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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第十七章 観測門

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第八十八話 目を閉じたまま

 ガルの遠吠えが途切れたあと、北側の穴は灰色の岩で塞がった。


 完全に石へ変わったのか、表面を薄く覆われただけなのかは分からない。


 確かめに戻ろうとした俺の防具を、アミナが後ろからつかんだ。


「そっちは今、見られてる」


「目は下だろ」


「光が通った場所は全部」


 赤い地面へ細い白線が走っていた。


 崖下の巨大な目から伸びたものではない。黒い布の下にある円い中継器を中心に、乾いた水路のような溝が四方へ広がっている。


 北側の穴も、その一本の先だった。


 千紘が地面へ耳を近づける。新しいイヤホンは外して胸元へ下げていた。


「ガルの足音はする。岩の向こうで止まってる」


「なら生きてる」


「石になる音は、まだ分からない」


 言い切らなかった。


 俺も穴へ背を向ける。


 今戻っても、ガルのいる側へは届かない。先に目の前のものを止めるしかないが、その考え方が迷宮に用意された順番へ従っているようで、口の奥に赤土の苦さが残った。


 アミナは負傷したサミュエルの防具を切り開いていた。


 呼吸は戻っている。右肩が外れ、左腕には翼の爪痕があったが、出血は多くない。


「この人を先に送れないのか」


「入口はあの目の光で閉じた。私たちが入った東側も同じ」


「いつからここに?」


「三時間くらい。時計は途中で止まった」


 アミナはサミュエルの肩を布で固定し、石化した手を吊っている隊員へ目を向けた。


「ジョセフ。指は?」


「分からない。重いだけだ」


 翻訳機の声は平らなのに、本人は歯を食いしばっていた。


 左手は手首まで石になっている。境目の皮膚は赤黒く腫れ、石の重さで肘が下へ引かれていた。


「鏡を割った時に?」


 俺が聞くと、黒い布を押さえている男が首を振った。


「割る前だ。石を投げたら、目の光が欠片で曲がった。ジョセフは直接見てない」


 円い板は鏡だった。


 表面へ黒い布をかけ、光を止めている。けれど布は焦げ始め、中央に茶色い穴が広がっていた。


「あと何分持つ」


 イングリッドが聞く。


「分からない。もう一枚は燃えた」


 アミナが答え、槍の石突きで地面へ簡単な図を描く。


 円い鏡の下に縦穴がある。陽光は鏡から穴へ送られ、崖下を一周して大型個体の目へ集まる。鏡の向きを変えようとすれば、支柱が自動で元へ戻す。


「止めるなら鏡を伏せる。でも、四人で押しても戻された」


「支柱を壊すのは」


「欠片が増える。次は手だけじゃ済まない」


 イングリッドは銃の残弾を確認し、布の端を押さえる男へ顎を向けた。


「留め金なら撃てる」


「外れた瞬間、鏡がこっちへ向く」


「向く前に倒す」


「誰が?」


「そっちの三人と、こっちの三人」


 サミュエルは数に入れていない。


 アミナが俺を見る。


「空に立てるなら、鏡も止められる?」


「立つ場所を作れるだけだ。物を止めるのは別」


「別の方は?」


「三秒くらい」


「十分」


 どこが十分なのか聞く前に、アミナは立ち上がった。


 槍をジョセフへ渡し、自分は鏡の支柱へ結ばれた太い綱を取る。


「私が倒す。北から来た三人は鏡。ピーターは布を最後まで持って。ジョセフはサミュエルから離れない」


「片手で何をしろって?」


「話しかけて。寝たら起こす」


 ジョセフは不満そうに口を曲げたが、槍を置いてサミュエルの脇へ座った。


 指示されたからではない。石の左手を見下ろしたあと、自分の水筒をサミュエルの唇へ当てる。


 千紘が俺の左手を取った。


「目を閉じたら、在真は右へ寄る」


「中央へ直してくれ」


「今も少し寄ってる」


 地面へ引いた補助索を、俺の右腰ではなく中央へつなぎ直す。


「私の声じゃなく、索の張る方へ動いて。反響が増えたら言葉は遅れる」


 イングリッドも索の先を自分の安全帯へ通した。


「私は?」


「撃ったら伏せて。銃声でしばらく何も聞こえなくなる」


「それは困る」


「私も」


 千紘は少しだけ笑ったが、すぐ鏡へ顔を戻した。


 俺はアミナ、千紘、イングリッドへ順に触れる。


 道標にするのは、鏡から最も離れた赤い岩の陰だ。


――――――――――


《道標共有》Lv.1を使用しました。


対象人数:3


有効時間:10分


MPを60消費しました。


――――――――――


 安全な場所を保証する能力ではない。


 今は日陰でも、鏡が回れば光は届く。それでも目を閉じたまま戻る方角だけは残る。


 ピーターが黒い布を持ち上げた。


 焦げた穴から光が漏れ、地面の白線が一斉に明るくなる。


「今!」


 イングリッドが撃つ。


 右の留め金が飛んだ。


 円い鏡が軋み、こちらへ起き上がろうとする。俺は目を閉じ、金属の縁へ両手をつけた。


 熱い。


 手袋越しでも掌が焼ける。押し返そうとしたが、鏡は俺の体重ごと持ち上げた。


 左から綱が張る。


 アミナが支柱の根元を回り、鏡の裏側へ身体を入れていた。


「まだ止めないで!」


 鏡が半分まで立つ。


 瞼の裏が白くなった。


 目を閉じていても、光が顔の右側へ集まるのが分かる。反射的に首を左へ振り、右手が縁から外れかけた。


 補助索が中央へ戻す。


「在真、そのまま。あと少し」


 千紘の声は銃声の残響に埋もれ、遅れて届いた。


 鏡の向こうで、重いものが崖を登ってくる。


 振動が足裏へ入る。


 アミナが叫ぶ。


「止めて!」


――――――――――


《係留》Lv.1を使用しました。


MPを30消費しました。


――――――――――


 鏡の動きが止まった。


 三秒。


 アミナが綱を支柱の下へ回し、赤い岩へ打ち込んだ金具へ巻きつける。ピーターも布を捨て、反対側から綱を引いた。


 一秒。


 イングリッドが二つ目の留め金を撃つ。


 鏡が支柱から外れ、表裏を返したまま斜面へ落ちた。


 光が崖下へ向く。


 千紘が補助索を二度引いた。


 俺たちは目を閉じたまま、道標の岩陰へ走る。


 右足が溝へ落ちた。


 膝をつくより先にイングリッドの索が張り、身体を引き戻される。強くなった脚でも、見えない溝はなくならない。


 岩陰へ転がり込んだ直後、崖下で低い咆哮が上がった。


 瞼を開く。


 円い鏡は斜面へ食い込み、崖を登ってきた大型個体へ光を返している。


 鱗の長い胴。太い四肢。頭部には冠のような骨があり、開いた両目から白い光を放っていた。


 返された光が、顔の中央へ集まる。


 大型個体――バジリスクの頭が灰色へ変わった。


 だが、止まらない。


 石になった顔を地面へぶつけ、鏡ごと砕こうとする。


 アミナが一人で岩陰を出た。


「まだ見るな!」


 千紘が叫ぶ。


「もう目は石だ!」


 アミナは綱を手放し、ジョセフから受け取った槍を両手で持っていた。


 バジリスクの前脚を避け、首の下へ潜る。


 石化していない喉に、円い光が脈打っている。


 槍を突き立てた。


 一度では止まらない。


 バジリスクが首を振り、アミナの身体が持ち上がる。イングリッドが飛び出し、安全帯の背をつかんだ。


 俺も補助索を握る。


 千紘は岩陰に残り、バジリスクではなく鏡の音を聞いていた。


「次、光が右へずれる!」


 割れかけた支柱が沈む。


 反射光が喉の左へ滑った。


「今、押して!」


 アミナが宙へ浮いたまま槍へ体重をかける。


 俺とイングリッドは、彼女を引き戻すのではなく前へ押した。


 槍先が円い光を貫く。


 バジリスクの胴が痙攣し、尾が岩陰へ飛んできた。


 避ければ、後ろの三人へ当たる。


 俺は両足を開き、腕で尾を受けた。


――――――――――


《衝撃分散》Lv.1を使用しました。


MPを20消費しました。


――――――――――


 衝撃が赤い地面へ抜ける。


 足元の白線が砕け、石の破片が脛へ当たった。それでも尾は止まらず、残った重さで俺を岩へ押しつける。


 息が漏れた。


 視界の端で、アミナが槍をもう一度ねじる。


 喉の光が消えた。


 巨体が斜面を滑り、鏡の手前で止まる。


――――――――――


管理個体《陽鏡バジリスク》の停止を確認しました。


欠損中継核を収容しました。


保有迷宮核:9


《観測門》開放条件:9/10


攻略評価によりレベルが44から46へ上昇しました。


最大HPが3,460から3,580へ上昇しました。


最大MPが1,080から1,120へ上昇しました。


未配分能力値を80獲得しました。


スキルポイントを2獲得しました。


現在HP・MPは回復しません。


欠損中継核のため、継承候補はありません。


――――――――――


 HPは三千二百二十、MPは八百二十になっていた。


 千紘にも遅れて表示が出る。


 レベルが三十から三十二へ上がり、最大HPは二千五百八十、最大MPは九百。現在値は二千四百六十と八百四十のままだ。


 アミナは槍から手を離さなかった。


「終わった?」


「核は止まった」


「それは、終わったって意味?」


 俺は北側の穴を見る。


 灰色の岩が崩れ、向こうから冷たい海風が戻ってきた。ガルの姿はまだない。


「一つは」


 バジリスクの腹の下で、別の白線が点灯する。


 今度は湿った空気が流れた。


 遠くで水が落ち続け、虫とも機械ともつかない高い音が重なっている。


 南米へ伸びていた最後の線だった。


 アミナはその穴を見てから、横たわるサミュエルへ戻った。


「行くなら止めない。でも、私は行かない」


 石になったジョセフの手を顎で示す。


「こっちが終わってない」


 俺もすぐには答えなかった。


 ガルは北側にいる。


 最後の核は南側にある。


 どちらも、俺が来るのを待っているとは限らない。

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