから}
「そうなの!?」
{彼は館が生きていると思っていたらしい}
「そりゃ、そこまでされたらそうなるよ……」
掛川さん、一人で暮らせてたはずだわ。最強のハウスキーパーがいたんだもんな……。
ヤカはまた何か書きつけた。
{あなたがいつも作っているミルクティーのレシピを教えてほしい}
「え? 適当よ、レンジの隣に置いてある紅茶の箱あるでしょ、あそこからティーバッグ2個取ってマグカップに入れて、熱湯注いでシリコン蓋して蒸らして、あとは練乳絞り入れてよく混ぜて、いい感じのミルクティー色になったら完成」
ティーバッグはPG tipsっていうメーカーの奴。イギリスの大衆的なティーバッグらしくて、高くないのに濃く出てミルクと合うんだよね。
触手は頷いた。
「夕飯何食べたい?」
触手は返事のかわりに、冷凍パスタのカルボナーラとペペロンチーノを取って持ち上げた。
「じゃ、私はボロネーゼ食べようかな」
スマホで時間を見ると、17時。早い時間だけど、私は19時寝なので普通に夕飯の時間である。
「冷たいとおいしくないでしょ、今度はあっためて食べよう?」
触手が頷いたので、私はまずヤカのカルボナーラから温めた。ペペロンチーノも温めて、最後にボロネーゼも温める。ヤカは私のボロネーゼが温まるまで待ってくれていた。
私は服にトマトソースを飛ばさないよう気をつけてパスタを食べて、ヤカはスライムでパスタを包んできれいに消化したあと、容器もきれいに消化してしまった。何でも食べるな……。
食べたらまた眠くなってしまって、私は適当にシャワーを浴びて、髪も乾かさず寝てしまった。何とか、ヤカに「お休みなさい」だけは言った。
それで、翌朝の7時。スマホのアラームに起こされて目覚めると、ヤカの触手が私の顔を覗き込んだ。
「あ、おはよう……」
起き上がって朝の挨拶をすると、床から透明なスライムが滲み出してきて、盛り上がり、人の背丈くらいの高さになった。スライムが気泡を飲み込んだかと思うと、それをあっという間に細かくしてしまって、スライムは気泡で真っ白になった。スライムはさらに変形して、白いシーツを被った人型になった。びっくりして見ていると、低い女性の声とも高い男性の声ともとれる声がした。
{おはよう、人の姿はちゃんとできていないが、一応声で話せる程度には調整した。あなたが気に入ってくれるといいが}
「ええ!? 一日でできることだったの!?」
{いや、人の骨格はなんとなく作ったが、顔や表情はまだ全くできていない}
「でも、それでも嬉しい! おしゃべりできて!」
{あなたが喜んでくれて嬉しい。それで、朝食の用意ができているから、今持ってくる}
「朝ご飯!? えっ、そこまでやってくれるの!?」
すると、冷蔵庫の奥からまた別の触手が出てきて、湯気を立てるマグカップを持ってきて、私に差し出してくれた。え! この香り、茶葉2倍練乳ドバ入れミルクティーだ!
「えっ、淹れてくれたの!? ありがとう!」
ヤカの声は照れくさそうだ。
{最初の館の持ち主が、親しい仲の人に、朝紅茶を持ってくるということをしていて……あなたと親しくなりたくて……}
「すっごくうれしい! ありがとう!」
{その、夫妻でしていたことなのだが、他意はまったくなく、ただ近しい関係になりたくて}
「私もヤカと仲良くなりたいもん! ありがとう!」
ヤカに笑いかけると、ヤカはホッとしたように膨らんだ。
{よかった。ゆっくり飲んでいてほしい、今料理を運ぶから}
すると部屋のドアが開き、また別の触手がお盆にいろいろ乗せて何か運んできた。そして木製の机に配膳していく。平皿に乗ったハムエッグとトースト、バターナイフが添えられたバター、ティースプーン付きのジャム瓶、それからガラスの器に盛られた、グレープフルーツの果肉とセロリの薄切りを和えたサラダ。
「わー! 豪華!」
{口に合うといいのだが}
「えっ、絶対おいしいでしょこんなの」
料理は2人分運ばれてきた。2人でいただきますをして、私は早速トーストにバターを塗ってかじった。ひゃー、サクサクなのに中もちもち! 香ばしさにバターの香りが合う!たいして高い食パンじゃないのに、なんでこんなにおいしくなってるの?
「すっごくおいしい」
{コンベクションオーブンの力だ}
「え、厨房のオーブンそれなんだ!」
あの、パンがふわふわに焼けるやつ!
ヤカは、トーストにジャムを盛り盛りにして、シーツをかぶっているような中に入れてしまった。
「昨日みたいに食べないの?」
{人らしく見える食べ方を探求している}
「そうなんだ?」
私は別のトーストを取り、今度はハムエッグを乗せてかじった。ハムの塩気と旨味を吸った白身がたまらない。黄身もほどよく半熟でおいしい。最後にセロリとグレープフルーツのサラダを食べたけど、甘酸っぱくて、セロリの香りがグレープフルーツのさわやかさに合って、さっぱりでたいへんよろしい。
「ごちそうさま! すっごくおいしかった!」
{あなたにちゃんとした食事をさせられて嬉しい}
「そんなに心配されてたんだ、私」
{カフェオレしか口にしないで寝ていたときは、本当にどうしようかと思った}
改めて人から言われると、壊滅的だな私の食生活……。
私は言い訳するように言った。
「いや……ちゃんと健康的な食生活をやってたこともあるんだけど、体なんにも良くならないから、最近はどうでもよくなってきちゃってたんだよね……」
マルチビタミンミネラルのサプリだけは飲んでるけど、それだけじゃどうにもならないよね……。
{とりあえず、1日3食ちゃんと食べて欲しい}
「はい……」
{材料があればそれなりに作るから}
「はい……ありがとうございます……」
私は小さくなった。説教されて当然の食生活だったからな。
{後片付けはしておくから、あなたはあなたのやることをしてほしい}
「ありがとう」
とりあえず、歯を磨いて顔も洗ってスキンケアその他身繕いをして。ヤカと二人暮らしになるわけだけど、今後どうしたらちゃんと仲良くうまくやっていけるかな?
ヤカは……食べるものにも事欠いてたんだよね、自由に買い物もできなかった。とりあえずその辺りは何とかしてあげたいし、何とかする手段も思いつく。でも、他に何かあるかな?
洗面所から出たら、ヤカは机にいたので、私は聞いてみることにした。
「あのさ、ヤカ。お礼とかじゃなくて、これは私がしたいことなんだけど、ヤカは私に何かしてほしいことある?」
{してほしいこと?}
「一応さ、私、お金も館の権利も持ってるから、ヤカには何でもしてあげたいの」
{…………}
ヤカは、考え込むように首を傾げた。
{……いや、あまり簡単なことではないから}
「話すだけ話してみて?」
{難しいことだから……}
「ドンピシャのことができなくても、近いことならできるかもしれないし」
私が促すと、ヤカはようやく言った。
{……館に、もう少し人が欲しい。にぎやかだといい。人が少ないと寂しい}
「そうなんだ?」
ヤカ、意外と寂しがりなんだ。館壊すような人じゃなければ、住人は歓迎なんだ?
「じゃあ、誰か雇おうか? それとも住む人が欲しい?」
{とりあえず雇ってほしい、ずっと人型をしていると、館の手入れが行き届かないかもしれないから}
「そっか、じゃあ、今日は雇う人にやってほしいこと整理しよ? 人を雇うにも、求人内容しっかり作んないといけないし」
何だか、日々が少しずつ動き始めた気がする。ちゃんとした人雇わないとな、どこで探せばいいだろう?




