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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第十八章 侵略者と避難民

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第九十話 銃口の向こう

 黒い門の向こうで、銃口が千紘の顔へ向いていた。


 泥で重くなった防具のまま、俺は千紘の前へ出る。


「下がれ」


 向こうの女が言った。


 日本語だった。声は掠れているが、翻訳機を通していない。女は片手で銃を構え、もう一方の腕で子供を後ろへ押していた。


「そっちが銃を下げろ」


「命令するな」


「じゃあ、子供だけ先に下げろ」


 女の目が細くなる。頬には乾いた血がこびりつき、右袖の布は別の色で継ぎ足されていた。その上に、割れた輪のような印が薄く残っている。


 門の表面は薄い水のように揺れ、崩れた建物の埃まで見えた。触れれば向こうへ手が届きそうなのに、子供が叩いた音は壁越しに少し遅れている。


 物が通るかは分からない。分からないまま、撃たせる気もなかった。


「在真、右」


 千紘が小さく言う。


 首ごと向く。


 見えるのは記録室の灰色の壁だけだった。


「向こう。銃の人以外に、右へ四人いる。壁の裏」


 女にも聞こえたらしい。銃口が一瞬、千紘へ戻る。


「何をした」


「聞いただけ」


「耳を見れば分かる」


 子供が女の腕の隙間から千紘を覗いていた。


「エルフ?」


「そう」


 千紘が答えると、女は子供をさらに後ろへ押した。


「返事をするな、蓮」


「でも、まだ子供だよ」


「向こうが何年目かも分からない」


 何年目という言い方が引っかかった。俺は門へ近づく。


 女の指が引き金へ触れる。


「こっちでダンジョンが出たのは、今年の四月だ」


 銃口が少し下がる。


「何年目だって?」


「五か月くらい」


 向こう側で、誰かが息を呑む。


 壁の裏にいた四人のうち、一人が動いた。千紘の視線がそちらへ向く。


 それでも女は銃を下ろさなかった。


「嘘をつくなら、もう少しましな数字にしろ」


「そっちは」


「三十一年目」


 数字だけが返ってきた。ダンジョンが先に現れた世界について、資料では約三十年前と読んでいた。


 けれど、目の前の子供は、ダンジョンのない道も夜も知らない。


 そう思った途端、三十一年という長さが急に重くなった。


「ここはどこだ」


 女が聞く。


「日本。久世市」


 今度こそ銃口が下がった。


 女は背後の建物を振り返る。崩れた瓦屋根と、途中で折れた柿の木が見えた。


 俺も見覚えがある。


 屋根の傾きも、庭石の位置も違う。それでも、門が立っている場所は祖父の家の裏だった。


「そっちも久世なのか」


「久世第零封鎖区」


 女は答えたあと、何かを言いすぎたように口を閉じた。


 千紘が俺の袖を引く。


「地下にもいる。八人くらい。咳してる人が二人」


「聞くなと言った」


「止められない。今は能力も使ってない」


 女は千紘の耳を見てから、自分の後ろへ目をやった。


「医者はいるのか」


「こっちにはいる。でも、この門はまだ見るだけかもしれない」


「開けるな」


 即答だった。


「患者がいるんだろ」


「だから開けるな」


「理由を言え」


「場所を拾われる」


 女は銃を肩へ掛け直した。敵意が消えたわけではない。両手を空け、門の縁へ黒い布をかけ始める。


 蓮が手伝おうとすると、また下がらせた。


「観測門は一度開けば、向こうからも線を追える。あんたたちが初年度なら、まだ知らないだけだ」


「誰が追う」


「こっちを捨ててでも、そっちへ行きたい連中」


「世界を上書きしてるやつらか」


 門へ布をかけていた手が止まる。


「その言葉をどこで知った」


「灰海の記録」


「灰海が止まったのは、あんたか」


 答える前に、向こう側だけで地面が揺れた。瓦礫の上から灰が落ち、門の像へ細い横線が走る。地下にいた人間たちが一斉に動き、子供を呼ぶ声が重なった。


 遠くで、同じ間隔の警報が鳴る。


 女は黒い布を捨て、銃を取り直した。


「閉じろ」


「こっちからはまだ分からない」


「核を十個入れたなら、拒否を選べる。閉じろ!」


 表示を探す。


 門の横に、《観測継続》《接続拒否》の文字が浮かんでいた。


 接続拒否へ触れれば、この場所は守れる。


 同時に、向こうの十人以上をまた見失う。


 指が止まる。


「在真」


 千紘は答えを言わなかった。


 門の向こうで、蓮が女の服を引く。


「薫さん、来る」


 女――薫は子供を地下へ走らせた。


 建物の向こうに、一人ではなく灰色の外套を着た集団が現れた。倒れた電柱の間から進んでくる先頭は銃を持たず、片手へ青い光を集めている。


 薫がこちらを見た。


「今閉じれば、まだあんたたちの座標は取られない」


「また開けられるのか」


「私が生きてたら」


 軽口には聞こえなかった。


 千紘の手が俺の指へ触れ、右へずれて見えていた接続拒否の文字まで動かす。


 記録室の入口で爪が床を擦り、低い唸りが響く。


 振り返ると、ガルが立っていた。


 毛は海水で濡れ、首の古傷へ新しい血が滲んでいる。マティアスもイングリッドも見えない。十個目の核で北側にも開いた青い帰還口を、一頭で通ってきたらしい。


 ガルは俺たちへ近づかず、黒い門の向こうへ牙を見せた。


 薫が目を見開いた。割れた輪の印がある右腕ごと、銃口が下がる。


「七番」


 ガルの唸りが止まった。


 灰色の外套の一人が、門へ向けて青い光を放つ。


 俺は接続拒否へ触れた。


 黒い面が閉じる寸前、薫が何か叫んだ。


 名前に聞こえたが、ガルのものではなかった。


 門が消える。


 青い光だけがこちら側へ細く残り、ガルの首の傷へ触れる前に床へ落ちた。

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