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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第十九章 ガルの帰る場所

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第九十六話 三つの命令声

 閉じた扉には、取っ手がなかった。


 肩を当てても動かず、隙間へ指も入らない。向こうから黒い鎖が擦れるたび、薄い鉄板がこちら側へ膨らんだ。


「壊す」


「その前に離れて」


 ノアが短剣の柄で扉を二度叩く。


 返った音は一つではなかった。


 重い唸りが三方向から重なり、鉄板が細かく震える。


「三首が起きてる」


「ケルベロス?」


「そう呼んでた。回収猟犬をまとめて命令する管理個体」


「最後に動いたのは?」


「十二年前。私が右腕を焼いた日」


 ノアは自分の腕を見ず、来た通路へ戻り始めた。


「逃げるのか」


「別の入口を探す。正面から開けたら、三つ全部こっちを向く」


 判断は早いが、声の端が固い。


 千紘が閉鎖板へ耳を近づける。すぐに顔を離し、左耳のイヤホンを外した。


「一つはガルの近く。あとの二つは、壁を回ってる」


「本体が三ついる?」


「同じ音。離れた場所から聞こえるようにしてる」


 ノアが振り返る。


「それ、技能?」


「今は耳だけ」


「便利だね」


「そうでもない」


 千紘はイヤホンを首へ下げた。扉から漏れる低音だけで、耳の下が赤くなっている。


 俺たちは保管区を二部屋戻った。


 ノアが壁の管理図を剥がすが、裏はコンクリートで塞がれている。俺が隣の格子を持ち上げても、錆が落ちるだけだった。


「下」


 千紘が言う。


「四番の檻。床の下だけ風が抜けてる」


 四番には、空の革袋と小さな骨が残っていた。


 踏まないよう端へ寄せ、床板の継ぎ目を探す。右側の角だけ、指を入れる前に二度空振りした。


 ノアはそれを見ていたが、手を出さなかった。


「右目、ないんだ」


「今気づいたのか」


「前から変な向き方するとは思ってた」


「本人にそれ言う?」


 千紘が呆れた声を出す。


「見えない方から手を出すよりいいでしょ」


 ノアは俺の左へ回り、床板の端を短剣で起こした。


 俺が両手を掛ける。


 竜人になってから、力を入れた瞬間に道具を壊すことが増えた。少しずつ持ち上げるつもりだったのに、錆びた留め金がまとめて飛ぶ。


 床板が壁へ当たり、大きな音がした。


 三方向の唸りが止まる。


「静かになった」


「気づかれた?」


「たぶん」


 千紘は穴を覗かず、先に小さなボルトを落とした。二秒ほどして金属へ当たり、右奥へ転がっていく。


「深さ二メートルくらい。下に細い通路」


 ノアが先に降りた。


 俺は千紘を支えようと手を出し、避けられる。


「先に在真が下りて」


「受けるためだけど」


「右肩、まだ上がりきってないでしょ」


 忘れていた。


 腕を下ろし、自分から穴へ入る。


 下は配管用の溝だった。膝をついたまま進むと、天井の格子越しに青い光が見えてくる。


 ガルがいた。


 円形の広間で、三本の黒い鎖に引かれている。


 一本は首。二本は前脚の古傷へ食い込み、それぞれ別の壁へ続いていた。


 広間の奥から、巨大な獣が出てくる。


 黒灰色の胴に、犬の頭が三つ。


 中央の頭だけがガルと同じ黒毛で、左右は灰色と赤茶。三つの口には鉄の口輪がはまり、喉から出た鎖が一つの胸部金具へ集まっていた。


 ケルベロス。


 ただの三つ首ではない。


 右の頭が吠える。


『追跡』


 ガルの鼻先がノアのいる方向へ上がる。


 左の頭が吠える。


『拘束』


 前脚が床を掻き、黒い鎖が短く巻かれる。


 最後に中央。


『帰還』


 ガルの身体が、ケルベロスの方へ引かれた。


 三つの命令を同時に押しつけている。


 ガルはノアを追おうとせず、前脚で床を削ってその場へ残っていた。首の血が胸まで流れている。


「下へ出る場所は」


 俺が聞くと、千紘は格子へ指を当てた。


「右前、五メートル。格子が一枚だけ薄い」


 ノアが短剣を握り直す。


「私が先に出る」


「標的だろ」


「だから三つとも私を見る」


「噛まれたことあるって言ってたな」


「あるよ。それでも、今ここで見てるだけよりはまし」


 止める言葉を探している間に、ノアは右腕の黒い帯を歯で引いた。


 青い火が肘まで広がる。


「待って」


 千紘が打音器を取り出した。


「三つの声、胸で一回重なってる。命令が出てるのは頭じゃないかも」


「確かめられる?」


「近くで一回だけなら」


 俺は薄い格子へ手を掛けた。


 ノアが目立つ場所へ出る。千紘が音を拾う。その間に俺が胸部金具へ近づく。


 ノアは右腕の火を伏せ、千紘は打音器を構えた。目が合っても、誰も頷かなかった。


 格子を持ち上げる。


 ノアが広間へ転がり出ると、三つの頭が同時に向いた。


 千紘が格子の隙間から打音器を鳴らし、《音界地図》を広げた。MPが二十減る。


「胸の輪! 三つの喉から入って、奥で一本になってる!」


 俺は床を蹴り、《空歩》を使った。MPが四十減る。一歩目を格子の上、二歩目を何もない空中へ置く。


 ケルベロスの中央の頭を越え、胸元へ落ちた。


 着地する前に、後ろから太い尾が来る。


 避けきれない。


 腕で受けるより先に《衝撃分散》を使い、衝撃を足元と広間の床へ逃がした。MPが二十減る。


 床が円形に割れた。


 逃がしきれなかった重さが背中へ入り、息が抜ける。HPが三千百五十まで落ちた。


 それでも胸部金具は目の前にある。


 手を伸ばすと、中央の頭がこちらを見た。


『未登録回収対象』


 左右の頭も、ノアから俺へ向き直る。


『現行世界種』


『竜人』


 三つの声が重なった。


『回収を開始する』

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