お互い紹介できたらいいんですけど
ちゃんと朝ごはん食べろとお館様に言われて、私はとりあえず冷蔵庫から練乳を出し、お湯を沸かして茶葉2倍練乳ドバ入れミルクティーを作って、それからカロリーメイトの袋を開けた。机に戻ってミルクティーと交互に食べていると、お館様がまたペンで何か書いた。
{お菓子でなくて、もっとちゃんとしたものを食べてほしい}
「い、いろいろ栄養入ってるやつなんですー!」
私は抗弁した。カロリーメイト、確かにだいぶ高脂質で低タンパクだけども! でもビタミンたくさん入ってるもん、これ2本で普通に半日持つもん!
食事を済ませ、カロリーメイトの屑がけっこう机に散らばっちゃったなあと思い、拭こうと思ってティッシュを取ると、お館様が透明な触手を伸ばして私の腕をつついた。なんだろう?
すると、透明なスライムが机の隅からどんどん出てきて、さーっと机の表面を覆った。スライムはまたさーっと机の隅に引っ込み、残された机はピカピカになっていた。ええ!? これが館がピッカピカなカラクリ!?
「こ、こうやってお掃除してたんですか?」
透明なスライムはペンを取り{そうだ}と書いた。マジか……。
ペンはまた、別の文章を書いた。
{できれば敬語はやめてほしい。普通に話したい}
「え? そうなんですか?」
{私は特にえらいわけではないから}
「はあ……じゃあ、その、歯磨きして身繕いしたら、自己紹介のしあいとか、いい?」
{お願いしたい}
そういう訳で、私は洗面所に行って歯を磨いて顔を洗い、適当にスキンケアして髪をとかして、また部屋に戻った。あ、お館様って館中に染み渡ってるなら、私の身繕いも見てるのかな? まあ、今更か……。
メモには、すでに何か書いてあった。
{名前:無し。年齢:100歳超え。来歴:この館ができた頃、気づいたらこの館にいて、それからずっとこの館に染み込んでいる。普段していること:館の手入れ。してほしくないこと:館を壊すこと。できればしてほしくないこと:住人がいなくなること}
端的にまとまっている!
「名前、ないの?」
透明な触手が出てきて、頷くように先端を折り曲げてまた伸ばした。そうなんだ……。
「えっと……私は、牧之原真希。この館の持ち主だった掛川右京さんの血縁上の孫なの。離婚した奥さんが連れてった娘の子供が私。それで……」
どこから話そうかな。
「えっと、私見ての通り、毎日働きもしないでブラブラしてるけど、別に怠惰ってわけじゃなくて、どこから話せばいいかな……」
考えていると、透明な触手は{体が悪くては働くどころではないだろう}と書いてきた。まあ、そうです。しかし、書くの速いな。
「その、私今27なんだけど、20の時にバイトと学業やりすぎで倒れちゃって。高校……15歳の頃からずっと1日3時間睡眠だったから、まあ過労なんだけど」
{金銭的に困っていたのか?}
「……私は、ずっとそう思ってたんだけど。実は全然そんなことなかったんだよね……」
私は悲しくなった。ひとえに両親の吝嗇のせいで……。
「あの……私、ずっと親から「うちは贅沢できない」って言われて育ってて。だから、うちは貧乏なんだってずっと思ってて。それで、バイトできる年になったらびっしりバイト入れて、できるだけお金稼いでたんだよね」
触手が相槌を打つように頷くので、私は話を続けた。
「だから、大学行くにも国立じゃないとダメだろうと思って、塾も行かずに必死で独学して、大学には受かったんだけど。奨学金も取ろうとしたら、なんでか父親に止められて、学費くらいなら出せるからって言われたんだけど、思えばその時からなんかおかしかったんだよね」
触手が首をかしげる。何がおかしかったんだろうと思っているのだろう。
「で、東京の大学に受かったから一人暮らしで、生活費は全額バイトで稼いで暮らしてたんだけど、大学の講義もレポートも予習復習も本当に量が多くてね……それでも3時間睡眠でこなしてたんだけど、大学3年の春に倒れちゃって、そこからずっと体こんな感じなの」
触手が{苦労したのだな}と書いた。でも、私の話の本番は、ここからなのだった。
「……ひとまず実家に帰ってね。親には「稼げなくてごめんなさい、大学行けなくてごめんなさい」って泣いて謝って。母親も父親も意外と優しくて「療養に努めなさい」って言って、高校のときに私が家に入れてたお金「全部貯金してあったから」って渡してくれたんだけど、この時もおかしいと思うべきだったんだよね、なんで使ってないんだろうって」
{子供のお金を使うのは、ためらったのではないか?}
「どうかな……私が22の頃、両親、交通事故で2人とも亡くなって。もうどうしていいかわかんなくて、伯母さんと叔父さんに助けてもらってお葬式とか遺産整理とかしてたんだけど、その時預金残高見て腰抜かしたんだよね」
{少なかったのか?}
「多かったの。3億以上あった」
触手は、びっくりしたように伸びた。
「なんかね、父親、BtoBだから知名度低いだけで、大企業に努めててさ、しかも役員とかやっててさ。母親もパートしてたけど、それも全額ためこんでてさ。奨学金取るなって言われたのは、奨学金が降りないくらい年収高かったから。要はさ、ものすごくケチだったんだよね」
触手はどうしていいかわからないらしくて、おろおろ揺れている。
「私さ、ずっと苦労してさ、スマホもパソコンも友達のお古でやりくりしてさ、通信代自分で払ってさ、私立大学も受けたかったのにがまんしてさ、バイトしてバイトして独学して独学して、大学行ったら行ったで生活費全部稼いでさ、そのせいで倒れてずっと半病人なのに、大学卒業できなかったし就職もできなかったし、多分結婚も出産ももう無理なのに、それって全部両親が金を出し惜しんだせいだって思うと、もう本当に、悲しくてやりきれなくて……」
泣かないつもりだった。でも、ついに涙がこぼれてしまった。触手はおろおろしていたけど、ティッシュを取り、私の頬をぬぐった。
「……ありがとう。でね、私、その3億をちょっとずつ使って生きていくつもりだったんだけど、掛川さんの遺産がうなるほどあるから、生活費はそっちから出す予定なんだ」
{両親のためたお金を大事にしたい?}
「逆。親の3億はどうでもいいバカバカしいくだらないことに浪費して、全額使い切ってやりたい。それが、私の親への復讐」
触手は、どうしていいかわからないように揺れた。
「私、下手にお金があるから……それでいて体力がないから、下手に人を近づけるのが怖くて、だから他の人と直接交流する機会がまるで持てなくて。そうやってひとりぼっちで5年間過ごしてきたけど、でもずっと体が悪いのにひとりぼっちはやっぱり心細くて。この館に移っても、ひとりぼっちで生きてひとりぼっちで死ぬと思ってたから、あなたがいてくれて、本当に心強くて……」
触手は揺れていたけど、私の手の甲に触手を重ねた。
「ありがとう、いてくれて。本当に嬉しい」
{私はずっとここにいる}
「うん……」
私は涙をぬぐい直して、そして言った。
「一緒に暮らしていくなら、あなたの呼び名がほしいな。なんか名前の希望ある?」
触手は考えるように首を傾げたが、{特に思いつかない。適当につけてほしい}と書いた。
「そっか……うーん、なんていうか、私の中ではあなたはずっと{お館様}なんだよね。生まれた頃から、ずっとこの館に染み込んでたんでしょ?」
触手は頷いた。
「うーん、じゃあ、ヤカとかどうかな。お館様だから、館から取ってヤカ。どう?」
触手は頷き、{それがいい}と書いた。
「じゃあ、今日からあなたはヤカ。よろしくね」
私が笑いかけると、触手はびっくりしたように伸び、それからまたメモに何か書いた。
{私が現れたことであなたが笑うなら、もっと早くに姿を見せるべきだった}
「そう?」
{あなたは、笑うとかわいらしい}
「初めて言われた、そんなこと」
私は、また笑った。ヤカと話せて、幸せだった。これから、一人暮らしじゃなくて、二人暮らしなんだ。




