↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第十四章 雪原の世界杭

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/121

第六十八話 雪の下の八人

 飛行機を降りた時、太陽はまだ沈んでいなかった。時計は二十二時を過ぎている。


 明るさと身体の時間が合わず、雪面へ足を置いた瞬間に少し眩暈がした。乾いた冷気が鼻の奥へ刺さり、息を吐いても白さが風に持っていかれる。


 千紘は帽子の下へ薄い耳当てを二枚重ねていた。


「聞こえる?」


「聞こえすぎてはない」


「飛行機は」


「もう乗りたくない」


「帰りもあるぞ」


「今、言わなくていい」


 後ろから降りてきたレオンは、滑走路へ片足を置いたところで転んだ。鞄だけは胸へ抱えたままだった。


「大丈夫か」


「人間のまま来たことを後悔しています」


 起き上がる前に、雪へ落ちた眼鏡を探す。千紘が指した場所とは反対へ手を伸ばし、もう一度手袋を雪へ沈めた。


 空港から観測基地までは、小型機を乗り継いだ。


 窓の下に建物はない。


 氷河の筋と黒い岩だけが続き、その途中に、赤い灯を並べた基地が見えてくる。写真にあった五棟のうち、一棟は屋根まで雪を被っていた。


 円形遺構は、その奥にある。もう半分ではない。


 黒い石の輪が地表から二メートル近くせり上がり、周囲の雪を円形に押し退けていた。輪の内側は暗く、黄色いロープが風に揺れている。


 機体が止まる前に、外から一人が近づいてきた。


 防寒具の襟から灰色の毛が見える。帽子の脇には人間より小さく丸い耳が出ていた。


 男は俺の前を通り、先にレオンの胸を両手で押した。


「遅い」


 翻訳機を通さない英語だった。


 レオンも英語で何か返す。二人とも声を上げたが、殴り合う様子はない。千紘が俺の袖を引いた。


「知り合いみたい」


「仲がいいようには見えないけどな」


「あれで心配してた音」


 男はレオンをもう一度押してから、こちらを向いた。


 胸の名札には《マティアス・ベルグ》。現地救助隊の責任者だった。


「オオツキ」


「大月在真」


「マティアスでいい。イングリッドは、私の命令を無視した」


 翻訳機の日本語は平らだったが、最後だけ本人の声が低くなった。


「あなたも命令を無視すると聞いている」


「内容による」


「なら、私と同じだ」


 握手はなかった。


 マティアスは俺の角を一度見ただけで歩き始めた。


 基地の作戦室では、七人分の生体反応が一枚の画面へ並んでいた。


 イングリッド・ソルベルグ。


 救助隊員二人、軍の警備員二人、技術者一人、医療担当一人。最後に通信した位置は、入口から地下四百メートルの《第三環状室》。


 全員の心拍はある。八つ目だけ、名前がなかった。


 心拍も体温も表示されず、《内部滞在》という文字だけが点いていた。


「最初からあったのか」


「七人が第二環状室へ入った時に増えた」


 マティアスが画面を巻き戻す。


 七だった数字が、一瞬だけ欠けて八になる。人が境界を通った映像はない。


「迷宮が送った写真は」


「今まで三枚。内部のカメラは全部切れている」


「助けを呼んでる?」


 千紘が聞く。


「呼ばれたから入った」


「そうじゃなくて、迷宮の方」


 マティアスは答えず、机の上に装備を置いた。


 短い救助斧、折り畳み式の槍、白い発光棒。どれも厚い手袋のまま扱える。


「核は持ち出さない」


 俺へ救助斧を渡しながら言う。


「ただし、七人を出すために必要なら、私が停止を決める。外から変更はさせない」


「八人目は」


「人なら八人出す」


 言い切ったあと、マティアスは画面の名前のない欄を消さなかった。


 レオンが鞄から濡れていない紙を出す。


「最深部の共通空白は、第三環状室の下です。前の図では六つの輪が地盤へ接していました」


「今は五つだ」


 壁の映像に、地下断面が出る。


 黒い輪のうち一つが雪の上へ出ている。最下部の一本は途中で切れ、残る四本も少しずつ上へ動いていた。


「全部抜けるまで」


「今の速度なら十八時間」


 マティアスは端末を閉じた。


「外の十六人は次の便で離す。私たちはその前に入る」


「あなたも?」


 レオンが聞いた。


「イングリッドに、次は殴ると言った」


「それを伝えるためですか」


「生きていれば伝えられる」


 作戦室を出ると、入口の周りで二人がロープを外していた。


 固定杭が雪ごと持ち上がり、もう役に立っていない。一本を抜いた隊員が、穴へ落とさず自分の腰へ巻き直す。


 誰かの指示を待った動きではなかった。


 俺たちは六人で入った。


 マティアス、現地の医療担当であるエリサ、警備員二人、俺と千紘。


 レオンは入口まで来たが、マティアスが胸を押して外へ戻した。


「図は中で変わる。私が必要です」


「生きて戻った七人が、変わった図を持ってくる」


「持ってこなかった時は」


「その時、あなたが次を考える」


 レオンは口を固く結び、マティアスから目を逸らさなかった。


 それでも、前へ出なかった。


 黒い輪の内側へ入る。


 雪の斜面が五メートルほど続き、その先で石段へ変わった。壁は黒い石ではなく、氷に埋まった白い柱でできている。


 柱の間に、人間の顔ほどの青い塊が動いた。


「スライム」


 警備員が槍を構える。


 一体ではない。氷の表面が次々に膨らみ、透明な身体が柱から剥がれ落ちる。床へ落ちると平たく広がり、六人の靴を囲むように動いた。


「熱を使うな」


 マティアスが先に言った。


 警備員が持ちかけた発熱筒を戻す。


「溶けた水が下の輪へ入る」


 マティアスは救助斧を逆手に持ち、刃ではなく背を床へ当てた。


 青いスライムが集まる前へ、削った雪を押し出す。


 冷えた身体が雪を取り込み、動きが鈍った。


「凍らせるのか」


「ここの個体は、液体より雪を食べる」


 俺も斧の背で雪を寄せた。


 二体がそちらへ流れる。警備員は槍先を深く刺さず、内部の青い魔石だけを横から押し割った。


 残る一体が千紘の足へ伸びる。


 千紘は後ろへ跳ばなかった。


 白い発光棒を床へ落とし、光へ寄った身体の端を踏む。厚い靴底の下で、透明な膜だけが広がった。


「左。核、端にある」


 エリサが救助斧を差し込み、魔石を雪ごと掬い出す。


 青い身体が崩れた。


「音界地図は?」


 俺が聞く。


「まだ使ってない」


 千紘は耳当ての上から左耳を押さえた。


「この部屋、使ったら全部入ってきそう」


 白い柱の中で、細い亀裂がいくつも鳴っている。


 地上で聞く氷河の音より近い。一つが割れるたび、別の柱から遅れて同じ音が返った。


 第一環状室の扉は開いていた。


 床にゴブリンの足跡がある。


 人間用の防寒布を細く裂き、足へ巻いているらしい。壁際には空になった保存食の袋と、噛み切られた発光棒が残っていた。


「先に入った隊が落としたものか」


 警備員が袋を拾う。


 エリサが首を振った。


「この日付、基地で使ってない。三年前」


 世界震動より前だ。


 袋の文字はノルウェー語だった。


 千紘がしゃがみ、足跡の横へ指を置く。


「ゴブリン、六体くらい。人の足もある」


「七人の?」


「新しいのは七人」


 さらに奥には、凍って薄くなった古い靴跡が一人分だけ続いていた。


 その靴跡には、入ってきた向きがない。


 第一環状室の中央から始まり、先行した七人と同じ方向へ伸びている。


 壁の表示が点いた。


――――――――――


スヴァールバル氷原迷宮


内部滞在者:14


地表固定環:5/6


未登録滞在者を、退去経路へ誘導します。


――――――――――


「十四?」


 警備員が声を上げた。


 先に入った七人と、俺たち六人。名前のない八人目を足せば、十四になる。


 人数は合う。人間かどうかだけが、表示されていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。