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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第十四章 雪原の世界杭

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第六十九話 同じ顔

 古い靴跡は、先行隊のあとを追っていた。


 歩幅は狭く、右足だけが外へ開き、踵の跡が深い。凍って薄くなっているのに、白い柱の継ぎ目を越えるたび同じ形で残っていた。


「三年前の足跡が、どうして消えない」


 警備員の一人が靴先で縁を確かめる。


「日付が三年前なだけだ」


 マティアスは保存食の袋を返さなかった。胸のポケットへ折って入れ、先へ進む。


 世界震動の前からここに誰かいたのか。それとも、向こう側から来た袋なのか。どちらにしても、足跡は入口から始まっていない。


 第二環状室へ下りる石段の手前で、床の細い溝が青く光った。


 光は俺たちの足元を避け、古い靴跡だけを追っている。


「退去経路?」


 千紘がしゃがんだ。


 青い光は入口と反対へ伸びていた。


「外へ出す道じゃないのか」


 エリサが翻訳機を見直す。


「この迷宮にとっての外が、地上とは限らない」


 千紘は指を溝へ近づけ、途中で止めた。


「音が二つある」


「光の?」


「光ってる場所の下。薄い板が重なってる」


「音界地図、使えそうか」


 口にしてから、千紘の耳当てが目に入った。


 千紘は俺を一度見て、耳当てを片方だけ外した。


「狭くできるか試す」


 白い発光棒を石段へ横たえる。打音器ではなく、指先で一度だけ叩いた。


「音界地図」


 小さな音が段の下へ落ちる。


 返ってきた反響の途中で、千紘の肩が強く上がった。柱の亀裂音まで一緒に拾ったらしい。それでも耳を塞がず、発光棒をもう一度押さえた。


――――――――――


《音界地図》Lv.1を使用しました。


現在MP:580/600


――――――――――


「下に同じ階段がある。今の石段より、少し左」


「二重か」


「二つじゃない」


 千紘は目を閉じた。


「途中から一枚増えてる。足跡が通るところだけ」


 説明を待たず、マティアスが腰のロープを外した。先端の金具を石段へ置き、軽く蹴る。


 金具は三段目で止まった。次に古い靴跡の上へ置くと、同じ三段目から先へ滑り、光の下へ半分沈んだ。


「道は使わない」


 マティアスがロープを引き戻す。


「青い線の外を下りる」


 警備員が先に動こうとしたが、エリサがその肩を引いた。


「私が先。落ちた時、一番軽い」


「医療担当だ」


「だから最後にして、全員が落ちたあと誰を診るの」


 エリサはロープを自分の腰へつなぎ、青い光から右へ二歩ずれた。


 マティアスは反対しなかった。


 半身だけ下へ出し、石段が動かないことを確かめてから全身を移す。続いて警備員二人、千紘、俺、最後にマティアスが下りた。


 第二環状室には、誰もいなかった。


 先行隊の新しい足跡は中央を横切り、奥の扉へ続いている。古い一人分だけは、青い溝に沿って右へ曲がっていた。


 その先に、小さな灯が六つあった。


 ゴブリンが座っている。


 防寒布を頭と足へ巻き、白い柱の陰へ身体を寄せていた。細い腕に金属棒や短い刃を持っているが、こちらへ向けてはいない。


 六体の中央には、人間用の橙色の防寒着があった。


 人が背を向けて座っているように見える。


 フードは白く凍り、両腕を膝へ載せたまま動かない。


「八人目」


 警備員が槍を上げた。


 一番近いゴブリンが立つ。


 叫ばず、金属棒で柱を一度叩く。残る五体が、それぞれ別の陰へ散った。


「構えろ」


 もう一人の警備員が声を出した瞬間、頭上で氷が割れた。


 銃声ではない。最初の金属音に遅れて、柱の上から白い塊が落ちてくる。


 俺は千紘の腕を引いた。マティアスはエリサを押し、警備員二人は左右へ跳ぶ。


 氷塊が中央へ落ちた。


 床が割れ、青い溝の光が一度消える。


 ゴブリンは落下前から柱の間へ逃げていた。


「警告したのか」


 マティアスが救助斧を下げる。


 最初の一体は答えず、氷塊の向こうへ金属棒を向けた。


 崩れた床の下で、歯車のようなものが回っている。氷塊が乗るたび、黒い輪が少し上へ動いた。


「振動で上がる」


 千紘が俺に引かれた腕を戻す。


「さっきの打音も」


「俺たちが動かした?」


「少しだけ」


 音界地図を使えば分かることが増える。


 その音で固定環も上がる。


 千紘は耳当てを戻した。


 柱の陰から、別のゴブリンが出てくる。腕には基地の発光棒を何本も抱えていた。


 警備員が槍を下げきれないまま、マティアスへ何か言う。


 翻訳機が拾う前に、ゴブリンが発光棒を一本投げた。


 俺たちの前ではない。


 橙色の防寒着の足元へ落ちる。


 座っていた人間の右手が、ひどくゆっくり動いた。


 凍りついた手袋を床へつき、立ち上がろうとする。一度失敗すると、二体のゴブリンが左右から腕を支えた。


 助けている。


「武器を下げろ」


 マティアスが警備員へ言う。


「生体反応がありません」


 エリサが端末を向けた。


「体温も」


「それでも立ってる」


 橙色の人間が、こちらを向く。


 フードの内側へ雪は入っていない。


 白くなった睫毛。頬へ残る細い傷。唇も皮膚も色を失っているのに、目だけが開いていた。


 基地で見た名簿の写真と同じ顔だった。


「イングリッド」


 マティアスの声が低くなる。


 先行隊にいるはずの女だ。


 胸にも同じ名札がついていた。


 古い方のイングリッドは、マティアスを見ても何も言わない。


 右手を持ち上げ、奥の扉を指す。


 手袋の指が途中から破れ、内側にあるものが見えた。


 骨ではない。黒い砂が、人の指の形を保っていた。


 ゴブリンの一体がその手を隠すように、破れた防寒布を巻き直した。


「これは人間じゃない」


 警備員が言う。


「迷宮は一人に数えてる」


 千紘が返した。


「数えたから人間とは限らない」


「人間じゃないから撃つの」


 二人の間で槍先が揺れた。


 古いイングリッドが、もう一度奥を指す。


 その向こうから、別の声がした。


『マティアス』


 無線だった。雑音の間に、女の荒い息が入っている。


『聞こえるなら、固定楔を抜かないで』


 生きている方のイングリッドの声だった。


 目の前の同じ顔も、音に合わせて唇を動かした。

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