↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第十六章 退避網

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/121

第八十一話 七本を外す順番

 二つの地球儀は、どちらも回らなかった。


 七本の金属線が張り、互いを引き止めている。海岸線の黒い地球儀から線が出て、見慣れた方へ入っていた。一本だけが途中でねじれ、水柱の鯨へ続く青い光と重なっている。


「こっちから、こっちへ送った」


 千紘が黒い地球儀から指を動かす。


「人を?」


「分からない。音は、棚と同じ」


 人の名前も、国も、病院も同じ引き出しへ入っていた。送ったのが人だけとは限らない。


 レオンが地球儀の台座を覗き込む。


「文字があります」


 固有名の部分は白く抜けていた。残っている単語を、彼は樹脂板へ書き写す。


 退避元。接続先。生存圏。固定失敗。


「読むだけにして」


 灯が言った。


「能力は使いません」


「文字を見てる時、足がまた浮いてる」


 レオンの踵は通路から二センチほど離れていた。書き写すたびではない。鯨の身体にある名札が鳴るたび、少しずつ高くなる。


「固定は、あと何分」


 俺が聞く。


「七分四十秒」


 十分をきれいに使い切れる場所ではない。


 見えない男の肩は戻っている。胸から下と顔はまだなく、白い名札を握った右手だけがはっきり見える。期限が来れば、どこから消え直すのかも分からない。


 男が地球儀の七本を指し、次に鯨の骨へ手を向ける。


「同じもの?」


 二回。


「向こうの留め具を外して、ここへ戻す?」


 二回。


「全部一度に?」


 一回。


 エイダが地球儀の線へ触れた。


 引っ張らず、張りを指先で確かめる。


「一本ずつだ。船でも、張った索をまとめて解いたら人が死ぬ」


「順番は」


「重い方から抜く」


「どれが重いか、ここから分かる?」


「あっちは船じゃない」


 エイダは水柱の鯨を見上げた。


「だから、近くへ行って触る」


 彼女は自分で言ってから足元の通路を見た。水柱まで十メートル以上あり、船も足場もない。


「私には行けない」


 悔しさを隠すような言葉ではなかった。行けないものを行けると言わない。その代わり、七本の金属線を順に指で弾き、音と張りの違いを覚えている。


「俺が行く。触った感覚を言う」


「右の三本は見える?」


「首ごと向けば」


「見える、じゃないな」


「見落としたら言え」


 千紘が鼻のガーゼを外す。血は止まっている。


「言う。技能は使わない」


 灯は俺の左腕を取った。


 防水服の袖を開き、濡れた包帯を外す。灰色の光の下では血までくすんで見えたが、布を剥がすと赤が戻った。


「左で索を持たないで」


「無理だろ」


「無理でも言う」


 新しい圧迫材を当て、きつく巻く。


「十分は持たせる。それ以上は知らない」


「固定と同じだな」


「笑うところじゃない」


 笑ったつもりはなかった。口の端が動いていたのかもしれない。


 エイダの救命索を一本借り、俺の安全帯へ結ぶ。反対端は地球儀の台座ではなく、通路壁の太い支柱へ回した。


 レオンが結び目を見ている。


「記録します」


「今は覚えて」


 エイダが言った。


「戻ったら、同じ結び方を自分でやらせる」


「忘れた場合は」


「手が覚えるまでやる」


 レオンはペンを置き、その手で索の余りをまとめた。


 水柱へ近い通路の縁へ立った。


 鯨の肋骨が下から上がってくる。


 七つの留め具は骨の外へ散らばり、首の近くに二つ、胸に三つ、尾に二つある。


 何千枚もの名札を太い束にし、金属の環で骨へ固定している。七本のうちどれを先に外すかで、束へ残る張りが変わる。


 まず、一番近い胸の環へ行く。


 《空歩》で水柱の外へ踏み出した。


 一歩目に体重を移した瞬間、鯨が低く鳴る。


 また何かが頭から抜けた。何を失ったのか確かめる前に、二歩目を肋骨へ置く。


 白い骨は濡れていなかった。


 表面へ触れた靴底が、紙の束を踏んだように沈む。


 名札が一斉に裏返る。


 父の名があった。


 母の名も。


 さっき千紘が呼んだガルの名まである。


 顔を上げるなと身体が先に動いた。


 見れば、つながる。名札鎖人形と同じなら、俺が思い出したものを目印にされる。


 胸の環へ両手を置いた。


 左腕に巻かれた布がすぐ赤くなる。


「張りは?」


 エイダの声が通路から飛ぶ。


 環を引くが、動かない。


「一番じゃない。ほとんど動かない」


「尾側を見て」


 右にある。首を向けた時、鯨の骨が回った。


 足場がずれ、身体が水柱へ引かれる。


 反射で肋骨をつかみ、触れた自分を《係留》する。


 三秒。空間層へ残った感覚だけを頼りに、足を骨から離した。


 救命索が張り、通路側で三人が引いた。


 鯨だけが水柱の上へ進み、俺の身体はその場へ短く残る。肋骨と名札の間から、尾へ続く二本の束が見えた。


「下の尾、外側!」


 千紘が叫ぶ。


 同じ一本が見えた。ほかより札が少なく、環の内側に隙間がある。


 《係留》が切れる前に鉈の背を差し込んだ。


 刃ではなく、柄を両手で押して環をねじる。


 金属の留め具が半回転した。


「緩んだ!」


 手を離すと、索に引かれて通路へ戻った。


 着地ではなく右肩から壁へ当たる。痛みで一度息が途切れたが、右肩を打った分までHPが減った感覚はない。


「どの線」


 エイダが地球儀を見る。


「黒い方の、下から二本目」


 俺が答えるより先に、見えない男の腕が同じ線を指していた。


 エイダは地球儀側の留め具を回す。最初は動かず、男が左から押し、彼女が右へ引いた。


 二人の手が同じ金具へ重なり、一本目が外れた。


 鯨の尾から名札の束がほどける。


 予想していた落下は起きなかった。白い札は水柱の外へ飛び、螺旋通路の引き出しへ戻っていく。


 一枚ずつではない。何百枚もの札がそれぞれ別の棚を選び、乾いた音を連ねて収まった。奪った記録を鯨から解放しているのか、別の棚へ戻して処理を続けているだけなのかは、まだ分からない。


 男の身体が胸まで戻る。顔はまだない。それでも肺へ息を入れる動きが見えた。


 鯨の低音が一段欠け、六つの音が重なった不揃いな声に変わる。


「これなら全部外せる」


 千紘が言った。


 エイダは首を横へ振る。


「今ので張りが変わった。次は同じ順番じゃない」


 地球儀の残る六本へ指を順に置く。一本目を外したあとの張りは、さっきともう違っている。


「もう一度、触って確かめる」


 俺の索を引こうとした時、レオンが前へ出た。


「次は私が行きます」


「浮いてる人が?」


 灯が腰の索をつかむ。


「だからです。落下方向が水柱なら、私は彼より軽い」


「戻れない」


「索があります」


「一本切れたら終わる」


「それは彼も同じです」


 レオンはエイダの結んだ索を自分の手で確かめた。


「今の結び方は覚えています」


 鯨の六つの声が鳴る。


 固定された三本目の記録が、残り五分を切った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。