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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第十九章 ガルの帰る場所

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第九十七話 壊してはいけない核

 三つの口が開いた。


 正面から見れば、どれか一つを避けても残りが届く。


 中央の頭が俺の左肩へ噛みつき、右の頭は腰を狙う。見えない右側から来る牙を、ノアの青い火が先に照らした。


 身体を沈める。


 腰の上で歯が鳴り、中央の牙だけが肩の鱗へ食い込んだ。防具の布が裂け、HPが三千七十まで落ちる。


 痛みより先に、胸部金具へ左手を入れた。


 中には黒い線だけでなく、青い脈がある。


 三つの喉から来る命令線と、床へ沈む太い一本が同じ金具に絡んでいた。


「千紘、青い方は」


「待って。今切らないで!」


 保守溝から声が飛ぶ。


 中央の頭が肩を振り回した。牙が鱗を滑り、俺の身体が胸元から引き剥がされる。


 床へ落ちる前に、ガルの黒い鎖が足へ絡んだ。


 巻き取り機が動く。


 俺とガルが同時にケルベロスの方へ引かれた。


『回収』


『拘束』


『帰還』


 頭ごとに違う声なのに、耳の中では一つの命令へ潰れていく。


 従えと言われた内容ではなく、従うのが当然だという感覚だけが身体へ入ってきた。


 右手が勝手に下がる。


 抵抗するために歯を食いしばっても、腕は止まらない。首を下げれば楽になると、知らない考えが混じった。


「在真!」


 千紘が俺の名を呼ぶ。


 それでも動きは戻らない。


 ガルはもっと長く、これを受けてきた。


 そう考えた途端、腹の奥が熱くなった。竜脈に沿って熱が肩から手へ戻り、下がりかけた右腕が床を殴る。


 命令が消えたわけではない。


 聞こえたまま、従わない。


「俺を連れていくなら、勝手にやれ」


 鎖をつかみ、逆に胸部金具へ引き寄せる。


 ケルベロスの三頭が別々に踏ん張った。巨体が一歩だけ前へ滑る。


 ノアが右の頭へ走った。


 短剣は牙へ届かない。代わりに自分の右腕を口輪へ押しつけ、黒い帯の下の火を流し込む。


「十二年前の残り、返す」


 右の口輪が青く焼けた。


 ノアの腕からも同じ臭いが上がる。皮膚の焼ける臭いだった。


 右頭が悲鳴を上げ、《追跡》の声が途切れる。


 ガルの鼻先がノアから外れた。


「一つ止まった!」


 千紘が格子を蹴り開け、広間へ下りる。


「来るな、まだ――」


「聞こえないと切る場所が分からないでしょ」


 左頭の鎖が千紘へ伸びる。


 彼女は避けず、打音器を床へ打ちつけた。《音界地図》にMPを二十使い、打音を胸部金具から床下へ沈む青い脈まで通す。


 千紘の顔が歪んだ。鼻から血が落ちる。


「黒い三本は命令。青い一本は、獣舎全部の呼吸につながってる」


「黒だけなら切れる?」


「金具の奥。青を囲んで、三本が輪になってる」


 見えている線をまとめて切れば、右耳のない一頭まで止まる。


 一点を探す。


 左頭が千紘へ噛みつくより早く、ノアが焼けた右腕を振った。青い火が横から口輪へ当たり、牙の向きを逸らす。


 千紘は下がらない。


 床をもう一度、今度は能力を使わず鳴らした。


 ガルが反応する。


 《拘束》の声と打音が重なった瞬間、左前脚を自分から引いた。鎖が一度だけ緩む。


 その輪へ牙を掛ける。


 一本目が切れた。


 ケルベロスの左頭がガルへ向く。


 俺の鎖も緩んだ。


 胸部金具へもう一度手を入れる。


 青い脈の外を、黒い三本が編んだ輪。そのうち一本はガルが切ったことで、結び目が右へずれていた。


 右側は見えない。


「あと十センチ、右」


 千紘の声に合わせ、指を動かす。


 爪先へ、冷たい継ぎ目が触れた。


 命令だけが合流する一点へ《断界》を通す。MPが三十減り、黒い輪が切れた。


 三つの声が同時に途切れ、胸部金具から鉄の口輪まで亀裂が走った。


 ケルベロスが倒れる。


 ガルを引いていた残り二本の鎖も床へ落ちた。


 中央の頭がまだ動いている。


 俺は胸の青い脈へ手を伸ばしかけた。


「壊すな」


 ノアと千紘の声が重なる。


 手を止める。


 青い脈は、倒れたケルベロスの心臓と同じ速さで動いていた。遠くでは、右耳のない獣の呼吸も続いている。


 ガルが胸部金具へ噛みつく。


 引き抜いたのは青い核ではなく、その周りに残る黒い外輪だった。


 ノアが反対側を短剣で起こし、俺も両手を掛ける。


 三方向へ引くと、外輪だけが剥がれた。


 ケルベロスの三つの口輪が外れる。


 中央の頭が目を開けた。


 ガルは喉元へ牙を当てている。


 噛み切らなかった。


 ケルベロスも動かず、荒い息を一度吐く。


 胸の青い核だけが残り、床下へ弱い光を送り続けていた。


――――――――――


管理個体《回収統括ケルベロス》を停止しました。


レベルが48から50へ上昇しました。


最大HPが3,700から3,820へ上昇しました。


最大MPが1,160から1,200へ上昇しました。


未配分能力値を80獲得しました。


スキルポイントを2獲得しました。


現在HP・MPは回復しません。


――――――――――


 千紘の前にも表示が出る。


 レベルは三十六。最大HP二千八百二十、最大MP九百八十。現在HPは二千四百六十、MPは七百八十のままだ。


 俺の現在HPは三千七十。MPは六百七十。


 レベル五十。


 続けて、新しい表示が開いた。


――――――――――


上位種族進化レベルへ到達しました。


《竜人》の上位進化条件が不足しています。


不足条件は表示されません。


――――――――――


 ガルは表示を見ない。


 外れた黒い口輪を踏み、ケルベロスの中央の頭から牙を離した。

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